高野山金剛峯寺と奥の院に参詣する
昨年秋に四国八十八箇所の遍路は結願しましたが、最後に
弘法大師が開山した、高野山の金剛峯寺に納経をしないと
本当の満願にはならないそうです。
6月14日(土)当院はお休みをいただいておりますので、
2日間で高野山と、欲張って和歌山県と大阪府に点在する
西国三十三札所も巡ってくることにしました。
岐阜から、高野山、和歌山市、大阪府を回って、全行程
約550kmのドライブをしてきました。
岐阜から、高野山へのアクセスはふたとおり有って
一つは、東名阪から、西名阪に入り、天理ICの次の
郡山ICを出て、橋本市を目指すコースか、名神高速道路を
大阪に向かい、大阪から阪和自動車道を経て、やはり
橋本市を目指すかです。
(2008.6.16アップ)

高野山は山全体が「聖山」といわれるように
寺院建築で埋め尽くされている感じだが、これは
高野山全体の山門とも言うべき大門(だいもん)。
行きは、名阪国道から天理を経て、法隆寺ICを出て
南へ向かったのですが、四日市IC付近で
約8kmの渋滞にあって、大分時間をロスしました。

金剛峯寺の山門。想像していたよりはこじんまりとした造りだったが
さすがに、総本山というだけの貫禄はありました。
山門の奥は、壮大な本堂。

山門のすぐ左手の池には、真っ白な菖蒲が
何株も植えられていました。

山門を入って振り返ったところをゲット。お遍路さんも多いのだが
外国人や若い人の姿もたくさん見ることが出来たのは
意外でした。

金剛峯寺の中庭にある「蟠龍庭」
ガイドブックによると、石庭としてはわが国
最大の庭(2、340平方米)で、
庭石は四国産の青い花崗岩が140個
使われてるそうな。

6月15日は弘法様のお誕生日で、全山をあげて「青葉祭」と
言うお祭りが催されます。ここ、金剛峯寺でもその一環として
大きな花会が開かれるのだそうですが、僧侶の皆さんも
真剣に生け花を作成しておられました。

今は使われていないようだが、きれいに手入れが行き届いた
金剛峯寺の厨房。

ここは一の口という奥の院への入り口。
高い杉木立と深い森が印象的でした。

奥の院へ続く道沿いには、多くの有名人のお墓が建てられて
おりました。全部はお参りできませんでしたが、たとえば
上杉謙信、平敦盛、井伊直弼、柴田勝家、石田三成
明知光秀などなど・・・そして織田信長、豊臣一族、千姫までも。
全部をお参りしようとしたら、とても一日ではすまないでしょう。

正面が奥の院の本堂。ここから先は写真撮影が禁止されてました。
このすぐ左に織田信長のお墓がありました。

今回はせっかく高野山まで来たのだから、寺院での宿坊を
経験することにしました。その宿坊の中庭です。
普通の旅館と違い若い修行僧が配膳や、いろいろな
案内をしてくれました。
料理はもちろん精進料理ですが、ビールは飲むことが出来ました。
「成福院(じょうふくいん)」というところで宿坊したのですが
ここでは玄関先においてあるインターネットが使い放題でした。
これが、あとで大いに役に立ちました。

青葉祭(弘法様のお誕生日を祝うお祭り)の前夜祭に
行われた、ねぶたのパレード。ここではねぶたももちろんお大師様。
宿坊では朝は6時起床でした。本堂で住職のお話と読経などの朝の
お勤めが45分ほどあり、其の後で朝ごはんをいただきました。

青葉祭を前に、忙しそうに行列している若い修行僧達。
さすがにここは、お坊さんとお遍路さんのメッカでした。

納経帳には高野山奥の院、弘法大師の文字が読み取れる。
左下の納め札は、たまたま奥の院の納経所で「先達」と
書かれた衣装を着けた高齢のお遍路さんと、お話をする
機会がありました。
そのお遍路さんからいただいた錦の納め札。
錦の納め札は100回以上四国を巡られた方しか持てない
貴重なお札だそうです。
このお札には180回四国を巡礼したと書かれてありました。
納経所の人に説明によると、このお札で足や腰の痛いところを
なでると、その後利益で痛みが消えるのだそうです。
