第二特務艦隊記念写真帖より



リクエストのあった第二特務艦隊記念写真帖の写真を掲載します。
写真帖は第二特務艦隊の関係者に配布されたもので、今回アップした写真帖は佐藤皐蔵(正しくは佐藤皐藏)の子孫の方から、ご好意によりお借りさせていただきました。

『墺国ポーラ軍港に於ける墺国降伏艦隊の集合(大正七年十二月)』
第一次世界大戦終結後、かなり早い時期の撮影となります。
1918年12月2日から9日まで、「松」「榊」「桂」「楓」が入港していますので、その際の撮影と思われます。
この段階でオーストリア艦隊はユーゴスラビアの接収を受けており、その後の処置待ちの状態でした。
日本側資料によると、日本艦隊が艦艇の受け取りを行ったとありますが実際のところどうでしょう。
すでに缶の火は落とされているらしく、うら寂しい光景です。
手前の艦については、ホームページ三脚檣主催の新見志郎様から旧式戦艦「ハプスブルク」もしくは
「アーパード」であろうと教えていただきました。(ありがとうございました)



『奮墺戦艦「テゲトフ」の主砲』
旧戦艦と書かれては身も蓋もありません。
「テゲトフ」はフィリップス・ウニーティス級弩級戦艦で、
この写真にある3連主砲は画期的なのに…
『奮墺戦艦「テゲトフ」の上甲板』
日本人に記念撮影されている「テゲトフ」
という写真を見るとは思わなかったです。





『駆逐艦杉に装備せる潜水艦攻撃用兵器「パラベン」』
別の写真で、この写真撮影している状況らしき写真がありましたので、背景はアレキサンドリアの街と思われます。
ずっと謎だった部分を解決してくれた写真で、パラベーンの形状や爆雷投下台の位置や形状が明確になりました。
しかし左右のパラベーンが逆に取り付けられているという新たな謎が…




『駆逐艦杉の「パラベン」曳航作業』








『英モニトル、トーマス、ピクトン』

この艦はロード・クライブ級モニターとなります。
どうやら出港状況のようで、(2)はランチによる曳航作業でしょうか、よく見るとモニター独特のバルジによる「しもぶくれ」形状なので、ランチが一定以上近づけない様子が判ります(向かって右側、左舷にバルジがちょっと見えます)

同じページの写真はジブラルタルなので、この写真もジブラルタルで撮影されたと思われます。











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