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手裏剣(upload.6.28/pm6:20)

最近の子供は遊びはカードゲームかプレステ。良い悪いはともかく否応なく大人達のビジネスに巻き込まれている。うちの子も例に漏れない。毎日夢中になっている。だからと言って、大人たる我々もこうして遊んでいるようなものだから、その事についてとやかく言えない。

私が子供の頃は既製のゲームなんてなかった。エポック社の野球ゲームが出てきたのは随分後の事だった。それまでは田舎者の私達は、周りにあるものを全て遊びに使った。空き缶があれば缶蹴り、五寸釘があれば釘差し。地面に釘をさして陣地取りをする遊びだ。かくれんぼは言うに及ばず、転がっている石ころから牛乳瓶の蓋まで遊びに使った。そうでもしないと何もないからだ。

何と言っても当時一番の人気はチャンバラごっこだった。転がっている棒きれや竹をナタで切ったものを振り回し、当時流行っていた時代劇の真似事をするだけのたわいないものだったが、小学校の低学年だった私にとってはこの上もない喜びだった。剣豪になったつもりで幼なじみ達と戯れるのだが、一応お約束事で切った筈なのに倒れて死んだふりしてくれないと、もの凄くハラが立って、互いに段々むきになる。本気になって棒きれを振り回し、最後は痛い目にあった方が泣いて終わるのだ。

小さい少年達には侍がかっこ良かった時代なのだ。侍に負けず劣らず格好いいと思ったのが忍者だ。少年サンデーに連載されていた伊賀の影丸というマンガの影響も大きかった。手裏剣を投げつけて木の葉を散らしてドロンと消える忍者はみんなの憧れだったのだ。しかし手裏剣等というものはそうそう簡単には作れない。そんな折も折り、手裏剣の代わりになるものを偶然見つけてしまった。そこは九頭竜川という福井県を貫く川の真ん中辺りにあるダムで、勿論少年は立ち入り禁止だったが、好奇心旺盛な少年にとって、禁止という程魅力的な場所はない。みんなで遊びに良くいった。ダムのコントロールをする操作室みたいな場所にも鍵はなく自由に入れる田舎ならではの、のどかさがあった。

そこで私達は見つけてしまったのだ。手裏剣を…。

誰ともなく手裏剣やと言い、操縦室のような場所にたしかに丸いガラスが10個ほどならんで目盛りが刻んである数字の中に矢印のようなでかい手裏剣を見つけた。絵で描いたような十文字ではなかったが、まさしく手裏剣だった。丁度磁石の真ん中についているものと同じようなものだった。だがガラスが邪魔して取る事は出来ない。仕方ないので、でかい石ころを拾ってきてみんなでいくつか叩き割って手裏剣を引きちぎった。分厚い金属で出来た手裏剣は、それはそれは…さすがに迫力が違った。みんなで喜んで忍者ごっこをしたのだが、マンガのように格好良く手裏剣は飛ばない。それでも満足だった。そういう時代だった。

手裏剣が無くなってまた取りに行ったとき、私達少年は実に悲しい出来事に遭遇した。操作室のドアは鎖でぐるぐる巻きにされ、でかい鍵がかかっていたのだ。少年達の夢を壊す心ない大人達の仕業だった。(当たり前とも言う)

それは古き良き美しき(どこがやねん)昭和のひとコマであった…。

(ふゆき)