魂ってあるのかなあ?

 色々な考えがあるようですが、ごく簡単に考ると、体と心は密接に結びついています。胃の調子が悪いと、気がふさぎ、逆に心配事が続くと、胃の具合が悪くなったりします。
 心と体は別々ではない。だったら、体が消え去っても、心的なもの・魂が、体とは別に生き続けるなんて信じにくい。
(魂とは、心でもない体でもないものだという意見もありますが。)

 それじゃあ、あんまりかなしい。
 大切な人の魂がないなんて耐えられない。だから、そのことは改まって意識しないようにして、
「お星様になった」とか、「天使になった」とか、「天国で見まもってくれてるんだよ」という、ミニ「物語」をぼくたちは語り継いでいるのでしょう。

 いや、ぼくらの生死というせいぜい100年くらいの時間を遠く離れて、地球の歴史という時間で考えると、ぼくらの体を形成する炭素や酸素は、星がふるさとです。
 小さな星の群れが烈しい衝突をくり返し、その中から地球が生まれ、やがて生命が誕生しました。その延長にぼくらはいます。その意味では、ぼくらは、ぼくもロンも星から生まれた。そして、はるか遠いいつか、ロンの体を構成していた炭素や酸素とぼくの体を構成していたそれらがまじりあい、星に帰るんだと言えるのでしょう。

 歴史上の賢人・聖人は、魂について、また、死後の世界について、どう言っているのでしょう?
 孔子は、弟子に「死とは?」と問われ、
「生」がまだわからないのに「死」がわかるはずがない、とこたえました。
(いまだ生を知らず。いずくんぞ死を知らん。)
 孔子は礼を重んじ、死者の葬儀や祖先の霊を祀ることを大事にしたのだから、魂の存在を信じ、それについて話を残しているだろうと思ったら、

 子、怪力乱神を語らず。

 超能力や魂や神のことなどについては、語らなかったというのです。(吉川幸次郎説)

 お釈迦様も、人間が死後に何かの形で存在するのか、などについて、語らなかったと伝えられています。
 その問題を避けたのでなく、「語るべきでない」と。
 こればかりは、自分で体験したときには語るすべもない。体験者の話を聞くわけにもいかない。
 いくら考えても、わかるはずがないことにわずらわされるな、それよりも大事なのは、この苦である人生にどう対処するかだろう、という態度だったようです。
(『苦』は『苦しみ』だけでなく、『思い通りにならない』という意味があるそうです。)

 そういう態度を保持するには強い意志や知力が必要で、ぼくら凡人は、大切な人を失ったとき、悲嘆の中で、果たしてその人の魂があるのか知りたくなります。というより、だれか偉大な人物に、「魂はある」と断言してほしいのでしょう。魂のあるなしを思い悩んでしまうのも、ぼくらには「生きること」です。

 「魂」と呼べるかどうかはおいて、エネルギーのようなものは、死後しばらくはあるのかもしれません。

 ロンが息を引き取った日、ぼくは、ロンの遺体に語りかけていました。謝っていたのです。
 小うるさい飼い主だったから。
 あれをしてはいけない、これをしてはいけない、と叱ってばかりいました。
 テレビの前で寝たらダメだ。郵便配達の人に吠えるんじゃない。……
 おっとりした飼い主だったら、ロンももっと楽しかっただろうに。長生きもできただろうに。
「ごめんね、ロン」と呟いた直後に、ロンの鼻から血が流れ出しました。人間の遺体にも見られる現象だそうですが、それが、ちょうど、謝罪に応じるタイミングだったのです。
 その場に存在したロンの何かが、
「そんなに謝らなくていいよ、楽しかったよ」と返事したくて、その時可能な身体の反応で表そうとした。それが鼻血の形になったのではないかと。そんな気がしたのでした。
 ぼくがそう思いたがっているだけのことなのでしょうが。

 瀬戸内寂聴がこんな話をしていました。(こころの時代NHK教育)
 お姉さんが亡くなったとき、遺体に向かって話しかけていたそうです。
 姉さん、私の声が聞こえる? 聞こえているのなら眼でも動かしてみてよ、みたいなことを。
 すると、既に冷たくなっていた遺体の瞼が動いたというのです。しばらくして、お姉さんの御夫君が同じように語りかけても、もはや動かなかったと。

 ロンの魂は、あると、強くは思えないし、なにかエネルギーのようなものがあったとしても、もはや四十九日もとうに過ぎて、それもこころもとない。四十九日とは、もともと、そういうものが消えてしまう日。と古人が認知してきたものなのかも。

 ロンがいなくなってから、ロンの画像を加工することに没頭しました。
 映画「禁じられた遊び」で、両親と愛犬を失った少女が、鳥や虫たちの墓を夢中になって作り続けたように、ぼくはロンのフィルム写真をスキャンし、それを変形したり文字を入れたりして、時を消化しました。デキは良くないけど。
 ぼくにとってはそれが「禁じられた遊び」=悲しみに落ちつく所を見いださせるための遊びでした。そう気づいたのは半年後でした。

 死後8ヶ月たって、ロンについて思い出をまとめたくなりました。このHP作りに取りかかりました。
 ロンに話しかけながら、時には対話しながらこのページを作っています。ぼくの中にロンは生きています。
 そして、このホームページを見て下さった方たちの中にも、生きたらいいなあ、と思っています。物理的にはわずかな時間であっても。


 散歩から帰って「足なんか拭かない。早くごはん」と暴れる。亡くなる二ヶ月前。