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昭和の雪舟(upload.6.26/pm6:00)

私の生家は今は壊して現存しないが、北陸の片田舎で江戸時代に建てられた茅葺き屋根の家だった。吹き抜けの天井にはその曲がり具合さえ原型を止めた太い丸太を荒々しく削ったような柱が何本も雄々しく交差し、長い間かかって囲炉裏の煙で燻されて黒光りしていた。幼年時代は、その天井の柱からくくりつけて下に垂らした荒縄に体を縛られていた。僅かにゆるみのある縄で身動きできるのは半径1メートルか2メートル位なものだった。

悪い事をした訳ではない。父は山へ柴刈りに母は川へ洗濯に…って桃太郎やない、父も母も農業が急がしくて、幼い私に構っている暇がなくて縛り付けて出ていったのである。今なら幼児虐待だと大騒ぎになるかもしれないが、当時は田舎の農家なんてみな大体が鷹揚で子育てなんてそんなものだった。その頃の事で記憶があるのが積み木だ。積み木を積んで壊れると、行動半径より外に飛び出た積み木は縄に邪魔されて手が届かない。いくら手を伸ばしても届かないのだ。ほんとに幼い頃だったが悔しくて仕方なかったその時の光景だけは今でも覚えている。実に悲しい思い出である。

やがて、両親は古びた雑巾と一緒にチョークを与えてくれた。首を絞められOHノー!OHノー!反則だ!ワン、ツー、スリー、ってそれはプロレスや。チョークとは白墨の事である。ウルシ塗りの板張りの床に落書きをする訳だ。描いては雑巾で消し描いては消し、縄で天井から吊るされた少年は来る日も来る日も落書きをし続けた。当然ながらその時何を描いていたのか全く覚えていない。

描いた絵が動く事はなかったけれど近所の人達はそんな私を見て、雪舟や、昭和の雪舟や!と口々に叫んだという話だ。え、それは雪舟やなくて、殺生やの聞き間違いやろって?う〜〜む。そ、そうかもしれない…。

そういう経験から絵を描き始めたのかどうか、分からないが、今でもこんな事をしている。そして今、私は何を目指しているのだろうか…。何を求めているのだろうか。相棒と走り続けながらひたすら満たされる何かを求めている。心の中が乾いているのだ。飢えているのだ。勿論そういう生き様を人に見せたいとプロフィールに書いた。それはそれで本当なのだが、どうしても手に入らない何かがある。それが分からないのだが、もしかしたら、それはあの時にどんなに手を伸ばしても届かなかった積み木、あの積み木のようなものなのかもしれない…。

(ふゆき)