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男の闘い(up2002/9.02/pm9:45)

夕方近くになると甘いものが食べたくなる。しかし、甘いものばかり食べていては体に良くないに違いない。やせ型の私でも太るに違いない。そのうちに、貴方が川上シュンローさんですね…と言われてはたまらないので、ぐっとこらえる。こう見えて本当は辛党である。辛いものには目がない。辛子明太子は大好きだし、ヒーヒー言いながら食べる柿の種も大好きだ。カレーだって辛いものの方が好きなのだ。

田舎に居たときはうどんを食べる時は真っ赤になるまで辛子をふりかけて食べたものだ。辛い物には自信があった。しかし、高校の同級生に辛い物を食べるなら誰にも負けないと豪語していた男がいた。名を高沢という。彼は体操の選手で北信越ナンバーワンで、常にインターハイでは上位に食い込んでいた。その彼と私はよく行動を共にしていた。

卒業を間近に控えた時、高校の近くにスワンという喫茶店があって、そこで彼が俺はオリンピックを目指すから、お前はマンガ家になれ、どっちが早く夢を達成するか競争や…と誓い合った事が、つい昨日の事のようだ。結果、互いに夢やぶれたが、2年半前の同窓会で顔を合わせた時は、後頭部の髪が薄くなり、娘が俺の事をカッパとか抜かしやがって、はっきりいって娘でもむかつくわ…と言っていた彼は哀愁が似合う親父になっていた。

その彼の提案で高校の前の丸岡城、通称霞ヶ城という日本最古の天守閣を誇るお城の前にあったうどん屋で辛子対決をする事になったのは、高校2年の時だ。うどん屋にあった七味唐辛子を半分づつ頼んだうどんに入れて、先に食べた方が勝ちで、負けた方がうどん代を払うというものだ。辛子を1本空にして店のおばちゃんにもの凄く嫌な顔をされながらも、上に粉がふいて真っ赤に染まったうどんのどんぶりの汁一滴まで飲み干さなければならない、しかも水は絶対に飲んではいけないという互いに辛党と男のプライドを賭けた過酷な闘いだった。

高沢のあまりに自信に満ちた態度を見て、さすがにこれはやばいと思ったものの、勝負事は勝たなければ意味がない。うどんを口に入れた瞬間、ピリピリと辛みが舌に走る。しかし辛いと弱音を吐いては負けを認めたも同じである。そこは何食わぬ顔をして食べなければいけない。一瞬たりともひるめば相手に自信と余裕を与える。その余裕が自らの力以上のものを発揮するのが闘いの常である。うどんのメンは何とか食えない事はない。問題はまるで血のよう真っ赤に染まったダシだった。どんぶりを傾けてすすった瞬間、舌に激痛が走るのが分かった。だが、まだ何食わぬ顔をしているだけの余裕はあった。辛いものを食べる時は体調が大きく左右する。高沢は調子が悪かったのか、途中で汗を猛烈にかきだし辛さに顔を歪め始めた。私も辛かったが、ポーカーフェースを貫く事が出来た。そして激しく出る汗を拭いながら顔を真っ赤に染めだした高沢を見た時、私は勝利を確信した。彼は最後まで汁を飲み干す事が出来ずに、闘いは私の完全勝利に終わった。

だが、体操で鍛えた負けじ魂は半端ではない。落ちたら水にの中に落ちる橋の欄干の上でも服を着たまま倒立をやってみせた男だ。1週間後にリターンマッチを申し入れて来た。しかし、一度勝利した人間はどこか余裕が出るものだ。前の闘いで相手と自分の力具合を図った私は、望むところよ、返り討ちにしてくれるわとばかり、お城のうどん屋へと向かった。前に辛子を1本空にして、店のおばちゃんに嫌な顔をされた経験値から、高沢は唐辛子を持参していた。彼はポケットから少し大きめの辛子の瓶を取り出して言った。前のは七味唐辛子や。混ざりもんが入っていた。これは一味唐辛子や。純粋の辛子だけや。これでもう1回勝負や。

ここで負けたら後がない。こういう水際の土壇場で人は自分の力以上のものが出る。油断は禁物だった。高沢の持ってきた一味唐辛子は、色は七味と違い、真っ赤という訳ではなかった。だが、彼はこう言った。七味は着色料が入っていて、見た目辛く見えるけど、この少しどす黒い一味の方が本物の辛さを秘めている…と。戦いのゴングと共にうどんの上にたっぷり盛り上がった一味唐辛子を必死でかき混ぜ、うどんをくちに運んだ瞬間、頭のてっぺん、耳の穴、鼻の穴から、火を吹いた。それはそれは、辛いなんてもんじゃなかった。

完敗だった。高沢は言った。あの屈辱以来、俺は毎日辛いもの食ってトレーニングしていた…と。さすがオリンピックを目指すと豪語していただけの男である。潔く負けを認めるしかなかった。それでも一勝一敗の痛み分けである。この闘いは完全決着をしないまま現在に至っている。マンガ家とオリンピック。この競争の決着は未だついていない。だが、これは永遠に勝負がつかないに引き分けである。あとはどっちが先死んでどっちが生き残るかの勝負しかない。だけど、こ、これは日頃の不摂生のたまもので私に絶対に勝ち目がない。

ううむ。しまった…。どっちが先に禿げるかの競走をしておけば良かった…。

(ふゆき)