過去は決して単に懐かしむだけのためにある訳ではない。今まで歩いた軌跡は明日という未来に向かって続く足跡で、どんなにすばらしくても明日がなければ意味がないと思っている。もし余命いくばくもないと分かったら、誰もが必死にどうやって充実して生きるか考える筈だ。

だけど明日はいつも明るいと私は考えたい。暗い明日など考えた事もない。いつも輝かしい未来が待っていて栄光に包まれると信じて歩いている。結果はどうか分からないが、常にプラス思考だ。つまらない事で悔いて過去が変わるならばどんなに悔いてもいいが、過ぎた日々は決して戻らない。だから前しか見ないのだ。

その明日から現在を振り返る。それを青春の残像と名付けた。光り輝く明日から今という過去を振り返れば、今何をすべきかは明確に分かる筈だ。今を精一杯生きること、その繰り返しが明日を切り拓く最善のみちに違いない。そして、老いも若きもみな、生きている今こそが青春だ。

このサイトはノー天気なくらいに徹底プラス思考のサイトである。
青春の残像は、過去にやっていた俺達に明日はないがベースになっています。名前は違いますが、今を生きるというそのポリシーは変化していません。

●1955年4月、福井のど田舎に三男として生まれる。江戸時代に建てらた茅葺き屋根の家で育つ。
●全校生徒わずか100人の小学校で学び、小さい頃から絵を描いた。
●小学校5年の時に大阪の友人、向井君と運命的に文通を始め、互いにマンガを描く夢を語る。
●1973年、高校を卒業して大阪に出る。激しいカルチャーショックに見舞われる。
●1979年、同級生が阪神タイガースに入団したことに衝撃を受け、自分もこのままではいけないと会社を辞めて無職で絵を描く。
●1986年、事務所設立。現在のデザインの仕事に手を染める。
●1987年7月に結婚。同年10月に文通相手で同志だった向井君が、自らの手で命を絶つ。マンガを描く事を二度としないと誓う
●1992〜3年頃Macintoshと出逢い借金が山の様に増えていく。事務所の引越しを繰り返す。
●1999年、満を持して職業別イラストのサイトを立ち上げる。

うちなる心のほとばしりは絶え間ない気持ちの摩擦から生まれ出るものだと信じている。技術なんて些末な問題に違いない。常に前を向いて走り続ける事が大事なのだと信じている。

何の為に?…と良く問われる。私の場合は自分の生きたる証を作る為である。その証とは1枚の絵でもなく一片の文字でもない。人の心に刻み込む自分の生き様である。こんな奴が生きていたという鮮烈な印象を刻みたい。人は何の為に生きているのか、自分は何の為に生まれてきたのか…誰もが突き当たる命題である。そして、過去において誰一人その命題を解き明かす事無く朽ち果てていった筈である。おそらく私もそうなるに違いない。答えがないからである。だが、解き明かす努力をしないで果てる事だけは我慢がならない。それが今走り続ける理由である。

それは怠惰な痛恨なる日々を過ごした事の学習効果に違いない。

本名/田中冬木

鳴鹿小学校→丸岡中学校→丸岡高校

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