File-258
いちご白状をもう一度(upload.9.20/pm6:30)

私は苺が嫌いである。まずいとは言わないが、あの苺の香りがトラウマになっているからだ。

田舎の実家ではいちごを栽培していた。いわゆるビニールハウスの促成栽培という奴である。この苺には悩まされた。収穫を手伝わされるのだが、これがとてつもなく辛い。半身になって中腰で何時間も慎重に指でつまんでもぎつづける。いちごの木は敏感なので傷を付けないようにもぐ必要があった。引っ張ったりしてはいけない。包み込むように実を指でつまんでひねるのだ。しかし、昼には真っ赤になって出荷には不向きなので、それまでにもがないといけない。いちごは生きている。少しだけピンクに染まった程度のものを出荷して、それが見せに並ぶ頃には赤くなるからだ。当然早朝からの収穫となる。高校生の私にとって、朝4時に起きるのはとても辛い。だが田舎に生まれた者の宿命とでも言うのだろうか。ぶつぶつ文句を言っても年老いた親を見ていると最後には手伝わなければならなくなる。苺は1日で赤くなる。だから、毎日毎日もぎつづけるのだ。勿論真っ赤になったものはいくらでも食べても良い。来る日も来る日も苺を食べていると、飽きてどんどん嫌いになってくる。人間が一生のうちに食べるいちごの量というものがあるならば、おそらく私はこの時に一生分を食べてしまったに違いない。

そしてどうしても苺の香りはあの時の苦しい重労働を連想させられる事となってしまった。

そんな私にも苺が食べたくて食べたくて仕方のない少年時代もあった。まだ実家が苺の栽培に手を染める前の小学校の頃だ。友人達と遊びに行った所にいちご畑を見つけた。畑にごそごそと潜り込んで苺を盗み食いした。しかし、すぐにばれる事となる。畑の持ち主のおばさんに捕まると怖い形相で叱られた。「どこの家の子や!」家からはかなり離れた場所だったので、両親にばれて怒られるのを恐れた私達は絶対に口を割らなかった。

おばさんは我々を家の中へと連行した。そして、我々にこんこんと説教をした。人の物を取る事は悪い事だ。どうしても欲しかったらちゃんと言いなさい。食物はきちんと洗って食べるものだ。畑にあるものを生で食べたらばい菌が体に入るとも…。それから、しっかり洗った苺を我々の前に差し出した。

涙でぐちゃぐちゃになりながら、我々は苺をむさぼった。それはとっても甘酸っぱい苦い味だった。

それから何年かして、高校生になった時に近所の家の小学生がうちのいちご畑にいちごを盗みに入ったのをたまたま見つけた。日頃から誉められる事のない自分であったから、これ幸いととっつかまえて説教してやった。本当はどうでも良かったのだが、退屈しのぎの面白半分だった。彼は直立不動で涙をいっぱいためて大泣きした。その時、私は憂鬱だった。あの時のおばさんの事が脳裏をかすめていたからだ。そして最後に同じようにいちごを食わせた。心の中に幾分かの偽善と良心の呵責を感じながら…。

私は苺が嫌いである。まずいとは言わないが、それはとても甘酸っぱくて苦いからである。

(ふゆき)