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station(upload.7.8/pm3:40)

人は出逢いと別れを繰り返す。一生のうちに数え切れないほど、人と会って別れる。毎日、電車に乗って事務所と家を往復すし、混雑した人混みをかき分けていると、ふとそんな事を思う。駅は人と人がすれ違う場所、人と人が別れる場所でもある。

私が20代の頃、会社の先輩Hさんは、無類の酒好きでひょうひょうとした性格で、会社の独身寮に住んでいた。5才ほど年齢が上の先輩はどちらかと言えば、皆から少し小バカにされていたような所があった。殆ど25、6才で寮を出ていくのに、彼だけはそれを過ぎても寮に居た。いつも人の言う事などどこ吹く風という感じで、いつになったら結婚するねん、相手はおらんのか…等と会社の上司に揶揄されながらも、いつものとぼけた笑みを浮かべてごまかしていたのだ。
だが、30を間近に控えた時にいたたまれなくなったのか、彼は会社を退職し故郷に帰る事になった。私は既に寮を出ていたのだが、たまたま寮に遊びに行ってその事を知った。先輩は「おう!」といつものように手を挙げて
「ワシ、会社を辞めて田舎に帰る事になってな…」
とひょうひょうと笑いながら荷物を片づけていた。当時寮にいた後輩達も年齢が離れていたせいもあってか、誰も気にとめる様子もなかった。

私にとってのHさんは特別の思いも何もなかった。他愛もない話を時々しただけで、単なるお酒好きの人としか思っていなかったし、会社の先輩後輩というだけの仲だったからだ。両手いっぱいの荷物を持ち、18才からずっと長年いた寮を後にする時も、先輩は格別の思いを持って感傷に浸っているようには見えなかった。じゃあな…と言って1キロほど離れた駅に向かって、独り歩いて行こうとするのを見て、私は車で送っていくよ…と荷物を車に詰め込み、駅へと送っていった。先輩はすまんな、すまんな、と言いながら、こういう場合の適当な言葉が見つからずに探しているかのようだった。

まあ、ついでだ…とばかりに入場券を買ってホームまで一緒に行った。先輩は淡々とした表情で、田舎の事を話していた。こういうとき決まって出てくるのが近くに寄ったら遊びにこいよ…という言葉である。是非行かせてもらいますわ…と答える。なのに相手の住所すら知らないのだ。それでも慣用句のように口をついて出てくる。そして言葉通り行った試しは一度としてないものだ。その時もおなじような決まり文句を互いに口にしながら電車の来るのを待った。

やがて電車の到着を知らせるアナウンスが鳴った時、突然、先輩は私の手を痛い位に両手で掴むと声を震わせながら言った。た、たなかぁ〜、ありがとう〜〜、ありがとう〜〜、頭を下げて繰り返し何度も何度も言った。その目はかすかに潤んでいるように見えた。私は言葉を失った。そして、電車のドアのガラス越しに見た先輩の目は確かに真っ赤に染まっていたのだ。

私は衝撃をくらっていた。先輩の態度にではない。自分の態度にだ。これは偽善ではないか…。他のみんなと同じように自分にも彼を小馬鹿にしている部分があった筈だ。自分が良い人に思われたいが為に偽善を働いたのではないか…。その夜、私はひどく寝苦しい夜を過ごした。

人は出逢いと別れを繰り返す。一生のうちに数え切れないほど、人と会って別れる。だからこそ言いたい。

サヨナラは心を込めて…。

(ふゆき)