その他 |
|
レース名略称記号 レース名の中には英字1文字などで略されている言葉があります。これらは多くのレースに付くことから省略されているのです。
その他にもレース名が長いなどの理由で省略されているレースがあります。
|
欧州と米国の違い イギリスを始め欧州は貴族の趣味で競馬が発生しました。クラシックといっても3歳馬。そして、古馬になってからも凱旋門賞を始め、キングジョージなどの2400mを中心に長距離に権威の高いレースがあります。つまり、当歳馬から馬を買い馬がお金を稼いでくれるようになるまで時間が長くかかります。そうなると維持費も多くかかります。 また2400m以上の長距離レースが主流の欧州の競馬では、賭ける側としてもレース結果をわかるまでには2分から3分の時間が必用となります。さらに、レースが芝ということになると整備と維持をするお金がかかる上に当時は1年中芝が育たず、競馬がやれる状態ではありませんでした。現にいまでも、欧州は11月から翌年の3月頃まで競馬は行いません。 こうなると、競馬をビジネスにしようというアメリカの人々はレースのあり方を変える必用があります。 「趣味の競馬からビジネスの競馬への変換」 これが今の欧州の競馬とアメリカの競馬の違いを生んだ決定的な理由です。まず、競馬を1年中開催でき、なおかつ維持費や整備費がかからないものでコースをつくらないといけません。そこでダートコースというものをアメリカの人々は考えついたのです。 また、コースも欧州では貴族がお茶などを楽しみながらレースを楽しむために直線の攻防だけが見える、もしくは見やすい作りになっています。つまり、長い距離のレースなので貴族がゆっくりとお茶やおしゃべりを楽しみ、直線にはいってから競馬を楽しむという作りになっていて直線以外はほとんど見えません。そうなると、ビジネスの競馬としては失格です。賭けている人、馬主みんながレースを全て見えなくてはいけません。そういうこともふまえて今の楕円のような競馬場の作りを考えだしたのです。さらに、その競馬場が小回りなのがアメリカが多いのは、場所をとらないので土地代が安くつく、小回りなので全体が見やすい等の理由があって小回りなのです。 さらに、ビジネス競馬では結果が早く分からないとお金がまわりません。お金が回らないと儲けることが出来ません。そうなると、レースが自体がまず早く決着がつかないといけません。スピード競馬と今で言われるアメリカの競馬事情はそういったことからきています。ハイペースになるのも当時は早くレース結果をわからすためであるとのことです。そして、レース結果をはやめる一番の条件はレースを短距離にするということです。アメリカが2000m以下のレースに比重を重く置くのにはこういった理由があります。 さらに、ビジネス競馬では維持費も少なくなくては馬主も儲けることが出来ません。そうなると欧州のようにクラシックを楽しみ、古馬になってからさらに楽しむという競馬ではいけません。馬を買ったら早い時期でレースを行い元を取る。つまり早い時期での活躍を期待されるわけです。そうなると血統も早熟でなくてはなりませんし、2歳からレース体型も充実しなくてはいけません。こういったことでアメリカのサラブレッドたちは早熟の短距離血統が重要視されてきたのです。 早期に結果を出すということでアメリカのクラシックレースはまずか2ヶ月のうちの夏前には決着がつくレーススケジュールですし、各部門のチャンピオン1日で決めるブリーダーズカップというものができたというのも納得です。趣味の競馬とビジネスの競馬このコンセプトの違いで競馬界は新たな魅力あるものに世界規模ではなったと個人的には考えています。 また、イギリスを始めほとんどの国がG1というとグループ1の略で使用していますが、アメリカ・カナダと日本だけはグレード1の略で使用しているのも違いの現れです。 |
|||||||||||||||||||||||||||||
|
国際重賞について 国際重賞と呼ばれるものがはじめて登場したのは1971年。英愛仏の3カ国の統括団体が合議の上で、自国のレースを上から順にグループT、グループU、グループVに分類しました。一定の基準で大レースを選抜することで、生産の指標とする意図があったのです。なおハンデ戦は格付けの対象外となったため、英国の有名なハンデ戦などはG外となり評価を落とすことになりました。1973年には、北米の主要レースをサラブレッド馬主生産者協会がリストアップ、グループT〜Vに対応するものとしてグレードT〜Vの格付けを発表しました。アメリカでは大レースがハンデ戦に偏っていたことから、ハンデ戦に関してもグレードレースに内包しました。また同年にはイタリア、ドイツのレースもグループレースに加わりました。 しかしオーストラリアや日本など、各国が自国のレースをGレースに格付けする段階になって問題が生じました。各国にはレベル差があり、各国のGTがすべて一定のレベルの範囲内に収まるとは限らないからです。それでは生産の指標とはなりえません。そこで、英愛仏米の統括機関と生産者団体、セリ会社は1983年に国際カタログ格付け委員会(ICSC)を設立、1986年には競馬の先進国をパート1、それに続く国をパート2、後進国をパート3に分類しました。1987年からはパート1国のGレースのみを国際重賞に認定、それ以外の国(パート2分類の日本を含む)のGレースを認めないことを決めました。つまり、パート1国の重賞格付け組織が決めた格付けはそのまま国際重賞として通用しますが、それ以外の国の格付けは国際的には認められないということになったのです。 国際GTで多数の勝馬を送る日本がいまだパート2である理由は、外国産馬と外国調教馬への門戸開放度が小さいからです。外国馬にオープンなジャパンCや宝塚記念は国際GTに格付けされましたが、門戸の狭い日本ダービーなどは国際GTに格付けされることはないのです。 |