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かっちゃんが死んだ日(upload7.19/pm5:50)

危ないからやめた方がいいというのを聞かずに、ぼくが取ってくる…と、かっちゃんは言った。野球の軟球が川に水門に水が引き込まれる直前に引っかかっているのを見つけたからだ。その頃は、野球のボールなんて貴重な代物でなかなか手に入らなかった。



それは、私が小学校の6年の時だった。福井の田舎で幼馴染みのタカシと遊んでいて偶然野球のボールを見つけたのは。だが川と川が交差する場所で、大きな川の下の地下トンネルを潜るようにして幅2、3メートル位の小さな用水路が勢い良く地下に向かって水を飲み込んでいる。その直前に引っかかるようにして野球のボールは止まっていた。欲しいけど手が届かない。諦めきれずに眺めていると、そこにやってきたのが2才年下のかっちゃんだった。

制止を振り切り、危険を省みずに水が吸い込まれる場所へ鉄柵を乗り越え、柵の棒に手を回し、川の壁を蹴るように足を延ばした。だがほんの僅かの所で手が届かない。下は恐ろしい程の勢いで、まるで地獄に吸い込まれるように水が音をたてて地下に消えている。快活なかっちゃんは恐怖をものともせず、近くにあった棒きれで軟球を自分の所へと引き寄せようと試みていた。そしてギリギリの所でボールを手にした瞬間、自分の身を支えるようにして壁を蹴っていたかっちゃんの足が滑った。

それは今思い出しても忘れられない光景だ。慌てたかっちゃんの顔がまるで3倍位細長くなったように伸びて見えた後、あっという間に激流の中へと吸い込まれていったのだ。一瞬の出来事だった。タカシと慌てて川の橋を渡って横切り反対側の水が出てくる所まで走っていった。大きな川幅は10メートルもない。だけど、小さな川が地下に潜って反対側に出てくるまでは、かなりの距離があった。激しい入り口と違って反対側の出口は川幅も広く地下から湧き出るように出てきた水をゆったりとたたえて流れている。

タカシと私はじっとその出口を橋の欄干の上から見ていた。息を止めて見ていた。だがかっちゃんは出てこない。二人の頭の中に翌日の学校で、小学校の校長がかっちゃんの不慮の死を告げる光景が浮かんでいた。年上なので、みんなに責められる構図も容易に想像出来た。だけど、どうする事も出来ずじっと川の水の出口を無言でただ見ているしかなかった。本当はそんなに時間が経ってないのだろうが、タカシと私にとっては長い長い時間が過ぎた。

タカシがぼそっと呟いた…。し、死んだ。死んでしもた。

丁度その時、川の出口から人がうつぶせになったまま浮かんで出てきた。かっちゃんだった。私とタカシは流されるかっちゃんを追いかけつつ、名前を何度も呼んだ。だが反応はなかった。背中だけを水面に浮かべてゆっくりゆっくり流されているだけだった。身動きひとつせずにまだ若い命を失ったのだと思うと、責任感と悲しさとで、もう声も出なかった。どうしていいのか分からなかった。再び長い長い時間が流れたような気がした。

その時だった。もう我慢が出来ない、息が続かないとばかりに大きく息を吸い込み水をはじきながら、死人が立ち上がったのは。かっちゃんは生きていた。そして、むちゃむちゃ嬉しそうに笑いながらこう言ったのだ。

死んだと思ったやろ。

川に吸い込まれた後、地下では上に空間があって水かさもそんなに深くはなく、前屈みに歩いて出口までたどり着いたのだという。そして入り口付近でそっと我々の動向を確認してから死んだふりして流されたのだという。全く持って油断も隙もない少年だ。その後、焚き火でかっちゃんの服を乾かした。彼はボールはしっかりと持っていた。命がけで取ったボールは君のものだとばかりに私とタカシは所有権を放棄した。

どこにでもいつの時代でも、彼のようなやんちゃで元気の良い子はいる。だが、かっちゃんが普通と違っていたのは抜群に頭が良い事だった。かっちゃんはその後医大に進み、病院の養子となったと聞いた。今では大きな病院の明日の院長先生の筈である。因果はめぐると言う。ふと思う。今頃、もしかしたら患者に永久に死んだふりされて、困ることもあるかもしれないな…と。

(ふゆき)