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人間、理由が分からないとどうしても納得出来ない。それがどんなに些細な事であっても、腹が立つ。今手にしていた紙が一枚どっか行っただけで、おかしいな、今手に持っていたんだけどな…と思う。単なる置き忘れだとしても気になるものは仕方がない。そういう経験をした人は多い筈である。紙かくしか…と思い徹底的に探す事になる。大抵の場合、無意識に何かに挟み込んで忘れていたという結末になるのだが、その時は紙1枚の価値よりも、無くなった事が理解出来ない理不尽さの方が大きいものだ。
今朝だってそうだ。CD-ROMは数えるのが面倒な位に増えた。仕事で使うのでかなり大金を注ぎこんだ。昔、購入したそのCD-ROMの写真素材を探しまくったが何処にもない。今じゃあ数千円で入手出来るようになったが、当時は3万円以上した。その3万円が何処にもないのだ。1年以上使った事はないが、それでもラックの中にないとおかしい。今日という日の為だけにお前は存在していたんじゃないのかぁ〜!と叫んでみても姿が見えない。きっと事務所のどこかにあるのだろうが、どうしても見つからない。一体何処に行ってしまったのだろう。忽然と姿を消してしまったのだ。まさか北朝鮮に拉致された…筈はない。
北朝鮮に拉致された蓮池さんや地村さん達は私と同世代である。おそらく当時居なくなった事に対して家族はどうにも納得がいかなかったに違いない。他にもそういう事例は多いだろうし、拉致以外でも理由無く消えた事に対して、昔は神隠しと呼んだのだ。何故悪魔じゃなくて神なのか分からないが、そう思うしかなかったのだろう。
最近では仕事まで神隠しにあう方がいる。突然なくなる。精力が神隠しにあう方もいるだろう。何の前触れもなく無くなると心構えが出来ない。常に人間はある事が当たり前と思う習性があるものだ。失わないと価値に気がつかないように出来ている。理不尽と思う出来事もその前兆が分かるものに対しては、どこか諦めに似た感情が出てくる。
しかし、例えいかなる前触れがあったとしても…髪隠しにだけはあいたくないよなあ…。長い間大地を守ってきたのに樹木がなぎ倒され、今では荒野と化したる頭の大地を持つ友人知人が、私には大勢いる。
極めつけは私の家で未だに横行している神隠しである。どうしても見つからない。見つからないまま長い時が過ぎているのだ。不思議で仕方ない。神様に隠されたのは靴下である。それも片方だけと来ている。一体何がどうなっているのかさっぱりと分からない。つい先日新しく買ったばかりの靴下が無くなるのだ。探しに探すと出て来るかのように思える。事実、靴下の渦の中から出てくるのだが、よくよく見ると微妙に違うものばかりだ。す、すり替えられたか…。神様は余程靴下が好きだと見える。
こうして伴侶を失った悲しい未亡人の靴下が、私の家には大勢いるのであった。
でも、現実の未亡人は決して悲しくなくて、活き活きとして元気に見えるのはどうしてだろう…。
男はそれを考えない方が幸せなのかもしれない。

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