私が通っていた小学校は、福井の片田舎にある全校生徒が100人足らずの学校だった。分校に近いような少人数で、私のクラスは21人で、3才年下のクラスに至っては5人。そんな小学校で学んでいたのだが、朝、講堂で全校生徒が集まって朝礼をすますと、低学年は向かって右に向かって行進し、高学年は左に向かって行進しながら、自分のクラスへと向かった。 講堂から渡り廊下に出る出口の上に写真が飾ってあった。それは橋本左内と書かれた写真だった。少し目のつり上がった少年のような顔が印象的な橋本左内は明治維新直前に越前藩主、松平春獄に登用された若き天才だった。将軍継嗣問題に絡んで、安政の大獄で井伊直弼によって処刑されて26才の若さでこの世を去った。だが小学校の時にはそんな事は知る由もない。ただ左内の顔だけが脳裏に刻み込まれていったのだ。 自分がその年代にさしかかった時に、突然私は左内に夢中になりはじめた。それは自分の生き方に疑問を持ったからだ。このままで良いのか…そう思うと居てもたってもいられなくなり、あちこちの文献を漁って調べ始めた。橋本左内を知る為にその周辺にいた人間の事まで調べ始め、それが私が明治維新史に没頭させるきっかけとなっていった。歴史は人を生み、人が歴史を作っていく。だが決して一握りの人間が歴史を刻んでいったのではない。その時その時の時代の人の欲望が、時代を守ったり、変革する人間を求め、創り出していったのだと思っているし、これからもそうなのだと信じて疑わない。ビルゲイツや孫正義は天才なのだろうけど、彼らを天才たらしめたのは、やはり現代の人間の欲望に違いないからである。換言すれば今生きている人達が彼らを創り出したのだ。 若さは大いなる武器だ。だが、その武器を自分は使い切れなかった後悔にずっと苛まれている。だから未だにこうして何かに向かって走り続けないと気がすまないのかもしれない。志を高く持って、全力で走る。そんな生き方に憧れる。そしてそれは到底出来ない事である事も分かっている。私を歴史の世界に導いた左内の写真が飾ってあった校舎は、もうすでにない。あの時の写真も失われて無いに違いない。だが私の記憶は生きている。 いつまでも気持ちだけは失いたくないものだ。 (ふゆき) |
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