安楽寺の三重塔

安楽寺は、天平年間(729〜749年)に行基上人が岩窟に観音像を安置したのが始まりとされ、古くから吉見観音の名で親しまれています。

平治の乱の後、源頼朝の弟、源範頼がこの地を領するようになり、本堂と三重塔を建立したと云われていますが、天文年間(1532〜1555年)の上杉憲政と北条氏康の松山城合戦に際し、伽藍はすべて焼失していまいました。

現在の塔は、寛永年間(1624〜1644年)に呆慶法印こうけいほういんによって再建されたものです。

初層の内部には釈迦尊像を安置しています。伝統的な和様でつくられた装飾を排した落ち着きのある塔です。

安楽寺三重塔のプロフィール
建築様式 和様
総高 17.6m
建立年 寛永年間(1624〜1644年)(再建)
軒廻り 二軒繁垂木
組物 三手先
中備え 撥束
柱間装置(初層) 板唐戸、連子窓
縁廻り(初層) 勾欄のない縁
勾欄(二・三層) 組勾欄
創建者 源範頼(再建前の初代)
特徴 伝統的な和様でまとめられ、装飾を廃した落ち着きのある塔

簡素なデザイン

柱間装置は、初層では、中央間に板唐戸いたからど、脇間に連子窓れんじまど
二・三層では、脇間が板張りに替わっています。

組物は、三手先みてさき、中備えは撥束ばちづか、軒は平行垂木の二軒繁垂木ふたのきしげたるき、二・三層の勾欄には組勾欄くみこうらんを使っています。

全般的に伝統的な和様で仕上がり、装飾的な彫刻は一切施さない簡素なデザインが美しい塔です。
安楽寺の三重塔 仁王門、本堂そして三重塔

吉見観音として親しまれた安楽寺は、今でも多くの参詣人で賑わっています。

長い参道を抜け、石段を登ったところに元禄15年(1702年)に再建された仁王門。
さらに石段を登りつめると、本堂。本堂は寛文元年(1661年)に再建された、江戸時代前期の建築様式を伝える貴重な遺構です。
三重塔は、その本堂の右側に寄り添うように立っています。

本堂、仁王門、そして三重塔。
江戸時代初期に建てられた当時のスタイルを残す貴重な建物が吉見町の里に残っています。

  最後は 成就院