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Vol.19●安眠妨害

最近、朝、携帯の目覚まし機能で起きている。携帯の音は決して大きくはないが、人の注意を引きつける何かを持っている。それは人によっては待ちに待った彼からの信号かもしれないし、時によっては終わった恋の未練が携帯の音に過敏になっている事もあるだろう。雑音の中から自分に都合の良い音だけを広うセンサーが人間には備わっている。そして関係のない音は全て全く聞こえない環境音楽のように溶け込んでいく。道路を走る車の騒音も、人の話し声も、雑音全てが周りの環境になっていく。

毎日毎日、ラジオからFMが流れ、曲がかかっている中で仕事をしている。しかし、その割に曲の名前もシンガーも覚える事はない。流行の歌もメロディーも全ては騒音の様に周りの景色と同化して、音がなければ事務所ではないような感じだ。人は環境の動物なので、どんな組み合わせも飲み込み、やがてそれがないといけないようになってしまう。それを不思議と思わない順応性が人には備わっているようだ。だけど、ひとたびその環境に侵入した異分子は、どんな小さなものでも気になるし、気がついてしまう。

私は夜行性なのでどうしても朝に弱い。昔、独身寮に住んでいた頃、起きる為にステレオの音量を最大にして、そこに電気時計をつけた事があった。次の朝、部屋には心地よい音楽が流れ、まどろみながら布団に転がっているのは実に気持の良いものだ。ばたばたと人が走ってくる音がかすかにした。先輩の立花さんがいきなり部屋の戸を開けた時に、いきなり大音響が耳をつんざくように流れた。そして慌てふためいてステレオの電源を切らなければ…と二人でスイッチを切るまでの間に、その音響はさらに大きくなって地鳴りのような響きを出していた。スイッチを切ったあと先輩の立花さんは、な、なんでこんなでかい音を朝から鳴らすねんと怒った。眠さのあまり聞こえなかったのだ。そして目が醒めるうちに少しづつ音が大きくなっていった。余りの眠さに末梢神経が脳に届くまでに時間が掛かったのだ。

起きてからこんなにでかい音だったんだと分かったのだが、後で寮の何人かに、あの朝の地鳴りのような音は何だったんだろう…と聞かれ、さあ、何やったんやろね…ととぼけた記憶がある。不思議なもので、次の日から電気時計のスイッチが入る瞬間、カチリと音がするのだが、その電気時計の小さなスイッチ音で起きる事が出来た。それで起きないと大変な事になるからである。

人によって気になる音が違う筈だ。ある人は人の歩く音かもしれないし、ある人はネコの鳴き声かもしれない。検査入院で一日だけ病院に泊まった時、患者が看護婦にしつこく訴えているのを聞いた。あんな音聞いていたら寝られへん。何とかしてくれ…という訳だ。病院の機器の音で一定のパターンで鳴るらしい。しかし、私は聞こえるどころか、そばにいってすら、耳をすまさないと聞こえなかった。病人になると神経が研ぎ澄まされて、超音波すら聞こえるようである。

昨日の朝、ゴソゴソする音で目が醒めた。時計を見たら朝の5時を少しまわったばかりだ。深夜1時から2時の間に寝た私にはあまりに早すぎる目覚めだった。見たら、毎日異様に夜更かしして私の安眠を妨げるのが得意な、中学三年の長男の太陽だった。だが、その前日は何だかひどく疲れていたらしく、私が仕事から戻った夜の10時前には既に寝ていたのだ。昨日早く寝過ぎて、もう眠れない…と言いつつ起きていた。私も目覚めたタイミングが良かったのか、すっきりと目が醒めて眠れなくなっていた。しばらく二人でぼそぼそと話をした。滅多にない親子の会話だった。よし、朝飯でも二人で食いに行くか!と、近くにあるミスド(ミスタードーナツ)に行く事にした。こうなったらこのまま朝早く事務所に行ってやれと決断したのだ。思い切りの良さが私の長所だ。長男の話によると朝早くから開いてるとの話だった。だが、行ってみたら灯りはついていたが、営業開始は1時間後だった。

仕方ないので駅前にあるコンビニに行くか…と、行ってみたら、これもまだ開いてなかった。一緒に駅前までついてきた長男に悪いので仕方なく500円玉を取り出し、これで勘弁してくれ…と行ってそのまま朝6時の電車に乗った。だが、昼頃になるとあまりに眠い。絶対的に睡眠が足りなかったのだ。それでなくとも普段から足りない。それはそれは長い長い午後だった。何度もあくびをしながら夜の8時を廻った頃には、何だかへとへとになっていた。人間の集中力の限界である。

いつもより早めに仕事を切り上げ家に戻った私は、実に恐ろしい光景を見た。元気いっぱいの長男、太陽クンだったからだ。さ、さすが若いと違うなあ…と驚かずにはいられなかった。そして、元気な理由を聞いてさらに私は驚かずにはいられなかった。長男はこう言った。

あれからな…なんか急に眠くなって、また昼まで寝てたわ。

お、お、おい〜!お前は俺を朝5時に起こして睡眠不足にするだけの為にあんなに早く起きたのか!どこまでも俺の睡眠を妨げる長男であった。

人は環境の動物なので、どんな雑音をも飲み込み、やがてそれがないといけないようになってしまう。確かに物音ひとつしない静かな場所に行ったりすると、余計に眠れなくなったりする。雑音とは人間を研ぎ澄まされた神経と漆黒の闇のような静寂から守ってくれる子守歌のような役目を果たしているのかもしれない。

だが、その雑音もでかすぎるとやっぱり安眠を妨げるのだ。そして、私は昨晩もひときわ元気な太陽君の雑音に悩まされたのだった。

2004.8.18(ふゆき)

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