「腹切ふらわあ」展
平野太一の個展で発表した作品画像です

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 腹切ふらわあ

2003年12月8日-20日
東京・新橋のマキイマサルファインアーツにて
「腹切ふらわあ [新選組【美術】計画]其ノ壱 」展を行いました。右の画像はそのDMです。
以下、出品した作品のうち新選組関係のものです。
(総集編的な作品展だったため、実際には過去のそれ以外の作品も沢山ありました)


 相馬主計像

新選組最後の隊長として知られる相馬主計です。
彼に関する少ない資料を見ても、すごく真面目な方だったというのは良く解ります。地味だし美男子でもないし。あまり人気もないと思います。
新選組隊士には切腹で死んでしまった人は本当に沢山いるけれど、その中で写真が残っている人は、実は全然いません。相馬主計は貴重な1人です。

昔の武士らしい吊り眼のいかつい顔なのだけど、目に人の良さが出ていると感じました。作品でもそのあたりは良く出来たと思います。
世間では相当にマイナーな人なので、彼の彫刻を作ったのは僕が最初で最後になるかもしれません。


 京都時代の土方歳三像

土方には有名な洋装でオールバックの写真が2種類のこされていますが、今回はそれを参考にまだ髷を落とす前の、京都で威張っていた頃の彼を作ってみました。
新選組の屯所が西本願寺から不動堂村へ移って数ヶ月した頃、慶応3年の秋の土方をイメージしています。
なぜこの頃の土方にしたかと言えば、10月に江戸での隊士募集に応じて入隊した池田七三郎(後の稗田利八翁)から見た副長・土方の話が『新選組始末記』の作者・子母沢寛によって伝えられているからです。
「黒紋付に仙台平の袴をはき、頭は総髪を束ね、いい男ですから1万石や2万石の小大名にしか見えなかった」とのこと。他にも土方の容貌に関する記録はありますが、そのほとんど全てが美男であったと伝えています。「目がぱっちりして黒髪がツヤツヤでフサフサ」「役者のようなイイ男」。中には「商人風で少しキザ」なんてのもあって面白いです。


 土方歳三像・展示写真

実際に展示していた状態での土方像です。角度によって印象も違っています。
制作の上で注意した点は、髪の量感です。土方のような髪の多い人が総髪のまま髷を結うとどんな感じなのか考えました。
会期中に公開制作をして完成させたものなので、着彩まで終わったのは最終日の前日でした。前半に来ていただいた方には申し訳ないことをしてしまいました。


 “相馬主計像と土方歳三像”

前のトップページに使っていた写真です。(2004年1月半ばから2月20日まで)。
マキイマサルファインアーツの床は、たぶん大正時代の物なので味がありますね。もちろん塗り直してますけど。



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