2003年が始まって2週間が経った。いよいよ俺明日も昨日から始まったのだが、私の場合、ここのところ風邪気味で耳はずっとトンネルに入ったまま。旨いものを食べても鼻が利かないので香りを楽しめず、舌も若干麻痺して味覚も中途半端な、実に切ない毎日を送っている。
今朝、顔を洗いながら風邪でやつれた顔を鏡に映しながら、おもむろに歯ブラシを取り出し練り歯磨きをたっぷり絞り出して、顔色がよくないかな…とどっぷりと中年になった自分を哀れむようにじっと鏡を見ながらガシガシと歯を磨きだしたのだが、あまりの事に吐きまくった。鈍感になっている舌をもってしても甘ったるい強烈な刺激味が口の中を覆い尽くし、死ぬかと思った。
うちの上の子は中学1年で、いつの間にかニキビが気になる年令になったらしく、最近では花王のビオレとか言う今風の洗顔フォームで顔を洗っているようだ。ところがこれがくせ者で、実に歯磨き粉とよく似ている。いや、はっきりって全く同じサイズで同じ入れ物である。これまでに幾度となく歯ブラシにビオレをつけて何度も危ない目に遭っていたが、遂に今日やってしまったのだ。こら〜〜〜!花王ぉ〜〜!お、俺を殺す気かぁ〜!何とかしろ〜〜!紛らわしい事この上ないぞ〜!。大抵、こういう場合後ろに注意書きがあったりする。お子様の口に入らないように気をつけて下さいとか、口に入った場合はこしろとか書いてあったりするものだが…、
ない。どこにもない。
お父様が口に入れてしまった場合はどないすんねん。花王ぉ〜〜〜〜〜!何とかしろ〜〜!大体においてやな、トイレの便器磨きだって歯ブラシと混同しないようにサイズが違うぞ。花王を洗って出直して来い〜!(いまいちやな…)そんな訳で事務所に来るまでに缶コーヒー飲んでもずっ〜〜〜とビオレ味だったし、タバコも延々とビオレ味がした。これもひとえに花王様のお陰と心から感謝致す所存でって…あほか〜〜〜!口にものを入れて死ぬのだけはカンベン願いたいと思った朝だった。カッコ悪い。餅を喉に詰まらせて死ぬのも嫌だ。オレは死ぬときは白血病か、結核と決めてるねん。花王さん、頼むで〜〜〜、ほんま。
逆に口に物を入れずに拒食症で亡くなったのがカーペンターズのカレンだった。観た方もいるかもしれない。NHKで正月の深夜にカーペンターズフォーエバーという番組を観た。カーペンターズは私にとってはまるで青春の象徴のようなグループだった。スーパースターの大ヒットを飛ばしたときは、まだ15才の中学生。以来社会人になっても、スターであり続けヒットを続けていた。カレンカーペンターが亡くなった時は、結構ショックだった。雨の日と月曜日が特にお気に入りなのだが、あの独特のメロディーとカレンの透き通るような声と顔の表情をテレビで食い入るように見続けた。あの兄の男前のリチャードカーペンターが、すっかりおっさんになってしまったのが涙を誘ったが、本当に懐かしい。当時の感情がそこはかとなく漂って来るのが分かる。音の力は実に凄いものだと、今更ながらに思う。(ビオレの味も負けずに凄い)
だけど同時に単に過去を懐かしむ事の無力さにも気付く。過ぎ去った日々は決して戻らないからである。人生はやり直しの利かない一回限りのトーナメントだ。ひとつひとつ踏み台を積み重ねるように、人は過去を積み重ねていく。そして、重ねた踏み台は明日という果実を摘み取る為に存在する。決して積み重ね方を振り返る為にあるわけではない。果実は人それぞれで違うだろうし、重ねれば重ねるほど、実も変化していくが、その実をつみ取ってこそ踏み台の値打ちが出てくるのだと思う。
同じように回数を積み重ねてきた俺明日も実をつみ取るためのものでなくてはならない。それは必ず出来るのだと信じて、まずは自分の番の2003年の俺明日の第一声をここに記す。(おお…何とかかっこよく終わる事が出来た。)