|
| フィリピン、ネグロス島のヒロット(伝統的産婆)について2003年3月(9月加筆) |
|
前書き
これは覚書程度の不完全なメモである。ヒロットについてネグロス全域で文化人類学的調査を行なった訳ではなく、また私自身、助産についての知識もほとんどない。
ヒロットについては、ネグロス島に滞在している間にお世話になったある年配女性がヒロットであると聞き、初めて存在を知った。たまたま、親しい友人が近代日本の産婆から助産婦への移行についての研究をしていたため、彼女への素材提供としてネグロス中部で幾人かのヒロットにインタビューを行い、何冊かの文献を手に入れた程度である。
であるので、この内容がネグロスのヒロット全般には当てはまるとは限らないことを留意してお読みいただきたい。
|
| ヒロットとは |
ヒロットとは、伝統的な産婆のことで、フィリピンのTraditional
birth attendant(以下TBA)を指す。インタビューした地域では大抵は年配の女性であったが、男性もいる。ヒロットは、妊婦を出産前から診断し、腹部をマッサージすることで胎内の子どもの位置を変え、妊婦を楽にする。そして、出産に立ち会って、子どもを取り上げ、産後も経過を見守り子育ての方法を教える。
しかし、産婆だけでなく捻挫や痣などの症状をマッサージによって治す人もヒロットと呼ばれるので、ヒーラー(healer)としての意味もあるようだ。また、ネグロス島の南部のある村では、ヒロットが何らかの液体を患部にふりかけ、まじないによって治療を行っていたという話も聞いている。
ヒロットの語源は、位置を整える(hilot)という言葉に由来しており、そこから位置を整える→整体→お腹をマッサージする産婆となったようだ。また、魔女の島として有名なシキホールでは、呪術を行なう人びとをパラヒロットと呼ぶ。ヒロットとパラヒロットの関連は不明であるが、ネグロス中部では呪術的な要素は聞かない。しかし、シキホールと近い南部で呪術的な治療が行なわれていたという点は、何らかの関連があるようにも考えられ興味深い。
|
| ヒロットとフィリピンの出産介助者 |
フィリピンでは、出産の介助は医者、看護婦あるいは助産婦midwife、ヒロット、親戚などが立ち会うか、あるいは単独で行われる。特に農村部では、出産にヒロットが立ち会うことが多い。1993年に実施された妊産婦保健の全国調査によれば、フィリピンでは3分の2を超える分娩が自宅で行なわれ、ヒロットは全分娩の51.5%を介助している。
分娩の場所と介助者の比率(%)
| 分娩の場所 |
医師 |
看護婦 |
助産婦 |
TBA |
親戚 |
その他 |
不明 |
全分娩中の比率 |
| 自宅 |
0.7 |
1.0 |
32.0 |
73.2 |
38.4 |
6.7 |
0.1 |
69.9 |
| 公的医療施設 |
84.0 |
45.3 |
49.3 |
1.2 |
4.3 |
3.8 |
0.1 |
19.1 |
| 民間医療施設 |
90.8 |
46.9 |
26.7 |
1.4 |
2.5 |
4.8 |
0.0 |
11.0 |
| 合計 |
26.4 |
14.5 |
34.7 |
51.5 |
27.9 |
5.9 |
0.2 |
100.0 |
出所 National safe Motherhood Survey 1993 1994 National Statistics Office & Marco
International Inc.
保健省は1970年代からヒロットのトレーニングを実施しており、フィリピンの約80%のヒロットがトレーニングを受けたと報告されていた。1992年の助産婦法改正によって法律上は助産婦だけが出産を解除できるものとされ、この影響でヒロットのトレーニングは全国的には行なわれないようになったが、一部の州や市では外国からの援助によってトレーニングが行なわれていた。このような現実に制度が歩み寄る形で1994年の保健省省令により、助産婦や医師、看護婦の常駐していないところでは、ヒロットが正常な自宅分娩を介助することが合法化された。{1}
出産介助者に関する調査によれば、農村部では4101中、医者にかかる人はわずか16.8%で、58.7%がTBAに頼るのに対し、都市部では3465人中、医者にかかるのが47.6%、TBAにかかるのは16.8%と好対照である[2]。
最もTBAの出産介助が多いのはミンダナオ南西部の諸島(ARMM)で81.9%で、最も少ないのはメトロマニラの7.8%ある[3]。ネグロス島の西州が含まれる西ビサヤでは出産時にTBAが介護する率は50.8%で、東州の含まれる中央ビサヤでは44.0%といずれも半数ほどに及ぶ[4]。
なぜヒロットは農村部でここまでメジャーな存在なのだろうか?これを部分的に明らかにするものとして、ヒロットを好む理由についての調査データがある[5]。1978年とかなり古いのが紹介する。
それによれば、ヒロットを好む理由は、
第1位 家から最も近い(50.3%)、
第2位 信頼がおける(11.3%)、
第3位 看護婦やミッドワイフのところに行くのに交通が不便(7.1%)、
第4位 ヒロットが親戚だから(6.5%)、
第5位 安価だから(3.9%)
で、それ以外は介助者として奉仕してくれる(2.1%)、すぐに対応してくれる(1.9%)、毎日言付けをもらえる(1.9%)、夜に呼ぶのが容易(1.9%)、毎日訪れてくれる(0.2%)、その他の理由および返答なし(10.2%)である。
ここから、ヒロットが妊婦の近隣に住んでいるためアクセスが容易であり、医者やミッドワイフでは出来ないような細やかなケアを安価で提供してくれ、安心感があるなどの理由で、ヒロットが頼られていることがわかる。
また、母親の教育レベルによっても出産介助者としてTBAを選ぶか、医者を選ぶかが異なるという調査結果が出ている。教育を全く受けていない女性の出産介助はTBAが75.5%、医者が4.5%であるが、大学レベル(卒業か入学かは不明)だと、TBAは14.0%、医者は63.5%である[6]。
これは高等教育を受けると、近代的な出産介助を志向するようになると解釈できる。だが、大学に通える程に資金的な余裕があった女性は、出産に関しても医療費を払うだけの余裕があり、地理的・物理的にも病院へのアクセスが可能であるため、医者にかかることが出来るのではないか。そうであるとすれば、教育レベルは出産介助者選択の一要因かもしれないが、教育レベルが原因で出産介助者選択が異なった結果になるというよりもむしろ、教育レベルも出産介助者選択も女性の背景に影響された結果なのではないか。
この仮説は女性の教育レベルと、彼女の経済状態さらに病院へのアクセスの容易さ、あるいは困難さを調べることで一定程度は検証できるだろう。
|
| ケース1.低地農村の場合 |
エディータさん(Mrs.Edita Corendes
Absin)に聞く。エディータさんはネグロス島のラカルロータシティのラグランハとよばれる村で、ヒロットを1984年から行ってきた。月に平均して2〜3人、年に20人以上の子どもを取り上げている。
ヒロットの仕事
女性が妊娠中、3ヶ月、5ヶ月、7ヶ月目に検診を行なう。逆子や位置が良くない時は、9ヶ月目にも検診をする。検診時は胎内の子どもの位置をチェックし、母親が困難を訴える時は位置を整える(ヒロットhilotする)。
出産は女性の家で行なわれ、ヒロットの家で行なわれることはない。出産が近づくと、父親がヒロットを呼びに来る。出産時の姿勢は床かベットに横になってもらう。使用する器具は、出産用のハサミとフォーセット(共に30分〜1時間煮て殺菌)で、へその緒をフォーセットではさみ、ハサミで切る。またバンドエイドや脱脂綿、消毒のためにアルコールも使用する。
出産後は赤ちゃんの水浴びを行い、産後に15日間ほど通って水浴びの方法や母乳の与え方育て方などを教える。また母親の体を清めるために、薬草を煮出して水浴びに使う。使用するハーブはサロングSalong背の高い木、ブンラオBunlao、カワヤンKawayan(Bamboo Leaves)、アリブホンAlib-hun、カブライKabulay、レモングラスの根Roots
of Tanglatなどである。
生まれた子どもの名付け親になることはないが、バプティズム(洗礼式)の時は呼ばれる(忙しくていけないが)。子どもが大きくなってからの誕生日に呼ばれることはない。
ミッドワイフとの関係
ヘルスセンターで働いているミッドワイフとは共同関係にあり、ミッドワイフは他の仕事もあるので出産介護はもっぱらヒロットの役目となっている。ケース2の山村と異なり、ヒロットは村に1人で村中の出産をほぼ1人で介助する。ヒロットの紹介はヘルスセンターに行って聞けば、紹介してくれる。ヒロットが出産の際に留守をしている場合は、ミッドワイフのところに話が行く。出産が困難な場合は、ミッドワイフに知らせに行く。それでも困難な場合は、ヒロットとミッドワイフが相談した後、ラカルロータ、バコロドの病院に行く。子どもが死んだことを市当局が知った場合、器具を取り上げられ、ヒロットのライセンスも失う。出産後にはヒロットがミッドワイフに、子どもが生まれたこと知らせに行く。
報酬
出産介助の報酬は500ペソのはずだが、50ペソの時も払えない時もある。100ペソから50ペソが平均といったところだ。
トレーニング
1984年に医者より1週間コースのトレーニングをうけた。内容は、手を洗ったり、手袋を使い、器具を消毒するなど衛生に関することであった。トレーニングの以前にもミッドワイフの出産に立ち会って、観察などをしていた。医者のトレーニングをうけた時、男性もいた。ヒロット同士のミーティングなどはない。
|
| ケース2.山村の場合 |
アバさん(Mrs.Aba Mondia)に聞く。アバさんはネグロス島のラカルロータシティのユボ村のバイス地区のヒロットである。1年に10回ほど出産に立会い、2002年は例年よりも少なく4人を取り上げた。彼女の両親ともにヒロットだったので、小さい頃からヒロットの方法を学んでいた。また彼女も彼女の夫も旧家の出身なので、村のほとんどの人が親戚であり多くの出産に立ち会ってきた。自身の出産も12人中9人は、夫の手助けで自分で行った。へその緒も自分で切った。
仕事
子どもが生まれる前から面倒を見る。お腹を押して、妊婦を楽にする。出産は妊婦の家で行い、出産時の姿勢は横になってもらう。また、妊婦のパートナーに手伝いをさせる。逆子を通常の位置に直すことは出来ないが、出やすくすることはできる。使用する器具はハサミとフォーセット、他にバンドエイド、脱脂綿、アルコールや傷の塗薬としてBetadineを使用する。これらはミッドワイフからヒロットに配られている。
止血のために、出産後はカスラKaslaの葉とブーラックBurakの葉を、妊婦のおでことお腹につける。水浴びにはアリブホンAlib-hun(竹の葉)、カブライKabulay、ブーラックBurak、レモングラスTanglat、ティキ・タブヨTiki
tabuyog、サロン・カブライSalong-kabulay等を煮出した液体を用いる。また、これらを飲ませる。
洗礼の時に、彼女は子どものマニナイManinayになろうとは思わないが、母親達は取り上げた子どもに彼女をナナイNanay(お母さんの意)と呼ぶようにしつけている。
他のヒロット
バイス地区には彼女の他に4人のヒロットがいて、うち1人は男性である。皆彼女より年配である。多くの人は女性のヒロットを好み、男性のヒロットの場合、男性の親戚以外は彼女が手伝いを行うようにしている。
※ラグランハ村ではヒロットは1人であるのに対し、ユボ村の一地区に過ぎないバイスには5人もヒロットがいる。ラグランハ村はラカルロータシティの中心部から近い比較的拓けた村で交通の便も良いが、ユボ村は山あいの地域でバイスは中心地からかなり離れた山中の地区で車が乗り入れられない地域だ。ヒロットはかつてはラグランハ村のヒロットのように専業職ではなく、バイスのように年配の経験を積んだ人びとが職としてではなく担っていた社会的役割だったと推測される。
ミッドワイフとの関係
1994年にバイスにヘルスセンターが出来てから、ミッドワイフが平日の昼間は常駐するようになった。ミッドワイフへのインタビューによれば、ミッドワイフがにいる時も出産に立ち会うことはほとんどなく、赴任して4年間のうち1回だけだったという。しかし、ミッドワイフは出産前後に母親に鉄分、ビタミンAの錠剤を与え栄養面でのアドバスを行なう。錠剤の在庫がないときは町の薬局で買うように指示する。
トレーニング
バイスのヘルスセンターのミッドワイフが3ヶ月に1回セミナーを行っている。また1986年以降、DSWDが母親に2年に1回づつ出産のトレーニングを行ったが、それ以後も母親達からヒロットに介助を求める声は依然としてある。
|
| 脚注 |
[1]国際協力事業団医療協力部『国別医療協力ファイル フィリピン』平成3年9月
p.68-69
[2] National Statistics Office, Department
of Health & Macro International Inc., National Demographic and Health Survey
1998 , 1999, p.122.
[3] Ibid.
[4] Ibid.
[5] Perla D. Santos Ocampo, et al., Filippino Children: A Health Situationer, University of Philippines Press, 1994,
p.22.
[6] NSO, op. cit., p.122. |