岐阜市立N小学校における腸管出血性大腸菌0157による集団食中毒
− 発生から学校再開までの経過 −
岐阜市立N小学校 校医 石川内科クリニック 石川 裕
平成8年6月10日(月)朝、N小学校の Y校長より校医のもとへ「本日、下痢、腹痛を訴えて欠席している
児童が全校823名中50名いる」との連絡が校医である私のもとへあった。
要請を受け、同日午後2時より、学校で開催された第1回の臨時保健委員会に出席し、各学年主任より
欠席状況を聞いた。
5年生の欠席がほとんどないことが奇妙であった。
養護教諭と手分けをして、生徒が日頃よくかかっている校下の各医院に電話で問い合わせたところ、
上記症状を訴えて来院する子供が非常に多くなっていることが分かった。既に検便を施行していただいて
いる先生もあった。
食中毒の可能性を考え学校保健委員会は、6月11日以降の給食の停止を決定した。また、状況に
よっては学校閉鎖もありうると考えられた。
すでに血便で入院している子供も数人いるとのことであった。
6月11日(火) 本日になり欠席者が84名に増えており、岐阜県立病院の他、岐阜市内および市外
の病院へ入院している患児も6〜7名になったという情報を得た。
この日、午後から第2回目の臨時学校保健委員会が開催された。
この時点で、校医は本件を集団食中毒と判断し、学校閉鎖の処置を取るべきであることを学校長に
具申した。
また、岐阜市医師会及び学校医部会へ連絡し、事態を説明し病室の確保を依頼した。
岐阜市医師会長よりK理事を担当理事として窓口とするとの回答を得た。
一方、岐阜市衛生部は食品衛生課が中心となり、給食(過去1週間分)の検査、給食職員の検診、飲み水、
土壌など感染源と考えられるすべての材料を採取、感染源の追跡に全力投球の態勢となった。
6月12日(水) 県立病院に入院中の患児6名中、1名の容態が悪化し、尿毒症,溶血性黄疸の症状が
みられ重症化しているとの報告があった。
また、市内の病院および校下の各医院へ電話で問い合わせた結果、入院中の患児のうち血便がつづいて
いる児童もおり、予断は許さない状態であるが、通院中の患児はやや自他覚所見の改善がみられる児童も
いるという事であった。
どこの先生も大量の患者が殺到し診療が混乱している様であった。
学校閉鎖の期間中、担任の先生達は毎日各家庭を訪問し、患児の状態を把握するとともに二次感染の重
要性を説明してまわった。
この日、校医は校下の各先生から電話で情報を収集するとともに、入院先の紹介、保健所との連絡、岐阜
市教育委員会など関係各方面への状況報告、明日の保護者への説明会の資料を得るため、岡山県に
おける同様事件の情報集めなどに忙殺されていた。
同日夕刻になって、岐阜県立病院のY小児科部長、岐阜外科S先生から検便にて病原性大腸菌0157を
検出したとの第1報が学校に入ってきた。
直ちに関係各方面にこの旨を連絡、また 県立病院へ入院中に重症化した小1の男児が溶血性尿毒症
症候群(HUS)と診断され、透析と血漿交換を中心とした治療を精力的に始めている旨報告があった。
6月13日(木)N小学校体育館において、保護者を対象とした第1回目の説明会が開催された。
現在の状況を説明するとともに、0157が家庭内でも二次感染を起こしうるので、消毒を十分に行って
欲しいこと、重症化すれば、HUSになりうる事もあることなどを説明した。
同日夕刻 県立病院小児科のK部長先生から重症化した1年生男子の一般状態は変わらず、依然として
重態のままであるとの報告があった。
また校下の各医院へ通院中の患者は次第に落ち着いてきているということであるが、容態の急変、再燃
、
二次感染の予防などについては十分ご配慮していただくよう医師会からFAXが流された。
6月14日(金)入院患者が下呂病院、東海中央病院などにも拡がっており、岐阜市医師会レベルでは対応
しきれないというK理事のご意見もあり小坂県医師会長に、本件のこれまでの経過をご報告申し上げた。
県医師会でも、A先生を担当理事に決めてあるのでなんでも相談してくれとのお話であった。
午後1時、K理事より岐阜日赤へ入院中の患児3名が岐阜市民病院へ転院したとの報告あった。
午後1時30分岐阜大小児科へ問い合わせたところ2名の入院児童のうち1名が、HUSに移行する心配が
あり血漿交換を始めたということであった。
同日夕刻 今まで元気だった5年生の子供が発病、この子には3年生と1年生に発病している兄弟がおり
二次感染の疑いありと連絡を受けた。
午後7時より第2回目の説明会が同校体育館で行われ、教育長をはじめ関係各機関の長が参加、K担当
理事、校医のG先生、石川も説明を行なった。
私たちには、主に休日の医療体制や、二次感染の予防、入院先の確保などについての質問が出た。
同日午後9時より第3回目の学校保健委員会が開催され、学校閉鎖を6月21日まで続けること、校下内の
保育園などへの二次感染に注意すること、校長はじめ職員の健康状態もチェックすること、感染ルートの
特定を急ぐことなどが確認された。
6月14日現在岐阜市内の病院へ入院している患児は14名となっていた。
この日、Y校長から、岐阜市医師会会長、Y小児科部長、K担当理事ほか現場で実際医療に従事しておら
れる開業医の先生方のご努力に対し、心より感謝している旨メッセージがあった。なお、H病院(黒野)、
S病院(北一色)、Yホスピタルも二次病院としての受け入れを快諾して頂いた。
6月15日(土)午後3時より南保健所にて緊急連絡協議会が開催され、校医も出席を要請された。
岐阜市衛生部の松浦省三部長の経過説明から始まり、各関係機関の責任者方から現在の状況につい
ての報告があった。
医師会からはK担当理事、校医のG先生、石川が出席した。
6月14日現在患者数は341名で、168名が医療機関を受診し16名が入院中であることが確認された。
保健所においてN小学校から集められた便から0157が確認された検体は22名分であるが、次々と結果が
出ているのでこの数字は刻々変化して行くものと考えられた。
なお、学校までは検便結果がとどいているが、個人のプライバシーの問題もあり公表するのは慎重を要する
と考えられた。
しかし検便結果は、速やかに開業医に届くよう配慮せねばならないとの合意を見た。
一方、県立病院に入院している7名のうち、HUSにて透析中の患児を除いては全員病状は安定しており、
2名は外泊許可が本日出る予定ということであった。暗いニュースが続く中、何か一瞬ほっとする情報だった。
岐阜市衛生部の調べでは、感染経路については依然としてまだ確認が取れず、6月3日から7日までの給食
サンプル、数箇所で採取した水、土壌などからも手がかりとなるものは見つかっていないという報告であった。
給食婦からも全員0157は検出されなかったと報告された。
保健所での検便の結果は保健婦さんが児童全員の家庭を訪問し個別に知らせているということであった。
検便は、家族全員に対して施行された。また陽性者については、菌が陰性化するまで便培養が続行された。
岐阜市医師会FAX緊急通信の内容についてK理事と検討した。また検便については医療機関から提出する
場合も民間業者ではなく、衛生試験場へ提出するようなルートを検討中であるとされた。
また、地域住民の方達から、現在の状況を父兄だけでなく、付近住民にも知らせてほしい旨の要請があった。
この点については、保健所の担当の方が、公民館等で何回も説明会をされたということであった。
6月16日 (日) 午後1時岐阜大学附属病院へ入院中の子供たちの様子を聞くために、病棟医長の
Y先生に面会し、経過表、現在の治療内容などについて話して頂いた。比較的軽症の子には病室で面会
することが許された。
休日診療所は患者の増加に備えて当直医を1名増員し、薬品も十分備えて待機していたが特別混乱は見ら
れなかった様だ。
県立病院へ入院中の重症児は依然として無尿、血小板の減少が続き毎日透析中との報告があった。
午後より南保健所において緊急対策協議会が行われ、K理事、 G先生 石川が出席した。
6月17日(月)本日発表の岐阜市対策本部のデータでは、患者数は累計で児童339名、職員8名の合計
347名となった。
15時現在二次感染は確認していないという事であった。また検便の結果、0157陽性者は衛生
試験所の検査分で41名、医療機関の検査分で11名と発表された。
この日になってはじめて南保健所のU所長より、邑久町保健所長及び岐阜大微生物学教室のE教授
からの情報として0157に対する治療法のガイドラインが示された。
午後になって、校下の各医院に電話で患者の状況を問い合わせたところ、岐阜外科病院のS先生の
ところへ血便でかかっていたN小学校2年の子の妹で平成6年生まれの幼児から0157が検出されたという
事であった。
また同日16時になって同じN小学校の1年生女児の弟で、3歳の男児が出血性大腸炎で入院した事が
分かった。
心配されていた二次感染が発生していると考えられた。
6月18日(火) 本日の岐阜市対策本部の発表では15時現在
入院児童は10名、幼児1名となって
いたが、2名が二次感染と確認された。
0157陽性者にはガイドラインにしたがって無症状の子にも医療機関で抗生剤の投与を受けるよう学校を
通じて各家庭へ連絡するとともに二次感染の防止を呼びかけてもらうよう再度確認が行われた。
しかしこの日新たにS保育園の4歳男児が出血性大腸炎で県立へ入院し、6月20日になって0157が検出
されたと報告された。
6月19日(水) 岐阜県小児科医会の理事会より要請を受けて出席。
感染者が市内の保育園や幼稚園などに広がっている事を重視、また本日の検便で新たに50名ほどの
保菌者が見つかっている事、及び県立病院では重症者の治療に追われ、紹介患者の対応が困難になって
いるなどの問題が検討された。
特に二次感染予防のために幼稚園児に予防投薬をするかどうかについて意見の交換がなされた。
本日現在、岐阜市対策本部より、衛生試験所と医療機関双方の検査分合計で累計125名の0157陽性
者が確認されたと発表された。
6月20日(木) 現地対策本部(N小学校)で我々がまとめた状況調査では、本日新たに下痢、腹痛を
訴えて通院した児童が1名、入院中の児童が9名、現在も症状があって通院中の児童が24名、現在
症状はないが通院を続けている児童が43名、有症にもかかわらず医療機関にかかっていない児童が
2名、あらたに0157保菌が判明して通院している児童が65名となっており、全校生徒823名中、144
名が治療中である事が確認された。
学校側の調べでは菌陽性者が19日現在112名おり、検査中の児童が289名となっており学校再開の
目途はまだ立たないという結論になった。
同日の岐阜市対策本部の発表では、児童職員以外の家族の有症者は53名でそのうち2名から新しく0157が
検出され二次感染とされた。
また一方では、検食(6月3日から6月7日)、給食室、水、土壌など述べ90検体から0157は検出されず、感染
ルートは依然不明のままであった。
6月20日(金) 菌陽性者は20日集計分でなお137名と減少しておらずこれらの児童を介して家庭内で
感染が起こる事が最も憂慮された。
県立病院のY先生からのFAXでも保育園児(HUS)の重症者がどんどん悪化して行くとの報告があり、更に
N中学生、S保育園の4歳女児が新たに入院したという報告も入り事態は益々深刻になっていった。
この日、校医は治療方針に役立つ様にと考え、今回検出された0157に対する薬剤感受性テストの結果を
南保健所に問い合わせ、その結果を医師会へも連絡した。
6月22日(土) N小学校保健委員会はN小学校だよりとPTA便りを通じて学校再開に向け、
どのような条件が揃えば再開できるか各家庭に心構えを示したパンフレットを配布し、弁当持参と
するか簡易給食とするか、飲み水はどうするかなどが検討された。
この日の夜、3回目の説明会がN小学校の体育館で行われた。各部門の責任者から具体的な経過の
説明があった。この時点でも依然として感染源は不明とされた。
6月23日(日)岐阜市対策本部において、学校を再開するに当たってどのような条件が揃えば可と
するか検討された。
まず保菌者は原則として登校禁止とした。
但し医師の投薬を受けている旨の通院証明書を提出した児童は、登校させる事とした。岐阜市医師会に
おいてもこれを受け、各医療機関の長に対し通院、または入院証明書を発行するよう依頼があった。
本日の集計でも0157陽性の児童は133名とされたが、全員治療中である事が確認された。
開校は6月27日(木)とし、29日(土)までは午前中の短縮授業とする事、7月1日(月)からは平常
日課とし、簡易給食を始める予定であるとした。
さらに、衛生面では充分注意をするよう再度のチェックが行われた。
6月24日(月) 保育園児、幼稚園児などに二次感染と考えられる患児が出ている事から、岐阜県小
児科医会のK会長より、二次感染予防のためのガイドラインを示す文書が、会員のもとに配布された。
N小学校のY校長は岡山県邑久町小の石原校長と連絡を取り開校にあたっての注意点を確認、校医の
石川はやはり邑久町小の水野校医とコンタクトをとり情報収集に勤めた。
6月25日(火)本日15時現在二次感染とされた者は1才の女児から67才女性までの6名で、
ほかに検便の結果0157を検出したが、N小学校との接点が認められないもの5名とされた。
この日、当院(石川内科クリニック)にもR保育園の4才男児が重症の出血性大腸炎にて受診した。
岐阜市民病院へ紹介し入院させて頂いた。後日、本患児より0157が検出されたとの報告を得たが
幸いHUSには至らなかった。
6月26日(水)明日の開校の向けて最終チェックのため現地対策委員会が開催された。
教室をはじめ全校の施設を職員全員で大掃除を行うとともに、手洗い場には薬用石鹸を置き、職員が
手洗いを指導、トイレにはアルボス石鹸液をおき、教室へ入る時はウエルパスで消毒をさせるなどの措置
が取られた。
またPTAの皆さんからもボランティアを募り、児童の手洗いなどの指導をお願いした。
ただ本日現在もなお0157陽性の児童は126名おりそのうち51名が通院証明書が未提出であった。
一方、各医療機関へは岐阜市医師会長、岐阜県小児科医会長、岐阜市衛生部長の名前で二次感染
防止のための予防投薬の開始に付いて緊急FAXが医師会員に送られた。
6月27日(木)不安と緊張の中で学校が再開された。この日出席した児童は全校生徒823名中794名
であり、欠席者は29名であった。その内訳は、0157に関する有症者は入院中の児童を含めて9名、
その他風邪、忌引きなどの欠席が20名の合計29名であり、通常の欠席状態と変わりないと考えら
れた。
ただこの日の集計でも0157陽性の児童は96名あり楽観は許されない状況であった。
しかし、その後は0157陽性の児童は28日には65名、29日には51名、7月1日には21名と次第に減少し、
二次感染と考えられる症例も見られなくなった。
7月10日、現地対策本部において、0157陽性の児童が0になったことが確認され、さらにプール再開に
ついての問題、夏休み中の家庭での注意、9月新学期からの給食再開の問題などについて検討された。
学校保健委員会は引き続いて0157対策に万全を期す態勢は取って行くが、一応、本日をもって現地
対策本部の解散が決定された。
筆者注:本文の要旨は岐阜市医師会ホームページ に掲載中