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<唯心偈> ─訓読と現代語訳─




 于[門/眞]國三藏實叉難陀奉制譯
大方廣佛華嚴經卷第十九 夜摩宮中偈讃品第二十
  (大正蔵10,102a-b)

  爾時覺林菩薩。承佛威力遍觀十方。而説頌言。

  (1) 譬如工畫師 分布諸彩色
    虚妄取異相 大種無差別
  (2) 大種中無色 色中無大種
     亦不離大種 而有色可得
  (3) 心中無彩畫 彩畫中無心
    然不離於心 有彩畫可得
  (4) 彼心恒不住 無量難思議
    示現一切色 各各不相知
  (5) 譬如工畫師 不能知自心
    而由心故畫 諸法性如是
  (6) 心如工畫師 能畫諸世間
    五蘊悉從生 無法而不造
  (7) 如心佛亦爾 如佛衆生然
    應知佛與心 體性皆無盡
  (8) 若人知心行 普造諸世間
    是人則見佛 了佛眞實性
  (9) 心不住於身 身亦不住心
    而能作佛事 自在未曾有
  (10) 若人欲了知 三世一切佛
    應觀法界性 一切唯心造




東晋天竺三藏仏駄跋陀羅譯
『大方廣佛華嚴經』巻第九「夜摩天宮菩薩説偈品第十六」

(大正蔵9,465c-466a)

    爾時如來林菩薩。承佛神力普觀十方。以偈頌曰。


   () 譬如工畫師  分布諸彩色

       虚妄取異色   四大無差別

   () 四大非彩色   彩色非四大

      不離四大體  而別有彩色

   () 心非彩畫色  彩畫色非心

      離心無畫色  離畫色無心

   () 彼心不常住  無量難思議

      顯現一切色  各各不相知

   () 猶如工畫師  不能知畫心

      當知一切法  其性亦如是

   () 心如工畫師  畫種種五陰

      一切世界中  無法而不造

   () 如心佛亦爾  如佛衆生然

       心佛及衆生  是三無差別

   () 諸佛悉了知  一切從心轉

       若能如是解  彼人見眞佛

   () 心亦非是身  身亦非是心

       作一切佛事  自在未曾有

   (10) 若人欲求知  三世一切佛

       應當如是觀  心造諸如來

 



 <説明>

 仏は「菩提樹、および帝釈天の宮殿を離れず」に、夜摩天へと昇られ、夜摩天王に迎えられて、その宝荘厳殿に落ち着かれる。これが夜摩天宮会(夜摩天宮にて)の第一場「仏昇夜摩天宮自在品」(夜摩天宮への章)で、この場面でも過去の仏の出現と重ね合わされる形で、この地が最も目出度いところであることが讃えられている。

 そして、続く第二場「夜摩天宮菩薩説偈品」(夜摩天の菩薩たちの詩の章)では、仏の神力を承けて、はるか彼方の無量慧世界などから、それぞれの世界を代表する菩薩たちが仲間を伴って仏のもとへ集まってくる。そこで仏は、両足の指から十万億の光明を放ち、十方の一切の世界を照らす。この光の中で、菩薩たちの仏を讃える偈頌が詠い出される。その讃歎詩の中で、心の本質を鋭く掘り下げ、後世とくに多大な影響を与えたのが、第九番目に登場する如来林菩薩の詩である。

 この詩の後半部分(7)〜(10)は、初句にちなんで「如心偈」 と称され[*註1]、現在も日本の華厳宗大本山である東大寺などでは日常的に読誦される。とくに最後の一句(10)は「破地獄偈」といって、地獄の苦しみからも救い出すことのできる神秘的な力をもつ呪文として広く流布した[*註2]。さらに、天台教学の基盤の確立には、この詩に示される心と仏と衆生との一体視が大きく寄与している。華厳宗のみならず、東アジア世界の仏教の形成に広く、かつ重大な影響を与えたものなのである。

 




 <訓読と現代語訳> ※仏駄跋陀羅訳六十巻本『華厳経』に基づく
                  (
▲=訓読、●=現代語訳)

 

爾時 如來林菩薩 承佛神力 普觀十方 以偈頌曰

 

▲ 爾の時、如来林菩薩は、仏神力を承けて普く十方を観たまえり。偈頌を以て曰く、

● そのとき、如来林菩薩は、仏の神通力によって普く十方を観察し、次のような偈頌をお唱えになられた。

 

(1) 譬如工畫師 分布諸彩色 虚妄取異色 四大無差別

 

▲ 誓えば工みなる画師の、諸の彩色を分布するが如し。虚妄に異色を取るも、四大に差別無し。

● 喩えば巧みな画家が、さまざまの彩色を塗り分けるようなものである。〔彼は〕迷いつつ異なった色を用いるが、〔それらの色は、みな地・水・火・風の〕四元素〔から成るのであって、これ〕に区別はない。

 

(2) 四大非彩色 彩色非四大 不離四大體 而別有彩色

 

▲ 四大は彩色に非ず、彩色は四大に非ざるも、四大の体を離れて而も別に彩色有るに非ず。

●〔もちろん、この場合〕四元素〔そのもの〕が彩色ではなく、彩色〔そのもの〕が四元素であるわけではないが、〔同時に〕四元素の本体を離れて別に彩色があるのでもない。

 

(3) 心非彩畫色 彩畫色非心 離心無畫色 離畫色無心

▲ 心は彩画せらるるに色に非ず、彩画せらるる色は心に非ざるも、心を離れて画かるる色無く、画かるる色を離れて心無し。

●〔また、画家の描く〕心が彩り描かれる色ではなく、彩り描かれる色が心ではないが、その心を離れて描かれる色はなく、描かれる色を離れて心はない。

 

(4) 彼心不常住 無量難思議 顯現一切色 各各不相知 

▲ 彼の心は常住ならず、無量にして思議し難し。一切の色を顕現するも、各々相知らず。

● その心は、永遠・不滅ではなく、無量であって、思いはかることはむずかしい。〔それは〕一切の色を現し出すが、それぞれ互いに相知らない。

 

(5) 猶如工畫師 不能知畫心 當知一切法 其性亦如是。

 

▲ 猶お工なる画師の、画心を知る能わざるが如く、当に知るべし、一切の法も、其の性亦た是の如し。

● ちょうど、巧みな画家が〔自分の〕画心を知ることができないように、一切のものも、その本性はこれと同じであると知るべきである。

 

(6) 心如工畫師 畫種種五陰 一切世界中 無法而不造。

 

▲ 心は工みなる画師の、種々の五陰を画くが如く、一切の世界の中に、法として造らざる無し。

● 心は、巧みな画家が、〔物質・感受・想念・意思・認識という〕さまざまの五陰〔から成る人〕を描き上げるように、一切の世界においてあらゆるものを造り出す。

 

 

(7) 如心佛亦爾 如佛衆生然 心佛及衆生 是三無差別

 

▲ 心の如く仏も亦た爾り。仏の如く衆生も然り。心と仏と及び衆生と、是の三に差別無し。

● 心のように、仏もそうであり、仏のように、衆生もそうである。心と仏と衆生との三者には、区別はない。

 

(8) 諸佛悉了知 一切從心轉 若能如是解 彼人見眞佛

 

▲ 諸仏は、悉く一切は心より転ずと了知したもう。若し能く是の如く解せば、彼の人は真の仏を見ん。

● 仏たちは、みな、一切のものは心から起こるということをはっきりと知っておられる。もしもこのように理解することができれば、その人は真の仏を見るだろう。

 

(9) 心亦非是身 身亦非是心 作一切佛事 自在未曾有

 

▲ 心も亦た是れ身に非ず、身も亦た是れ心に非ざるも、一切の仏事を作すに、自在なること未曾有なり。

●〔だが、その〕心は身ではなく、身も心ではない。〔しかも両者は、かかわりあって〕いまだかつてなかったほど自在に、一切の仏事を行う。

 

(10) 若人欲求知 三世一切佛 應當如是觀 心造諸如來

 

▲ 若し人、三世の一切の仏を求知せんと欲せば、応当に是の如く観ずべし、心は諸の如来を造る、と。

● もしも人が、三世の一切の仏を知りたいと思うなら、このように観察すべきである。心がもろもろの仏を造る、と。

 


[*註1]

 唯心偈を前六と後四に分けるのは、華厳学の大成者である唐代の賢首大師法蔵(643-712)が撰した『探玄記』巻六に、「十偈分二、初六明心作凡、後四明心起聖」と云うによる。すなわち、(1)〜(6)は心が凡(=“煩悩”)を作る構造を述べたものであり、(7)〜(10)は心が聖(=“さとり”)を起こす構造を表したものであるというもので、この説明に基づき、東大寺では後半のみを読誦している。なお、(6)以下を「百字心経」と称して写経などに用いることがる。

[*註2]

 最後の一偈四句「若人欲求知」以下を「破地獄偈」と称して広く信じられ、単独で読誦されることがあるのは、次のような故事による。


文明元年、洛京に王明幹という名の人がいた。彼は身に戒行なく、かつて善行を修することが無かった。かくして彼は病気で死に、二人に引かれて地獄に堕ちることとなった。すると地獄の門前に一人の僧がいた。この僧は地蔵菩薩であるという。そして、王氏に対して一行の偈文を読誦させた。その文は「若人欲知、三世一切仏、応当如是観、心造諸如来」というものであった。菩薩はこのお経の偈文を授けて、王氏に次のように言った。「この偈文を読誦できれば地獄の苦しみを除くであろう」と。王氏はこれを読誦することができるようになってから、閻魔大王に会った。閻魔大王は王氏に尋ねる。「おまえは生前に何か功徳になることをしたか?」。王氏は「ただ一つの「四句偈」を受持するのみです」と答え、教えられた偈文を唱えたところ、閻魔大王は彼を許したという。しかも、そればかりか、彼が偈文を唱えたとき、その声の及ぶ範囲にいた地獄の人々はみな苦しみを免れることができた。王氏も、死後三日にして蘇ることとなり、この偈文を憶えていたので、空観寺の定法師という僧に、この話をした。定法師はその偈文を調べると、まさにそれは旧訳『華厳経』(『六十華厳』)第十二巻、新訳『華厳経』(『八十華厳』)第十九巻の夜摩天宮の無量菩薩雲集説法品に所出の偈文であった。

これは、中国華厳第四祖清涼国師澄観(738-839)の『華嚴大疏鈔』(『演義鈔』)巻十九之上に引用された法蔵(643-712)の『纂霊記』の所説である。ここでいう地蔵菩薩が王明幹に教えた「四句偈」こそ、後世「破地獄偈」と呼ばれる「唯心偈」の偈末の四句(10)にほかならない。おそらく、『纂霊記』の時代、すなわち7世紀から8世紀にかけての唐において、既にこの偈文に対する信仰が一般にあったものと思われる。現在、華嚴宗に限らず、禅宗、浄土宗など諸宗においても日課経典の中に編入され、日常に読誦される最もポピュラーな偈文の一つとなっている。ちなみに、禅宗や浄土宗で用いるのは、仏駄跋陀羅訳の六十巻本『華厳経』の訳文に基づいている。また、東大寺では実叉難陀訳八十巻本『華厳経』の訳文を用いるが、「破地獄偈」の冒頭(10)「若人欲求知」のみ「若人欲了知」と読み替えて『六十華厳』の訳文が混入した形になっている。その理由は不明であるが、上記の故事に具さに示された偈文がそのようになっているからではないかと推測される。

 

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