それは会社の社員旅行で丹後は城之崎温泉へ出かけたときの事だ。その時私はまだ若干20才。果てしなき夢と希望を抱えて社会人になって2年目だった。 旅館を出て少し寂れた温泉街を浴衣と雪駄でほろ酔い気分でカラコロカラコロ歩くのは社員旅行の醍醐味だ。すこし怪しげな雰囲気を蓄えた街は開放的になった男達の歓楽街にぴったりの場所である。同じ会社のグループで歩いていると、呼び込みの声が掛かる。そこには場末のストリップ小屋があった。ストリップ小屋というより民家に毛が生えたような、どこがストリップやねんというような場所だ。誰かが話の種に入るか…と言いだし、私の他に20才そこそこの人間が3人ほどいたが、お前達も入れ…と言われて入った。それが後にも先にも初めて入ったストリップ小屋だった。 みすぼらしいパイプ椅子を20数個程並べただけの小さなスペースは舞台と呼ぶにはあまりに抵抗のある、学校の教室の中で学芸会をするような場所だ。舞台とは目と鼻の先、至近距離で、いわゆるかぶりつきである。私がいた会社の人間の他に、同じ社員旅行で来たと思われる酔っぱらいグループ数人がいた。これからストリップを見るとは到底思えない和やかな雰囲気の中で司会が登場し口上を並べ立てたが、司会というより、田舎の農家の初老のおっさんという方がしっくりと来る人だった。 少し酒が入った男達は異様に陽気だ。沸き上がる歓声の中、期待を一心に背負ってタンゴの踊り子が登場した。だがみな目を疑った。そりゃあ丹後半島の温泉街である。絵に描いたような美女が出てくるとは誰も思っていない。かえって少し顔が悪い方が場に馴染む位のものだ。だが現実は予想も出来ないほど予想を遙かに下回っていたのだ。舞台より田んぼが似合うようなおばさんが、如何にも不釣り合いなシースルーの衣装をまとって出てきたのだ。もうそれは美人とか美人でないとかいう次元の話ではなかった。生きていくにも事欠く程困窮しているというならまだ分かる。しかし、何故あんたはそこに立っているのだ。如何なる人生を送って来たのだ、と人生観を問い糺したい衝動を誰もが必死で抑えたに違いない。 見てはいけないものを見てしまっているような気分になった。自分の母親より年を食ったような小太りの女の裸を見て楽しい筈はない。しかも至近距離である、見たくないものまで見えてしまう。タンゴの踊り子は踊りと言うにはあまりにたどたどしい動きで一枚一枚衣服をはぎ取っていく。酔客達の落胆が怒りへとそのエネルギーを変えるにはそんなに時間は掛からなかった。まるで洗濯機の配水管の蛇腹のようなウエストが姿を現し、最後の布一枚の姿になった時には小屋の怒りは頂点へと達し、ヤジと怒号が飛び交う凄惨な場所へと変貌していた。目を思わず覆った。あまりの怒りの凄まじさに、おそらくは亭主であろうと思われる司会の親父がなだめに来たが、既に遅かった。タンゴの踊り子は怯えてすくみ、人間として存立する事すら危ぶまれるような野次が矢のように放たれ、止まる事がなかったのだ。 その時だった…。立ち上がった男がひとり。 私がいた会社の嘱託のおじいさんである三宅さんだった。その時既に三宅のおっちゃんは70才を過ぎていた。しかし、だてに年は食っていない。あまりの惨状を見るに見かねたのであろうか。三宅さんはタンゴの踊り子の前に行くと、おねえちゃん、そのパンツ、ワシにちょう〜だ〜い…とおねだりしたのである。あまりの言葉に誰もが唖然とした。タンゴの踊り子が最後の一枚をはぎ取ると三宅のおっちゃんに渡した。おっちゃんはそれを殆ど毛のない頭にかぶって小屋の中を、わし幸せや〜〜と喜んで歩き回ったのだ。怒りのエネルギーの緊張が解けて笑いへと変わった。三宅のおっさんの機転がタンゴの踊り子の危機を救った瞬間である。 お、おっさんよーやるわ。酔客達は腹を抱えて笑う。主役はタンゴの踊り子から三宅のおっさんへと代わっていた。おっさん良かったなあ、若いねーちゃんのパンツ頭にかぶれて…、長生き出来るで〜〜と見知らぬ人にまで冗談を言われて小屋の中は一転和やかなムードへと変化した。良いもん見せてもろうたわ…とでも言いたいように酔っぱらい達は笑いながら小屋を後にした。こうして三宅のおっさんは男をあげた。 ふと振り返って思う。三宅のおっさん、70才やったし、一回り以上年下のジャバラのタンゴの踊り子が、もしかしてほんまに若いべっぴんさんに見えたんちゃうやろか…。 (ふゆき) |
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