SILVER code/春のひセツナ             春のひセツナ

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その春の朝、起きてすぐ寝起きの格好のままでキッチンに入ると、先客がいた。

朝っぱらから鼻歌交じりで料理しているどうやらゴキゲンよろしいその人は・・・

「剛君・・・あ・・れ?何?なにやってんの?」

おはよう。より先に思わずそんな言葉が出る。

それほどそれは、珍しい光景だった。

見るとお弁当箱にいろんなおかずが詰められている。

「おーおはよ。今日これから出かけるから」

うきうきした調子で剛君は言った。

なるほど。今日はオフらしい。

「そ、そーなんだ?早いね〜にしてもこのお弁当、自作ってすごいね」

このやたら大きな古い家で(部屋数が異常にある)
剛君とその他のよくわからない住人たちとのハウスシェアも1ヶ月が過ぎ、
大分慣れてはきたものの、こんな風に時々びっくりするようなことが起こる
・・・のは、やはり雑居生活の醍醐味なのだろうか。

剛君のこの早朝からの料理づくりには、寝ぼけてた頭もいっぺんに覚めた。

まっいっか・・・

派手に散らかっているキッチンの、空いているスペースで自分も
朝食の玉子サンドを作り始めた。

 ・・・と

じーーー・・・

という視線。

その先には剛君の顔。

まあるい瞳。

「・・・弁当箱にまだスペースあるんやけどぉ」

見るとオレンジ色のその大きすぎると思われるお弁当箱には
確かにまだ隙間がある。

 「はいはいはい・・じゃあこれどうぞ」

 せっかく作った玉子サンド。

惜しいけど気前よくあげるとうれしそうにお弁当箱に詰めている。



そのときピンポーンとチャイムが鳴り、玄関に人が訪れた気配がした。

誰・・・こんな朝っぱらから?と思いながら出て行くと、
数人の小学生くらいの女の子や男の子が。

「おはようございまーす。剛さん迎えに着ました」

は?

と思っていると後ろから

「おはよ〜ほな行こか」

剛君が詰め終わったお弁当箱を手に現れた。

「このこたちと一緒に??」

不思議顔を彼に向けると

「今日は釣り教室なんや」とうれしそうに言う。

「あ、そう・・いってらっしゃい」

大型ワゴン車に楽しそうに乗り込んでいく剛君を見送った。





午後



昼下がり、散歩にでも出かけようと家を出て、
家の周りのやたらだだっ広い原っぱを
ジョギングだーとばかりに走り回っているうちに、
あっというまにへとへとになってしまいもう帰ろうか・・と戻りかけると、

あれ?

向こうから現れたのは

「剛君?」

「お〜おかえり、何しとんねん?走り回って」

「えー!?もう帰ってきたんだ!」

にこにこと頷く剛君。

見るとケンシロウが少し離れたところを駆け回っていた。

あ〜そっかあケンシロウの散歩かあ・・・

剛君の意外なほど早い帰りに、なんだかうれしくてはしゃいだ声をあげている自分。

ていうかそのときまだ私は相変わらず朝の格好のままだった。


薄いガーゼ生地のギンガムワンピース。


まあ・・・いっか・・・

「あ、ねえ釣れた?」

聞いてみると返って来た言葉は

「あいつらに全部やったわ」


あいつら・・・あ。そうですか・・・・


剛君が手ぶらだからといっても特に私はがっかりすることもなく

「もう家に帰るから」

と彼に背中を向ける。

そのまま剛君も後からついてきて一緒に家に入った。

普段一緒に生活しているといってもあまり接点がないのだが、
今日はちょっと時間がかぶってうれしい・・・
なんてつい思ってしまっていて、自分のそんな気持ちに気づくと 

あれ?なんで私喜んでるの?と複雑になる。

とりあえずリビング(同居しているみんなが集まる部屋)
に行くとそこには誰もいなかった。

今日はみんな出かけて留守らしい。

これまた珍しいことだ。


音のない部屋はしん、と住人達の不在を訴えていてああ、
この家に剛君と二人なんだと改めて気づかされる。





春の陽光が降り注ぐ部屋の真ん中にぽつんと一脚だけある椅子に座り、
落ちていた雑誌を拾い上げページをめくる。

その雑誌には剛君の特集なのか巻頭からカラーで何ページも掲載されていた。

「へえ・・」とそれに目を通ししっかり読み出す。

しかも全ての写真は、この家の剛君の部屋で撮影されたものを使っていた。

「え?いつのまに?この家に撮影なんてきてたっけ?」

1ページ目は赤。

真っ赤な壁とカーペットの部屋での剛君。

あれ?こんな部屋だったっけ?剛君の部屋って・・・

何度か偶然覗いた彼の部屋の印象とはかなり違っている。

それに雑誌の彼自身の印象も、この家での剛君とは違う・・・
それはむしろ当たり前のことなのかもしれないけれど。


そのとき、背後から剛君が来た。

真剣に読んでいた私は本人にその様子を見られてしまった!
という照れくささもあり
2ページ目の青く塗られた壁の前での剛君の写真を見て、わざと

「え〜ずいぶん片付けられてるねこの部屋!
いつもはすんごい散らかってて歩く場所も
ないのに!やっぱ撮影だから?」

と茶化すと
 
「うっさい!」と言い返された。


次の瞬間。

椅子に座っている私の背後に立った剛君がその雑誌を覗き込んできた。

え・・

ちょっと近いって!

吐息かかってる!!!

後ろから椅子ごと抱きしめられた格好のまま思わず固まってしまう。


腕が私の肩にまわっているよ・・・?


剛君の顔が、


唇が私の首元に近づいている。


すっごいドキドキが止まらない・・・

やだ、どうしよう・・



無理だよ・・・だって私なんか、無理でしょ?


そんな私に気づかない様子の剛君。

剛君の吐息が首筋をくすぐる。





ねえきっと寂しいだけなんだよ?

そうでしょ?お互い寂しいんだよね・・・
今までそれ隠し通して明るくやってきたのに、
なんでここで寂しさで負けてそうなるの?

私はあなたには似合わない。

そうゆうことわかってたから、
今までずっとただの同居人としてやってきたんじゃない。


それがルールってわかってたはず。わざわざ口にしなくったって。

なのにそれこんな風に台無しにしちゃうの?





首筋に唇の感触。

抱きしめられた腕を解けない。



たぶんこれっきり。

今だけ。

わかってる・・・・・


あなたの気持ちが私に向いているこの瞬間を

拒むなんて私には出来ない。

そしてそれをあなたは知っている・・・・






そこには愛なんてものはなくて。愛に似たものすらなくて。

あるのはきっとただの感傷。

それでも。


きゅっと胸をしめつける痛みの心地よさに
このまま流されたい気持ちが体中を満たしていく。


そのとき唐突に



「たまごさんどおいしかった」


の声。


すぐ耳元に響いた、彼独特の、ひらがな喋り。


放たれた言葉の意味を理解するまでに数秒を費やす。


たまご・・・さんど・・・・


ああ、今朝の玉子サンドか・・・


こんな体勢で出てくる言葉がそれだとは。


でもそれがまた何だか剛君らしくて、私はくすりと笑う。



抱きしめられる理由なんて、玉子サンドひとつで十分。

ほんの気まぐれでもこの刹那だけは本物だから

二人密かに堕ちてみる・・・?



春の陽だまりの真ん中で

私はそっと彼に身を預けた。






 





                xxxxx











知らなかったんだ。あのときは何も。

私あなたのこと知らなかった。

知ろうともしてなかった。

これは意地なんかじゃなくって。

ほんとだよ。


興味なんてこれっぽっちもなかったの。




 




剛君がいなくなってから、あの日のこと不意に思い出したりするときがあるけど、

あの日は




あの日はあなたの誕生日だったんだね。



もしかして剛君もあの時のこと思い出したりするなんてことあるのかな?


なんて、からかってみたくても


もう無理だね。きっと永遠に。









せめて


あの日は言えなかった「おめでとう」を今。


今日、4月10日 あなたの誕生日 春の陽刹那に。






Happy Birthday To You and              
                 
                          miss me?