あれから13年が過ぎた。私には、小学校の5年の時から手紙を交わしていた友人がいた。名を向井君という。手紙を交わし始めてその時、既に二十余年の時が流れていた。届いた手紙は既に千通近くになっていた。互いに漫画家になろうよと誓い合っていた仲だった。向井君には常に刺激を受けていた。絵はうまい。どうしたら彼よりうまく描けるのだろうか、どうしたら彼を追い越せるのだろうか…。良き目標であり、ライバルであり、同じ夢を語る事の出来る同志でもあった。それが30歳を越えて私は絵が描けなくなっていた。いや、気力がなくなっていたのだ。結婚をして、今の仕事を始めていてなおモチベーションを維持するのは困難だった。 新婚間もない頃、私は彼を家に招待した。二人で猪木とマサ斉藤の巌流島の決闘のビデオを見ながら話し合った。彼はプロレスファンだった。私もそうだったのだが、彼のプロレス好きは私と少し違っていたのかもしれない。挑戦しながら戦う男の姿に彼は自らをトレースして鼓舞していたように見えた。 今でも鮮明にそのときの事が蘇る。招待したその日、帰る間際に、送って行った駅の改札口で私は彼に言った。もうマンガが描けなくなってしまった。でも君との合作ならばまだ描けそうな気がする。どんな形でもいいから一緒に合作しよう…と。彼は少し寂しそうな表情を浮かべながらも、うん、やろうと答えたのだ。ホームで電車が見えなくなるまで手を振って見送ったのが、それが彼を見た最後であり、そして彼を見た最後の人物に私がなった。 人間が生きる糧は希望である。どんなに苦悩を抱えていても希望さえあれば人は生きていけるものだと私は信じている。私が彼に与える事の出来る最大にして最高の武器は希望だった。私の悔いは彼にそのとき希望を与える事が出来なかった事である。それが出来たら彼は自ら命を絶つような事はしなかったに違いないという確信が今でもある。だが、私にはその時その力がなかったのだ。彼の寂しげな表情は、ふゆきよ、俺に希望をどうして与えてくれないんだ…というアピールだったような気がしてならない。まさに痛恨事である。悔やんでも悔やみきれない。 (ふゆき) |
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