人は思っている事と反対の言葉を口走る事がある。頭の中では違う言葉を話しているのに口からついて出る言葉は逆の言葉。後でどうしてそんな事を言ったんだろうと悔いても後の祭り。まるでムチを叩いて走ろうとしている競走馬がコースを外れてあらぬ方向に走って行ってしまうようなものだ。年令を重ねると少ないが、若い時はそんな事が多かった。 それは、まだ23才頃の事。当時いた会社の親睦会で奈良の明日香村へと出かけた時、百何段もある階段を昇った時の事だ。元気の良い後輩と競走になり、息を切らしながらトロトロと昇る他の仲間をまるで三冠馬の如く豪脚で一気に引き離し駆け昇った。 遅れてやってくる仲間を待つ間、上の神社でおみくじを引いた。出て来たのは大凶だった。ええい、何でやねん、息切らして大凶か…かなわんなー…とつぶやいた時、その横に若い二人のきれいな女の子達がいた。大凶が出たというので凄く興味を引かれたようだった。で、もう一度引く事にした。おみくじを引いて開く時、彼女らは後ろからは覗込むようにして見ていた。これがなんとまた大凶。今度は、わー!と彼女らが大声を出した。まあいいか!こんなことめったにあるもんじゃなし、と自分を慰めるようにつぶやいた時、二人の女の子達はにこにこと我々を見ていた。連続の大凶が利いた。ごく自然にどっから来たん?と聞く事が出来た。とてもいい笑顔で横浜から来たと言う。それはまるで何だかこのうえもなく天から降ってきた出逢いの巡り合わせのようだった。どこが大凶やねん、これを大吉といわずして何と言おうか…。だがそうそう思ったとおりに進まないのが世の常だ。 やがて、会社のガラの悪い先輩や後輩連中がどやどやと上がってきて、たったその一言だけの会話しか交わせなかった。後ろ髪を引かれながら会社の連中と合流した。本当は彼女達と話しをしたかったのだが、ガラの悪い団体の登場で妙に不自然な雰囲気になってしまったからだった。一緒にいた後輩が私にそっと耳打ちした。「残念やなあ、あんなチャンスはそうそうないのに…」言われなくても分かっていた。あまりの勿体なさに歯ぎしりしながら、皆と行動をともにしたのだった。 昇ってきた心臓破りの階段を再び降りるとき、ふと気がつくと真後ろまで、さっきの二人の女の子が追い付いて来たのに気付いた。私は10数人の中団にいたのだが、あっと思う間もなく、女の子がするすると、最後尾からまるで4コーナーを回って追い込み馬が差し込んで来るが如き豪脚で一気に横に並んで来た。 そして、横に並ぶと次の瞬間、袖を引いて、「ねえ、何処から来られたんですか」と聞いてきたのだ。それまでがやがやとしていた連中が一気にしーんと静まりかえった。奈良の明日香村では、その時、一瞬だったが、確かに時間が止まった。全員の耳がダンボになっているのが分かった…。 女の子に逆に声をかけられたのは、後にも先にもこの1回切りだ。かなり、思い切った行動だった。随分勇気がいったに違いない。それほど、その時の出逢いは自然そのもので、このまま何事もなかったように去っていくにはあまりに惜しいと感じたし、向こうも多分、同じように感じたのだろう。しかし、私はまったく虚をつかれていた。頭の中が真っ白になっていた。ただただ憮然とした表情で おーさか… と答えるのが精一杯だった。ああ、何でこんな事をいうのだ。もっと嬉しそうな顔しろ…と心の中で叫んでいる自分がいた。だが振り向きもせずに何も眼中にないという冷たい口調でそうつぶやいてしまっていた。さっき神社の前で突然出来た暖かい糸がぷつんと切れた瞬間だった。大阪弁話して、奈良にいて冷たくおーさかはない。その時、青ざめた彼女の顔に縦に筋が入るのが分かった。そして、ゴール前で最期の力が尽きて馬群に沈んで行くサラブレッドの如く、するすると後方に下がっていった。 普段、車で「お茶でも飲みにいかへんか!」等と声をかけていた私が、何であの時だけ、あんな態度であんな言葉を吐いたものか…。勇気を出して手を引っぱった女の子に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。下へ降りてバスの前まで行って先輩連中が口々に私を罵り始めた。 「あれはないわ、あれは〜〜。」 「もっと言いようがなかったんか〜〜、お前。」 「かわいい子やったやんけ〜〜、勿体ないことしよるわ〜〜、こいつ。」 「ほんまや。」 さんざん罵倒を浴びせられながら、私は心の中で叫んでいた。『こいつらや、こいつら、この連中のお陰で俺は自分がだせんかったんや、あほんだら〜…』 若さとは時に思っている事と反対の事を口走る事がある。まさにその時は丁度そんな時だった。今はすっかりおばはんになってしまっている横浜出身の奈良の明日香村で冷たい返事をうけた貴女。その時に言葉を放ったのは私です。この場を借りて心からお詫びしたいと思います。貴女にとってまるで白馬に乗った王子様のような私から(言うだけタダや)あのような冷たい言葉を聞くとは思ってもみなかったに違いありません。あれは私の若さの照れ故です。実に申し訳ない事を致しました。 その代わりと言っては何ですが、経験を積んだ今なら大丈夫、一声かけて頂ければ、もう白馬にはまたがれませんが、貴女に馬乗りになる用意があります。 ああ…また、思っている事と反対の言葉を口走ってしまった…。 (ふゆき) |
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