ビキニ水爆被災50周年記念式典


行進の様子
式典プログラム
式典の様子

 マーシャル諸島民がアメリカによる「ブラボー」水爆実験で被爆して50年目にあたる2004年3月1日、首都のマジュロでは、水爆被災50周年記念式典Memorial day and Nuclear Suvivors Remembarance Day が国会前庭で開催された。
 式典に先立ち、被災者や一般市民がプラカードを掲げて国会前の通りを行進した。



行進のスタートは、白バイに先導された合衆国とマーシャル諸島の国旗を掲げた警官隊。暑い
諸島でラフな格好に慣れた目には制服はより一層、物々しい雰囲気。
婦警さんはいない模様であった。残念!(不謹慎・・・・)




警官隊の後は、何百人もの市民が行進する。
女性が持つ黄色のプラカードにあるERUBとは、ビキニ水爆被災がアメリカによって認められた、
エニウェトック、ロンゲラップ、ウトリック、ビキニの4環礁の頭文字であり、被爆者による団体の名称でもある。
ちなみにERUBとはマーシャル語で、「破壊された」という意味。
右はビキニ環礁民の移住の歴史を記したプラカードを持つ男性。




小学生の子どもたちも行進に参加していた。「ブラボーから50年、だから今日!」


マーシャル短期大学College of Marshall Islandsの学生たち。学長や教員も行進に参加していた。
右の青年らが持つのは"No place like home"「故郷ほど良い所はない」。



日本からの参加者も行進に参加していた。
アジア・ボランティア・センター(AVC)のスタディツアー参加者が持つのは
「No Nuclear Weapons 平和な地球 美しい地球 美しいマーシャルを とりもどそう!」、
そして一際目立つ大きなバナーは日本原水爆禁止協議会の沢田昭二先生らによる
「ノーモア ヒバクシャ No More Hibakusha」。



行進では、これまで被爆者とされてこなかった地域の人びとによる被害の訴えも目立った。
左はアイルック環礁からの人びと。「50 year of Neglect 50年の無視」、
「50year of Emotional Distress 50年間の心理的苦痛」などのプラカードを持つ。
右はリキエップ環礁からの人びと。「Likiep is one of the forgotten atolls in the histry of neclear fallout in Masrhall Islands, not anymore. リキエップはこれまでマーシャル諸島の核降下物の歴史から忘れられた環礁だった。しかし、もうこれからは・・・」




環礁ごとに呼ばれて入場していく人びと。
こうして、老若男女が国会前庭に集い、式典が始まった。
ちなみに、国会の横断幕に書かれた“50th Anniversary shot”のanniversaryにはお祝いという意味もあるので、commemorationの方が良いなどの意見も聞かれた。



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