コラム履歴TOPへ戻るBACK | NEXT

Vol.28●ランナウェイ

ランナウェイとは逃避行の事だ。誰しも現実から離れ逃避したい気持になる事がある。ストレスを発散して再び現実に戻る為に逃避をする。それは決して悪い事とは思えない。

だが、少し前のニュースになるが、また、田代君がやってしまった。最初に覗きでほされて、あれから4年。前にも書いた事があるが(スカートの中参照)、まさか今度は覚醒剤とは…。いくら逃避と言っても覚醒剤はあかんよなあ。同年代だけにやるせない気持になる。一旦栄華を見ると、もう駄目なのだろうか。華やかな自分にもう一度戻りたいと願うのだろうか。ラッツアンドスターは来年25周年になるという。元々はシャネルズだった。ラ〜〜ンナウェ〜イ〜〜とても好きさ〜〜という印象的な曲で一斉を風靡した。

歌が流行った当時はクルマに熱中していたが、そのクルマを丁度売り払った頃だった。私は独身寮に住み、独身寮の仲間は何故か思い立ったように皆一様にクルマを売り払ってしまっていた。ひとつ年上の先輩のフクシマさんも改造に改造を重ねた自慢のカリーナを手放していた。そのフクシマさんが友人からシャコタンのスカGを借りてきたのは連休前の金曜の夜の事だった。忘れもしない10月9日の事である。久しぶりにクルマを飛ばしてどっかへいかへんか?と誰からともなく言い出した。4人ほどでフクシマさんの部屋で話ながら、みな好き勝手な事を言った。

北に向かっていける所まで行ってみよう…という、まるで小林旭の歌のような事でまとまった時には、既に夜中の2時近くになっていた。若い時は無目的で何かが出来る。それが若さの証明でもある。

思い立ったらすぐ出発。西名阪から名神高速に乗り換え北へ向かって飛ばしに飛ばした。名神高速で運転を代わって私の番になり、アクセル踏みっぱなしで飛ばした。キャブレターをウエーバーに積み替えたエンジンはよく回った。クルマの中で男4人でラ〜〜ンナウェ〜イ〜〜と大声でがなり立てたのが、つい昨日の事のようである。

そのうちにフクシマさんがうたい疲れて寝た。メーターがキンコンカンコンと音を奏で、ひたすら180キロ近くで疾走した。速度が上がれば上がるほど緊張感が出る。一瞬目を離しても死ぬほど距離を走るのだから、黙ってただ前を向いているしかない。100キロほどで走っているクルマが止まっているように見える。やがて御殿場に差し掛かろうか…という所で突然、フクシマさんが起きて、おい、しょんべんがしたい!そこ、そこのパーキングに入れ!と叫んだ。

みんな怒ってぶーぶー言う。何や、せっかく調子に乗って走っていたのに…我慢でけへんか〜!寝たと思ったらすぐ起きるかあ…口々に文句を言った。御殿場では朝日の中を富士山がその姿を見せつつあった。あ〜〜〜すっきりした〜〜というフクシマさんの声に、みな怒りながらクルマに乗った瞬間の事だった。パーキングの出口付近に高速のパトカーが止まっているのが見えた。ネズミ取りだった。スカGはシャコタンで改造してある。まずい…と思ったその時、疾走してきた一台のネズミがサイレンの音と共に追いかけられてつかまった。その横を法定速度でそろそろと通り抜けながら、もし、あのまま突っ走っていたら…と思うと冷や汗が出た。既に時効だが悪運が強いというのはこういう事を言うのだろう。俺の機転のせいで助かったようなもんや…というフクシマさんの取ってつけた自慢にも素直に頷く事ができた。

朝6時に国会議事堂の前で記念写真を撮り、朝飯を食べて、また東北自動車道を突っ走って、昼には仙台の青葉城に居た。10時間で大阪から仙台だった。しかし、この辺りでやばい事に気がついていた。高速道路ではスタンドが開いていたが、当時は石油の高騰と不足で休日はガソリンスタンドが日本全国休み決まっていたのである。それでも若さは無鉄砲だった。そんなもん日本全国どっかに決まりを破る業者はおるやろ。絶対にどっかで抜け駆けして密かに営業してるスタンドはあるで〜〜という期待感の元に北へ向かって走り続けた。人間とは絶対にそういうもんだと信じていたのである。

よく走るケンメリのスカGはガソリンの大食いだった。高速は終わって一般道になるとどんどん減っていく。開いているスタンドは全然なかった。宮城県の人は実に誠実な人ばかりで約束事をきっちりと守る県民だったようだ。ライブドアや楽天が仙台をフランチャイズにしようというのも実によく分かる。(何の関係もない)我々の信じていた期待はすっかり裏切られていた。

岩手県は釜石市に入りメーターが空っぽを指さし出した頃から、私の目は田んぼの中に止めてある軽トラックに向いていた。辺りが暗くなった頃にポンプを買って最後は軽トラックの燃料タンクからシュポシュポと抜き取るしかないだろうな…と誰ともなく思った。いや、思ったのは私だけかもしれない。既に時効だ。
ナビゲーターをしていた奴が地図をみながら、あと5時間か6時間は掛かるな…と言う。何が掛かるかというと本州最北端までの時間だった。今まで来た時間を合計すると着いたらすぐに戻らないと大阪に帰れない計算だった。既にあほらしいから、誰もがここでやめようと思っていた。

釜石やんけ〜〜、釜石〜〜!。宮古こお〜〜宮古お釜石ぃ〜〜〜気〜〜仙沼〜〜〜。フクシマさんだけがひとり陽気に森進一の曲を歌い続けていた。今思えば、目の前の危機に目をつぶり、歌を歌うのも良く考えてみれば現実逃避だったのかもしれない。若いからランナウェイが良く似合う。それはやり直しがいくらでもきくからである。だけどやり直しの利かない年代になった者にとっては、逃避は負けになる。

それでも自分にとってはこのコラムを書いていたり、絵を描いてる時はランナウェイそのものなんだろうな…と思うのである。


ラ〜〜ンナウェ〜イ〜〜とても好きさ〜〜。

2004.9.25(ふゆき)

職業別年賀状ステップ心暖まるお話診察券割引券