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鍵(upload.5.19/pm6:20)

鍵、それは人間不信から入っている。人間が信用出来ないから鍵がある。みな善人、良い人ばかりならこの世に鍵など必要はないのだ。だが人間は悪い事をする。鍵はその人間の出来心を抑える為に存在するのかもしれない。鍵には色々種類がある。その中でオートロックというもんがある。ホテルなんかに行くとドアが閉まった瞬間、ロックがかかってしまう類のものだ。何度かロックが掛かって入れなくなった事がある。ビジネスマンの方なら経験された人は少なくない筈だ。人間と言うものは、そんな時に最悪の事を想像する。もし、自分が裸だったらどうする?ラブホテルかどっかで男と女の両方が裸で放り出されたらどうする?そして、そんな時に普通の格好でロックが掛かってしまった幸運を喜ぶのである。何と私はプラス志向な男であろうか。

そこまで上等な鍵でなくとも、ボタンを押してロックをする類のロックもある。車のロックなんかも同じだ。いちいち鍵を鍵穴に入れなくてすむのでとても便利なのだが、鍵を持たずにロックしてしまうと悲惨な目に遭う。

それはまだ私が25才、独身の頃、マンションという名のボロアパートに一人住まいをしていた時の事である。朝出る時にドアをバタンと閉めて出ようとした時に鍵を中に入れたままだった事に気がついた…。スペアキーもアパートの中だ。しかし、幸いな事に家主はアパートの裏の一戸建てに住んでいた。人の生活を垣間見るのが至上の喜びだとでも言いたいような雰囲気を漂わせた、人の良さそうなお節介な初老のおばちゃんが家主だ。インターホンを鳴らすといそいそと鍵を持ってきて、にこにこ笑いながら、もっと注意せなあかんで兄ちゃん、はよ結婚しいや…と要らぬ一言を付け加えてくれた。

くそ!二度とドジな真似はするもんか!と堅く心に誓うのだが、そういう時に限って立て続けに起きてしまうのが世の習いである。その頃から闇夜が好きだった私は帰るのが真夜中というのが当たり前だった。帰ってきて青くなった…。鍵がないのである。ああ…こんな真夜中に…と天を仰ぐしかない。寝ぼけまなこのお節介ばばあは、二度とこんな事がないようにしてや!と捨てぜりふを残した。人が良さそうな柔和な顔が、超不機嫌な顔と変化して、あんたあほちゃうか…と目で罵った。ちょっぴり人間不信に陥った。

痛い目に遭うと、対策をこうじるのが人間の人間たる所以である。そこがサルとの決定的な違いである。二度とババアにへらず口を叩かすものか…と、ドアの上の桟の目立たない所にスペアキーを置く事にした。だが、いくら何でも不用心なので少し奥に押し込んで鍵の存在が見えないようにした。これで鍵を忘れても大丈夫である。

その頃から闇夜が好きだった私は帰るのが真夜中というのが当たり前だった。帰ってきてポケットを探っても鍵がない。だが、こういう時の為に鍵を隠して置いたのだ。慌てる事はない。私は背伸びをしながらドアの桟の上を手で探った。見えないように奥に押し込んだので手がなかなか届かない。必死で手を伸ばすと指先が鍵に触れた。その時だった、悪夢が私を襲ったのは…。ドアの向こうでチャリ〜〜ンという音が聞こえた。い、今の音は…もしかして…私の不吉な予感は当たっていた。桟の上はガラスになっていた。だが背伸びして何度も覗くとガラスと桟の間に、僅かだが隙間があったのだ。

私は鬼と変身したババアに激しく罵られながら、人間からサルへと成り下がったのだった。そして、その時私は人間が信用出来ないから鍵があるのだが、鍵がある故に余計に人間が信じられなくなる事もある…という事を初めて知ったのだ…。

(ふゆき)