コラム履歴TOPへ戻るBACK | NEXT

Vol.22●存在の石ころ

オリンピックの聖地ギリシャでのアテネオリンピックもいよいよ終わった。自らを厳しく律しないと参加すら出来ないというオリンピック。その中でひときわ目立って輝くには、類い希な才能と、強い意志がいる。人々はそれが分かっているから勝者を惜しみなく湛えるのだろう。石ころのような原石も強い意志で磨けば輝く玉になる事が可能であるという訳である。そしてその勝者は大勢の中でオーラを放ち、その存在がただ者でない事を満天下に知らしめるのだ。

そのギリシャと言えば神話。メドゥーサという怪物は有名だ。決して目を合わせられない。目をあわせると石になる。この場合は見てはいけない意志がいる。日本でも鶴の恩返しでは、決して見ないでねと言われても、結局見てしまう。古今東西見てはいけない事を見ない勇気は、なかなかないことを証明している。

オーラを放つには逆に人に見せる勇気がいる。ここまで可能だという限界を見せる、可能姉妹。テレビでみていてすら、そこまで見せるかあ…と思う位だから、きっと生で見たら凄いのだろう。芸能人の中に居ても人目をひくのだから、その体型を維持するにはオリンピック選手もかくありきという強い意志で自らを律し、鍛えて、なおかつ自分を見せているに違いない。

今朝電車に乗るときの事だ。ボディラインがはっきり分かるギリギリの、まるで下着のようなキャミソールを来た女が乗ってきた。薄い布一枚で覆われているとはいえども、もう裸がラインでくっきりと想像出来てしまう位だ。まるで出来損ないの叶姉妹のようなこの女。胸元はぱっくりと口を開けて谷間をこれみよがしに見せ、それはあたかも、うちの身体はどやねん、あんたらオヤジでも勃起せずにはおられんやろ、見るだけやで、ほんま見るだけやで〜、絶対に触ったらあかんで〜と激しく自己主張しているかのようだった。

しかし、朝だ。そんな格好を寝起きの頭に見せられてはたまらない。周囲の人もたまらんなあ…という顔で見て見ぬふりしてるのがよく分かる。固まってる人もいた。実に迷惑な奴だ。目の焦点を常にぼかさないといけない。(目が悪かったら勝手にぼける?ほっとけ!)それですら石になり固まるのだ。まるで現代のメドゥーサだ。むっちゃむかついた。あほか〜〜!何考えとんねん。温厚な私ですら怒りがこみ上げてくるのが分かった。そして…

出来るだけ本人と目を合わさず、かつ女をよく観察出来る位置に身を置いた(何でやねん)

これが男だったらどないなるっちゅうねん。もしも股間盛り上げくっきりピチピチ下着パンツに、体毛の流れが全て想像出来るへそだしぴっちぴっちTシャツを着た男が電車に乗ってきたら、みんなどない思うっちゅうねん。きっと周囲から人が居なくなるに違いない。女ならよくて男ならあかん理由は一体何やねん。え、おかしいやないか〜〜〜!

存在を自己主張するのがオーラとすれば、逆に主張しては困るものも存在する。例えば風呂屋の番台である。それはまるで空気か転がってる石ころの如くに周囲と同化しなければいけないのだ。決して息をしている人間である事を悟られてはいけない。お前は建物の柱だ…とでもいうようにじっとしていなければならないのだ。時折、公衆トイレに掃除で入ってくるおばちゃんだって同じだ。いきなり入ってきて隣の便器をたわしで洗い出すのである。決して指でつまんでいるモノを横から覗いたりはしない。まるで現代の忍者のように動きながらもその性別と存在を消している。これも簡単なようで難しいに違いない。そして、そこにはきっと絶え間ない忍耐強い強い意志が働いているに違いない。

今朝、迷惑をかけまくって電車から現代版メドゥーサ、出来損ない叶姉妹が途中の駅で降りた時、私には自らを路傍の石の如くにかき消す忍耐力がない事が判明した。そして、

私の下半身は硬い石になっていた…。

2004.8.30(ふゆき)

感想はこちら

職業別年賀状ステップ心暖まるお話診察券割引券