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 華厳本経論




  【 目次 】

   1.序説
   2.華厳経の四訳ついて
   3.経題について
   4.華厳経の構成ついて



1.序説


 『華厳経』は、北西インドあたりで作られたと考えられている。現行の『華厳経』は、その成立以前に既に成立していた別々の独立経典を4世紀中葉以前に中央アジアのコータンあたりにおける大乗仏教の人々によって集成・編纂されたものである。これらの単独経典のうちでも、『六十華厳』でいえば「入法界品」と「十地品」に相当する単独経典は、龍樹(150-250)に知られていたことが確実であるとして、3世紀中葉以前の成立と考えられる。このような大経を構成する諸経典の幾つかは、3世紀末頃から何度か中国にも伝訳されている(※資料参照)。そこから、これらの成立年代を考察すると、上限としては古い漢訳年代(支婁迦讖訳『兜沙経』)から判断して「名号品」を含む原形が2世紀はじめには既に成立していたものと推定される。また、「十住」「十地」「十定」「如来出現(性起)」「離世間」の諸品は竺法護によって漢訳されているという点で、これらが3世紀後半には出揃っていたことは確実である。したがって、本経は大部分が第一期大乗経典に属すものと見なされている。ただし、般若経典の思想を呑み込んでいる点から、般若経類よりも後に出たものであるとされる。こららの単独経典群は、大経が翻訳されて研究され、唐代になって所謂華厳教学が成立する以前の中国において、中国華厳思想の形成のための地ならしの役割を果たしたと考えられる。


 本経は仏の悟りの内容をそのまま顕わしており、その内容は菩薩道の究明と宣揚が基調を為す。本経の説時については、中国の注釈者たち(地論学者たち)は、伝訳後の比較的早い時期から、釈迦成道二七日(二週間)、すなわち成道後未だ説法教化に踏みきる以前の謂わば自内証の法門であるとしている。実際に本経では、仏は海印三昧に入った状態で、菩提樹下を動ぜずして地上─天上─地上へと移動し光明を放つが、仏自身は沈黙のままであり、諸菩薩がその代弁者となっている。多くの聖者達の讃仰という表現形式で、散文に次いで偈頌や詩歌によって、その法門が示されおり(例外として第六会中の阿僧祇品と光明功徳品のみは毘盧舎那の直説となっている)、一大叙事詩の趣を醸出している。


 このように、本経は聖者たちの讃仰活動により、仏の正覚内容を開顕するのであるが、さらにあらゆる人々の躍動により、またあらゆる事々物々の活動により、さらに言えば宇宙万有の一一の跳躍によって、その開示がなされるのである。これらの讃仰跳躍の一一がそのまま正覚内容の開顕であり、宇宙大真理の表現なのでる。これを統摂するのが実に毘盧舎那という主仏である。毘盧舎那仏は遍一切処、あるいは光明遍照とも称され、華厳教学では融三世間(衆生世間・器世間・智正覚世間の融摂)・十身具足の法界身雲であると解説されている。この主仏自体の在りようそのものに、一即一切一切即一、不動而動といった宇宙の真理が示されている。すなわち、宇宙万有の一一の背景に法界身雲があり、事々物々の全てが悉く法界身雲の活動であり説法であって、部分にして全体、全体にして部分の大用を無限に現出していることを説くのが華厳経に一貫した思想なのである。




2.華厳経の四訳について


 現在、一般に『華厳経』と呼ばれるものは、次の三種の漢訳と一種のチベット訳の合計4種がある。

  (1)東晋・仏駄跋陀羅(Buddhabadra)訳『大方広仏華厳経』60巻34品/420年訳出。

    (略称:『六十華厳』『晋訳華厳経』『晋経』『旧訳華厳経』)

 

  (2)唐・実叉難陀(!ik2qnanda)訳『大方広仏華厳経』80巻39品/699年訳出。

    (略称:『八十華厳』『唐訳華厳経』『唐経』『新経』『新訳華厳経』)

 

  (3)唐・般若(Praj`q)訳『大方広仏華厳経』40巻1品/798年訳出。

    (略称:『四十華厳』『貞元経』『普賢行願品』)

 

  (4)ジナミトラ等訳/9世紀頃訳出。

    《 Saxs_rgyas phal_po_che_shes_bya_ba 1in_tu rgyas_pa chen_po4i mdo

    『サンゲーペルポーチェ・シェジャバ・シントゥゲーパチェンプゥードオ』115巻45品

    (略称:『蔵訳華厳経』)

 

 このうちの(3)は、他の三種の華厳経の最後の章に当たる「入法界品」が著しく増広されたもので、性質が異なる。

 サンスクリット原本(梵本)は完本としては伝わっていない。現存するものは、『大華厳経』の「十地品」に相当する『 Da1abh[mi1varo_nqma_mahqyqna_s[tra (『十地経』)と、「入法界品」に相当する『 Gazfavy[ha_s[tra 』(『華厳経』)のみ。
 なお、このほかにも西夏文華厳経なども部分的に残っており、ほかの言語にも訳されたものが沢山有ったと思われる。



3.経題について


 漢訳経題:『大方広仏華厳経』


 中国の華厳学者たちは、これを「偉大(大)で、正しく(方)、広大(広)な、仏(仏)〔の世界〕を〔菩薩の様々な実践の〕花(華)によって飾る(厳)〔ことを説く〕経」という意味に解釈する。


 しかし、この経題、とくにその焦点をなす「華厳」あるいは「仏華厳」がもともとどのような意味であったのかということは、なかなか簡単には決着をつけられない問題である。


 中国の華厳学派の人々は、本経の原題を「摩訶毘仏略勃陀健拏驃訶修多羅」であるとしている。これから推定されるサンスクリットは、次のようになる。


 原  名:Mahqvaipulyabuddhagazfavy[ha_s[tra

      マハー・ヴァイプルヤ・ブッダ・ガンダーヴューハ・スートラ


 「マハー」は「偉大なる」、「ヴァイプルヤ」は「広大な」、「ブッダ」は「仏」で、「スートラ」は「経」の意味である。「方広」がサンスクリットの「バイプルヤ」という一語の訳語であることを、当時の中国の華厳学者たちは無論知っていた。しかし、敢えてこれを「方」と「広」との二語に分け、それぞれについて解釈を加えるのは、表意文字としての漢語(中国語)の威力と、中国人の訓古注釈を好む性を改めて感じずにはおれない。

 さて、問題は「ガンダービューハ」の意味である。法藏は「ガンダ」を「雑華」、「ヴューハ」を「厳飾」の意味であると解釈し、合わせて「雑華厳飾」の意味であるとし、これが略されて「華厳」という訳名ができたとしている。このうち、厳飾は、厳も飾も「かざる」という意味であるが、「雑華」については、三通りの解釈が可能である。@まだらの花、A名もない花、Bさまざまな花、である。大雑把に言えば、中国の古典の多くの用例と同じく、ほぼ一貫してBの意味をとり、それは菩薩の無数の実践を喩えたものであると見る。そして「ガンダーヴューハ」とは、「菩薩達が無数の実践によって(仏の世界を)飾ること」であると解釈する。


 たしかに、この解釈は、経典の内容に照らせば一定の妥当性をもつ。しかし、語源的な面から、これには消し難い疑問が残る。すなわち、そもそも「ガンダ」を「雑華」と訳すことが無理ではないかと思われるからである。

 「ガンダ」の最も一般的な意味は、「頬」「顔」「首の部分にできる腫れ物」。しかし本経の経題になじみそうにない。そこで考えられるのが、別にある「茎」「部分」「節」という意味。伝統派が重視するのは「茎」の意味。しかし、茎から「雑華」の意味が出てくると見做すのはかなり強引であることは否めず、伝統的解釈の難点がある。


 ところで、すでに述べたように、「ガンダービューハ」と名づけられるサンスクリット本の独立経典として、漢訳の『華厳経』の最後の章「入法界品」に対応するものがある。この『ガンダービューハ』という経題に関する有力な説は、かつてアメリカのルイス・ゴメス博士が提出された学説である。氏は「ガンダ」における「節」の意味を採択し、「ビューハ」にある「示現」という意味を採って、「諸節における示現」という意味に解釈した。この場合、「節」とは主人公の善財童子と善知識たちとの交わりの場面場面、「示現」とはそれらの場面に宗教的な意味を湛えて顕現していることを顕わしていると言えよう。


 また、近年、東京大学名誉教授の原実博士は、この経題について新説を出した。それは、全部で五十三ある善財童子の物語が巧みに唐突な言葉を用いて「係り結び」の関係を作り上げながら(「ガンダ」には文法学上の意味として「係り結び」という意味もある)、最後の大団円をめざすという、経典の劇的構成の妙を率直に顕わした経題であるというものである。


 これら二つの学説の結論は『ガンダービューハ』という独立経典の経題に関しては、相当に説得力のある学説であるといえる。しかし、これをそのまま中国華厳学派が主張する華厳経の原題の「ガンダーヴューハ」の意味と見做すのには躊躇を覚える。なぜなら、その上に付される「ブッダ」の語との関係、つまり「ブッダ・ガンダービューハ」という複合語をどのように解釈したらよいかに迷ってしまうからである。


 「ガンダービューハ」という語が、そもそも如何なる意味であったかという点については、これまで紹介してきた説のほかに、次の二つの解釈が成り立つ可能性があると、東京大学木村清孝博士は指摘している。


 その第一は、「ガンダ」を複合語として用いられる場合の「最高の」という意味に、また「ビューハ」を「遠離」(遠ざけ離れること)の意味にとる。すると、「ブッダ・ガンダービューハ」は「仏の最高の〔迷いからの〕遠離」の意味となり、釈尊が迷いを遠ざけて究極の悟りを実現し、盧遮那仏となったという『華厳経』の立脚点を顕わすと解釈することができる。


 その第二は、「ガンダ」を同様に「最高の」の意味にとり、「ビューハ」を宗教的ニュアンスで使われる「顕現」の意味にとる。すると、この場合、「ブッダ・ガンダービューハ」は「仏の最高の顕現」の意味となり、盧遮那仏が宇宙的スケールで繰り広げるこの上ない姿を指すと解釈できる。


 第二に挙げられた解釈は、中国華厳を研究してきた者の立場としては、極めて妥当な解釈であると思えるが如何であろうか。

 『華厳経』の経題に関しては、もう一つの問題がある。それは、現存する『蔵訳華厳』によると、原題には

    《 Saxs_rgyas phal_po_che_shes_bya_ba 1in_tu rgyas_pa chen_po4i mdo

    『サンゲーペルポーチェ・シェジャバ・シントゥゲーパチェンプゥードオ』115巻45品

とあり、その記す梵名として、

      
Buddhqvqta/saka_nqma_mahqvaipulya_s[tra

とある。「アバタンサカ」は一般に装飾品、とくに「花飾り」すなわち「花で作った冠」または「耳飾り」「耳輪」の意味で、装飾の輪飾りとして華鬘なども含められる点で、「華厳」と一応対応するといえる。


  問題は蔵訳の経題にある「ペルポーチェ」との関係である。チベット語で「ペルポーチェ」とは、通常、「大衆」「大集会」を意味する。したがって「サンゲーペルポーチェ」は、「仏の大きな集会」となる。つまり、「一千百億化身釈迦牟尼仏」といわれるような無数の仏の集会する世界というような意味で、華厳経の描く華蔵世界を指していると考えられる。それをサンスクリットでは「花飾り」と比喩的に呼んだのに対し、チベット訳では内容をとって「大集会」と訳したと考えれば、「華厳」と同義になる。大谷大学名誉教授の桜部建博士は、それは「蓮華上に坐した一仏を中心として、その背後・左右に十住無盡に列なった壮大なる華坐の仏の集団」を意味するとしている。


  このように『華厳経』の原題に関しては、「華厳」の意味を「ガンダービューハ」とするものと「アヴァタンサカ」とするものとの二説があり、それが中国において、全体として「大方廣佛華嚴經」と訳された経緯も定かではない。現段階では、実証的にはこれ以上のことをいうことはできない。


  木村清孝博士(現在、国際佛教学大学院大学教授)は、漢訳華厳経の原本よりも後に編纂された蔵訳華厳の経題に「アバタンサカ」の語が含まれるのは、その編纂に従わった人たちが、『六十華厳』や『八十華厳』の原本を参照し、経題中の「ガンダビューハ」の語が不可解なので、「装飾」の意味をもつ「ビューハ」の語にも配慮して、それを「花飾り」の意味の「アバタンサカ」と改めたのではないかと推測している。



4.華厳経の構成について


 ■法蔵の五分科説

 法蔵は『探玄記』巻二において『華厳経』の科分を立てている。それが五分科説と、それに基づく五周因果説である(※別紙資料参照)。すなわち、華厳経における菩薩行の次第を信解行証の四段に区分し(五分科)、おのおのに因果の次第を洞察したもの(五周因果)である。

 五分科説は、「信・解・行・証」、「教・理・行・果」、「断・惑・証・理」などに分けられる四分科に序分を加えたものであり、経の趣意を分析し、組織的に理解したものである。


  @教起因縁分は、「序分」に相当し、本経の起こる因縁を説く。


 A挙果勧楽生信分
は、信解行証の「信」に相当し、舍那本仏の円満果報(修行の目的)を示し、蓮華蔵世界(仏の悟りの世界)を示すことで、信仰の対象を明示し、衆生の楽欲を勧起して「信」を生じさせる部分。


 B修因契果生解分
は、信解行証の「解」に相当し、舍那果仏現成のための十信・十住・十行・十回向・十地の五位の因行を修して、舍那果仏に契当する因果の次第を時、修因感果に対する知解を生じさせる部分。


 C託法進修成行分
は、信解行証の「行」に相当し、六位の行法に託して二千の行法を修するべきことを明示する部分。


 D依人入証成徳分
は、信解行証の「証」に相当し、人(ここでは善財童子)が法界豊門に入定して勝徳を成就するという話に依り、法界への証入を説く部分。

 ■法蔵の五周因果説

 五周因果とは「信・解・行・証」について一々の因果関係を明瞭にさせるもので、経の内容を分析し、体系的に理解したもの。


 T.第一周 所信因果

「挙果勧楽生信分」についての因果を挙げるもの。因は舍那仏の因位たる荘厳童子の行願、果は舍那本仏である。


 U.第二周 修生因果

「修因契果生解分」の前段についての因果を挙げるもの。因は住・行・向・地の別徳、果は仏地功徳の差別である。これは差別因果(生解因果)であり、修起である。


 V.第三周 修顕因果

「修因契果生解分」の後段についての因果を挙げるもの。因は普賢広大の行願、果は生起都顕の如来であり如来の化用である。これは平等因果(出現因果)であり、性起である。


 W.第四周 成行因果

「託法進修成行分」についての因果を挙げるもの。因は信などの五位の行、果は八相成道の果徳である。また出世因果という。


 X.第五周 証入因果

「依人入証成徳分」についての因果を挙げるもの。因は善財童子による五十三善知識の歴訪によって顕され、果は本会において仏自在の証入によって顕される。


 要するに、中国伝統の華厳教学における華厳大本の分科は、"華厳の趣意を秩序化された菩薩行の表明にある" と見る、そういう観点に立っていることが窺える。「大方広仏華厳経」という経題よりする宗趣の理解は、法蔵によると、「大方広」が理法界(理性)を表わし、「仏華厳」が因果縁起(事法)を表わし、また理実法界が無定性であり、因果縁起が無自性であるから、此二無二であるとして、事理混融・無礙自在・事事無礙を強調するのであるが(湯次『華厳大系』)、分科説において見る限り、菩薩道の表明としてみる観点が基調となっている。経題の「ブッダアバタンサカ」(仏華厳)に対して、「ブッダによって統摂されブッダへの秩序化された菩薩行たる雑華を厳飾する」という意味に、あるいは「そういう菩薩行たる雑華を以てブッダを厳飾する」という意味が想定されもするから(伊藤瑞叡「華厳思想と法華思想─華厳十地経より見たる法華経の特質─」(中村瑞隆『法華経の思想と基盤』)所収)、この菩薩行の表明という点は適正であるが、しかしそれは菩薩行の果としてのブッダそのものの標題という側面を同時に含意していることを忘れてはならないであろう。





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