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Vol.29●悲しきヒーロー

ダイエーが1位になったにも関わらず、西武に破れてパリーグの優勝を逃した。スポーツニュースは西武の優勝一色に染まった。パリーグのヒーローになりそこねたダイエーはさぞかし無念だったろう。判官贔屓の日本人はダイエーガンバレ〜〜〜と声援を送りたくなるに違いない。一方、アメリカではスーパーマンを演じたクリストファー・リーブが無くなったニュースで溢れていた。アメリカ人にとってはスーパーマンは格別のヒーローだったに違いなく、スーパーマンよさようなら…ってところだろうか。実はかくいう私も一度だけスーパーマンになった事がある。

それは20代半ばの事である。ゴールデンウィークに会社の同僚達数人で二台の車を飛ばして石川県は輪島に遊びに行った時の事だ。旅館を探して荷物を置くと和太鼓の祭を全員で見に行く事になった。宿の玄関は引き違い戸で、出るとき玄関は開いていた。玄関を出て、何歩か歩いたところで、皆下駄をはいている事に気付いた。玄関に置いてあったよとの言葉に、なんだ、じゃあ、俺も下駄に履きかえようと思ってみんなの方を向いたまま小走りに戻った。その間ほんの僅かしか経っていない、確かに玄関の戸は開いていたのだが、その一瞬の間に宿の人が閉めてしまったらしい。

がらがらがっしゃ〜〜ん!

一瞬の事で、私には何が起きたのか、全く理解ができなかった。気がついたらガラスの飛び散った玄関に滑り込んでいた。玄関のガラスをぶち破って飛び込んだらしい。上を見ると今にも落ちてきそうな破片がゆらゆらしている。そろそろと、歩伏前進した後、残りの破片ががっしゃ〜〜んと落ちてきた。宿の人間が唖然として見守る中、和服姿の宿のおかみの悲鳴が轟いた。

「いちろー!いちろー!どうしたんや、いちろー!」叫びながら、走り寄ってきた。そして私の前まで来て、玄関にうつぶせになってる私の顔をじっとみるとこうつぶやいた。

「あ、違う…。良かった…。」

実にプラス思考で自分に都合の良い女将だ。息子でなければどおって事はないのだろう。いちろーは、俺とそんなに似ているのか…。そんな疑問を感じながらも幸いにも手足、顔に傷はなかった。だが、背中にガラスの破片がささったらしく、不機嫌面の宿の主に連れられて病院に行って手当を受けた。医者から戻ると、これみよがしに新聞と段ボールを張り付けた、不細工な玄関に迎えられ、さらに部屋にいくと拍手の嵐で仲間に迎えられた。その時ヒーローになっていたのだ。そしてみんなに口々にこう言ったのだ。

お、鳥だ、カラスだ、いや、スーパーマンだ!

医者で縫った傷口が広がった。さらに宿の従業員の和服姿の女の人は私を見つけると、くすくす笑いながら料理を並べ始めた。時折、こっちを見ながらまた笑う。全部用意がすんだ後、この女は必死で笑いをこらえるようにこう言った。お、お客さん、わ、私ねぇ〜〜、この仕事長いんですけどねぇ〜。玄関の戸をを開けずに、ガラスをぶち破って入って来たのはおたくが初めてですわ。ぎゃははははは〜〜〜。そういうと肩を震わせて笑った。

ガラスの傷はたいしたことは無かったが、この時心に深い痛手を負った。身体の傷なら〜癒せるけれど〜〜心の痛手は癒せやしない〜という沢田研二のヒット曲、時の過ぎゆくままにが流行ったのは丁度この頃の事だった。

その時の私はガラスをぶち破った痛々しいヒーローだった。そして、その旅館を出るまで、延々と女将と従業員の言葉の暴力の嫌がらせにあいつつも、じっと耐えに耐えた悲しきスーパーマンだったのである。

2004.10.12(ふゆき)

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