File-109
5月の怪談(upload.3.1/pm3:35)

上の子供が今度11才になる。これは、その子供が生まれるさらに2年前の5月の事だ。私はいわゆる団地の4階に住んでいる。結婚してここに移った。結婚が決まって、引っ越しをする時、まず先に自分の荷物から運んだ。それまですんでいた所からせっせと少しづつ荷物を一人で運び、大物の本を残すのみとなったのだ。

段ボールにいっぱい詰め込んだ本はなかなかに重い。車で階段の入口まで来た私は、エレベーターのない階段を見上げながら、何回も往復したくはないと考えた。段ボールの箱をみっつ一度に運ぼうという無謀とも思える行動を起こしたのは、しばらく考えての事だった。

3個腕に抱えた時、本の重みは頭のてっぺんにまでのしかかっているような錯覚に陥った。お、重い…。平地をよたよたと歩きながら、階段の一段目にさしかかった時異様な頭痛が私を遅う。なんとか1階と2階の踊り場まで進んだ所で、やめよう、下へ置こう、も、もう限界じゃ…。こんな事しても何にもならんぞ、でもあと6段昇れば2階だ、せめてそこまで上がろう。足ががくがくした。重さのあまり軟骨が擦り切れるような気がする。息が切れそうな、窒息しそうな胸の苦しさを覚える、も、もうあかん、でも勢いで 2階半まで上がり切った。指がちぎれそうだ。

ぜーぜー、はーはー、喉は乾き、汗は身体中から吹きでて止まらず、目の中までこぼれてきた。最後の本当に最後の力を振り絞って3階まで行ってみよう。一旦下に置いたら、二度と持てそうにない。段ボールで前もろくに見えない。痩せた私の少ない筋肉は引きちぎれんばかりだった。ぜぇ〜、ぜぇ〜、ぜぇ〜、頭から湯気が上がるのが分かった。身体中が妙にけだるくなっていた。足はもう上がらない。3階まで昇り切った時、これはもう引っ越しではなくなっていた。

意識が半分薄れていくような頭の中で、これは、自分への挑戦だ!と言い聞かせていた。頂上がもう、目の前にある。あと十数段上がれば、目的地に辿りつくのだ。この時のわたしは、殆ど登山家の境地に達していた。身体中から湯気を出す痩せた身体から、意地と気力だけの力を出し、一歩一歩昇りつめていった。もう、息も枯れて出ない。身体の水分は全部蒸発したかのようだった。筋肉は延びきり、指先の神経はマヒし、目に汗でにじんで廻りがソフトフォーカスがかかったように見えた。

最後の階段を昇り詰めた時、私の疲れ切った筋肉は歓喜の震えをおこした。男31才、まだまだ捨てたもんじゃない、ゆっくりとおろした段ボールの箱に腰掛け、私は自分で自分を賛えていた。ドアを開けて荷物を入れようとした時、ドアの鍵が開かなかった。なんでやねん。いくつもある鍵をみながら、あ、これかな、これかな、おっかしいなー。あわんぞ。ふと表札を見た私は気が狂いそうになった。必死で昇っていた階段は隣の階段だったのだ。声が出なかった。涙が出た。心の中で叫んだ。

ば、ばかやろぉぉぉぉぉおおおお〜〜!ち、ちきしょおー!同じような階段の入口ばっかり作りやがって、せ、せめて階段別に色分けくらいできんのかよぉぉぉおおお〜〜!

(ふゆき)