ある平和な週末の物語 BOHEMIAN ’95 工華祭号[1995.10.16]
足音 BOHEMIAN ’97 春の号[1997.3.19]カード BOHEMIAN ’97 春の号[1997.3.19]
シリーズ −見つめて欲しい− 3連発 BOHEMIAN ’96 秋の号[1996.10.26]
ぬくもり BOHEMIAN ’96 春の号[1996.3.11]Nonfiction
梨 BOHEMIAN ’96 秋の号[1996.10.26]Fictionピンチ 〜愛と青春の軽トラ〜 BOHEMIAN ’96 春の号[1996.3.11]
ヂャイアント将棋 〜愛と夢の工華祭〜 [オススメ] でも若干長いです
BOHEMIAN ’96 春の号[1996.3.11]
深層心理 BOHEMIAN ’97 春の号[1997.3.19]答えのでることのなかった疑問 BOHEMIAN ’97 春の号[1997.3.19]
カーテンコール BOHEMIAN ’97 春の号[1997.3.19]
金平糖 [オススメ] 群馬県立前橋南高校 第1回[Hadgpadg]大賞 [1996] 課題の部 優秀賞受賞
チビ [オススメ] BOHEMIAN ’96 夏の号[1996.7.29]
ある平和な週末の物語
日曜日。
私はいつもの席に座って順番を待っている。相変わらず前の奴は挨拶が長い。少しは後ろのことを考えろ、と言いたい。お前のために俺がどれだけ苦労しているか、あいつは考えたこともないだろう。
なに?『ソウタイセイリロン』?そんなもの知っていて何になるんだ。おっ、そろそろ終わるな。やっと俺の出番だぜ!
「私にはそういう難しいことはよくわかりませんが、ソウタイセイリロンだろうがソーセージだろうが腹の中に入れちまえば同じってことはわかります。尚、会場の皆様にご連絡申し上げます。私の帰りの鞄には、まだ若干の余裕がございます。こんぺいでーす!!」
こうしてお茶の間の日曜日は暮れていくのであった・・・。
奴が来る。あの独特の足音、奴しかいない。どこからあの音を出してるんだ、一体・・・?おそらく現在の科学では解明できないであろう。何で歩くだけであんな音がでるんだ!?誰か教えてくれー!!
タラちゃん、歩くと変な音がする男・・・。
カード
正月の休暇をラスベガスのホテルで過ごすのが俺の習慣だ。俺のスウィートルームには友人が遊びに来ている。財閥の会長、首相、大統領・・・皆多忙だ。俺自身も傘下に銀行、保険会社を持つ忙しい身である。一緒に休暇を楽しむのも年に1度のことだ。
ほのぼのと閑談とカードを楽しんでいたが、俺につきがあり、次第に俺が勝ちを独占するようになってきた。
皆の目つきが変わり、俺の邪魔をするようになった。しかし、それぐらいで怯む俺ではない。俺のカードはハートのA、2、3、4、5。ふっ、この勝負もらった!
ぐっ!しかし他の奴らはあからさまに俺を妨害しだした。ポーカーフェースでなんて恐ろしいことをするんだ・・・。奴ら金持ちのくせにやることがせこい・・・。そこまでして俺をつぶして楽しいのか?ちくしょう、もう我慢できねぇ。俺はたまらず叫んだ。
「誰だ!?ハートの6を止めてるのはー!!」
正月のトランプはやはり7並べに限る・・・。
シリーズ −見つめて欲しい− 3連発
恋愛論
そのつぶらな瞳で
私をとりこにしたあなた
大きな目とかわいい体
もうたまらないわ
そしてハスキーでいながらとてもかわいい声
まぁ す・て・き!
目玉のおやじ
私の王子様
進化論 −友人との会話より その1−
A:目玉のおやじってすごいよね
B:なんで?
A:だってうまく黒目が正面に体がはえてきたからよかったけど、
黒目の部分からはえてきてたらどうするつもりだったのかな?
A:目玉のおやじってさぁ・・・
B:なに?
A:やっぱ遠近感ないのかなぁ・・・?
ぬくもり
ショーウィンドウの向こうに
君の姿を見つけた
君が微笑んだ様に見えたのは
僕の気のせいだろう
冬の木枯らしの厳しさに
ただ君のぬくもりが欲しかったあんまん・・・君を食べたい・・・
梨
梨。その甘い果汁とあのしゃりしゃりとした独特の歯ざわりで私を魅了してやまない梨。私は初めてそれを食べた日から「金持ちになったら梨を腹一杯食うぞ!!」と拳を握りしめて誓った。
そして今、その野望が現実の物になろうとしている。199X年、8月。私は梨園に向かう車の中にいた。目指すは”湖と果物の街”榛名町。そこにはたくさんの梨達が私の到着を今か今かと待ち望んでいることであろう。苦節19年、思えば長い道のりだった。私の頭の中を思い出が走馬燈のように廻る。バイト先のスーパーで「梨もってくか?」と言われ、大喜びで持って帰り、食べ終わった後「しまった。遠慮しないで10個ぐらい持ってくればよかった・・・。」などとずうずうしい後悔をしたこともある。
しかし!今日は誰に遠慮する必要があろう?梨園に行けば辺り一面、梨!しかも食い放題!これを喜ばずにいられようか?オーケストラにファンファーレ吹かせろー!鳩も飛ばせー!!級の嬉しさである。
そうしている間にも梨園は刻、一刻と近づいていた。「→梨園地帯」という看板を見たときの興奮は筆舌に尽くしがたい。
「ふむふむ、梨が園で地帯なのか!なるほど、地帯が梨で園なのか!」
などと、思考回路はすでに機能を停止していた。
そしてついに梨園到着。一面広がる梨畑。ついにやってきたのだ!私は、はやる気持ちを押さえ、クールに振る舞っていたがおそらく頬はゆるんでいたであろう。梨園のおじさんに「黄色のをとって下さい。」と言われた。なるほど、結構色が違うものである。私はよく熟れた黄色い梨を探した。野望達成の第一歩である。ここで不味いのをとってしまったら「俺の19年間の夢は一体・・・」とブルー入ってしまう。それは避けたい。これだ!黄色いやつを見つけて木からもぐ。梨は上の方に持ち上げるようにとる。あっさりともぐことができた。
ナイフで切る。食べる。・・・うまい。うまかった。感動した。生きていて良かったと思った。しかもいくらでも食べ放題・・・。これは夢ではなかろうか?涙がでそうだった。梨園・・・。この世にこんな楽園があったとは・・・。長生きはするものである。
たくさん食べた。一個丸かじりという夢のようなこともやった。(一緒に行ったFさんにむいてもらった。なんであんなに上手にむけるの?尊敬。)おなかいっぱいで何も言うことはなかった。「よしよし、世は満足じゃ。よきにはからえ。」などと何故かえらくなった気がした。
かくして、私の野望はわずか500円(入園料)で達成された。
一つの野望を達成した私の次の野望は「梨の皮をうまくむく」である。これはFさんがとても皮むきがうまかった、ということもあるが直接の原因は、俺の皮をむくのを見ていたNさんに「私の小学校の頃より下手だね。」と
言われたからである。おぼえてろ!来年の梨シーズンにむけて冬季トレーニングをつむことを誓った。
ありがとう梨園。梨園のおじさんが「今年は育ちが遅くてあと10日ぐらいで食べ頃なんですよねー。」と言っていたのが心残りだったが、充分に美味しい梨をおなかいっぱい食べられた。ありがとう。私は今日の梨の味を一生忘れない。また来年会おう!
しかしその後、梨の誘惑に勝てず、10日後にまた行ってしまったことは内緒である。
ピンチ 〜愛と青春の軽トラ〜
ピンチとは突然やってくるものである。それは今回も例外ではなかった。工華祭3日前、買い出しに行った
「長崎屋」でこの物語は始まる。
我々はコンパネと呼ばれる木の板を買いに長崎屋に来ていた。コンパネとは”コンクリートパネル”の略で
1m×2mの大きな板だ。(何故、木の板が”コンクリート”パネルなのか、未だもって謎である。)当然、普
通の自動車では運ぶことはできない。私は配達をしてもらうことにした。
「月曜に配達になります。」
「え!?」
ピンチである。工華祭は今度の土曜・日曜。間に合わない。
「なんとか明日あたり配達していただけないでしょうか?」
「じゃあ、軽トラ貸すから自分たちで運転して運ぶかい?」
「え!?」
かなりピンチである。他の二人を見渡した。免許を持っているのは私だけだ。私は免許をとったばかりで、しかも運転経験は2回。さらに2カ月間も運転してない即席ペイパードライバーだ。道は車の多い国道17号線。それは財布を忘れて買い物に行くサザエさんと同じくらい無謀なことだ。私はかなり、びびっていた。
店員さんにその旨を伝えてこの状況からなんとか逃げようとしたが、
「大丈夫。この前なんか初心者の女の子が運転していったんだから。」
・・・。もう逃げ場は何処にもなかった。
こうして私は2カ月ぶりの運転を軽トラでする事になった。天下の公道は家路を急ぐ車であふれていた。その中でトロトロ走る一台の軽トラ。さぞ迷惑であったろう。しかし、私は必死であった。それはテスト前夜のそれをもしのいでいたかもしれない。その証拠に、運転中の記憶があまりない。覚えているのは高専が見えた瞬間の喜びと、着いた時の安堵感だけである。
高専に到着した私は仕事をやり終えた後の感動を味わっていた。軽トラは輝いて見えた。満足感は心地よかった。青春を感じていた・・・。
感動にひたっている私に、隣の奴が一言つぶやいた。
「この軽トラ、どうやってお店に帰すの?」
「え?」
私は再びピンチと言う名の谷に突き落とされた。私は死刑台に歩いていく囚人よろしく、天国に一番近い場所”軽トラ運転席”に乗り込んだ・・・。
工華祭は終わり、私の担当した企画も大成功をもって終わることができた。この企画で一番印象深い出来事は上記の「軽トラ事件」である。この話ではさも私が一番ピンチだった事が書かれている。しかし、実際は「私の運転する軽トラの荷台にコンパネと一緒に乗った」というさらに危険な体験をした友人がいたということをつけ加え、筆を置こうと思う。
ヂャイアント将棋 〜愛と夢の工華祭〜
ヂャイアント将棋に参加してくれた全ての人にささぐ
”裸の王様”VS”歩”
長い戦いも終わろうとしていた。盤上にあった10枚の駒もあと2枚を残すのみとなっていた。
歩が裸の王様の手をねじ伏せた。クラッカーが鳴る。
「あっ、終わったんだ。」
俺は思った。
3年に一度の工華祭。3年であった私にとっては最初で最後の工華祭だった。だから俺はこの工華祭で何かでかいことをしでかしたかった。そこでクラスの科代表の委員になった。
科の出し物は”ハンマープライス”と”ゲームコーナー”に決まった。俺はハンマープライスの担当、ボスになったのだが、金銭がからむのであまり好ましくない、ということで”ヂャイアント将棋”に変更になった。
このころはまだ、だらだらやっていて人に任せてばかりだった。集合がかかっても教習所を優先し、行かないこともあった。
テストが終わったあたりから本格的に動き出した。3Eの同志を集め話し合いを繰り返した。幸いにも物好きな奴等が集まってくれた。
まず最初に”ヂャイアント将棋”とは何か?説明しておこう。一言で言えば、とんねるずがTVでやっていた特大人間将棋、なのである。盤上の駒がぶつかったら、駒に対応した人間同士で戦い、勝った方が盤に残り、負けたら盤から降りる。そして相手の大将を負かせば勝ちとなる。至って簡単なルールだ。
最初の問題はどのようなヂャイアント将棋にするか?であった。TVでは、プロレスラーや芸能人を呼んで、しかも派手な特設セットを作って放送している。これなら面白いのは当たり前である。しかし、自分たちでやるとしたら有名人など呼べるはずもなく、大がかりなセットも作れない。素人がTVと同じ様な事をやっても面白いわけがない。
そこで、仮装をする事にした。これなら見た目が面白いのでお客さんを楽しませる事ができるだろう。最初は何に仮装するか?について考えた。
ルパン、ガチャピン、クレヨンしんちゃん、セーラームーン・・・。たくさんの意見が出たのだが、いかんせん本番までに時間がない。(この時、2週間前だった。)そこで簡単に仮装できる物にしよう、ということで以下の物が決まった。
裸の王様 アンパンマン 菅原文太 裸の大将 キン肉マン ドラえもん
なんか最初の主旨と全然違う構成になってしまった。ものすごい顔ぶれである。泣く泣く、セーラームーン・タキシード仮面を削った。仮装の服装に無理があった。駒は全部で10個作る予定だったが、残りは1・2年生の意見を聞いて考えよう、ということになった。
さらに、対決の方法も考えた。プロレスなどの派手なことをやりたかったのだが、危険なので、という理由で上から許可がとれなかった。こっちの方が大変で、腕相撲、コーラ一気のみ勝負、ロシアンルーレット以外は本番直前になるまで決まらなかった。
ここから1・2年生を加えて大人数になった。1・2年には自分たちの決めたことをほとんど押しつける形になってしまい、申し訳なく思っている。何分時間が足りなかったのだ。
ここで駒を各学年2人ずつ出してもらうことにした。2年生はすぐ決まり、上記の他に”BOSS缶”、”歩”、”河童”をやってもらうことになった。1年生は恥ずかしがってか、全然意見を出してくれず、駒を決めるのも一苦労だった。さらに3年でも駒のやり手が足りず、2年生に”ドラえもん”もやってもらうことにした。
会場確保。この企画は電気科の企画であって、本部企画ではない。その為野外ステージは使えず、他の場所に自分たちでステージを作らなくてはならなかった。これも1週間前まで決まらず、ひやひやしたが、群嶺会館の裏の芝生の所を使わせてもらうことになった。本当はメインストリートなどの人通りの多いところがよかったのだが、ここに決まってしまったのだから仕方がない。そのせいで、本番の時誰もお客さんが来てくれなかったら?という不安がこれ以降俺達にまとわりつくことになる。
買い出し。このころはまだクラスで免許をとっていた奴は少なく、車を出してくれそうな奴はいなかった。俺も免許はあったが車がなかった。4年生に車を出してやろうか?といわれたが、日程が合わないので結局自転車で買い出しに走った。赤丸市場で発砲スチロールを買い、必死で学校まで運んだ。1.8m×0.9m。かなりでか
い。途中風でとばされそうになりながらも無事学校に着くことができた。今やれ、といわれてもきっとできないであろう。若さ故の荒技だった。さらにステージ用のコンパネを買い出しにもいった。この話しは別の所で書いたのでそっちを参照していただきたい。
そして製作が同時進行で進められていた。2年生の歩やBOSS缶などが大変そうだった。しかも2年生には盤づくりもまかせてしまった。3年は人数が少なく、買い出しなどが忙しかったためだ。1年生は最初の頃は手伝ってくれたのだが、どうも馴染めず、いつの間にかいなくなっていた。本部と掛け持ちをしていたようなので、そ
っちが忙しかったのかもしれない。
製作は滞りながらも、かろうじて本番に間に合うだろう、という極めて危険なペースで進んでいった。
自分自身も忙しかった。学生係や学生会などに走り回ったり、買い出しをして使ったお金を集計したり、全体の指揮をとったりした。しかも吹奏楽部の練習もしたりで、帰るのはPM10:30、家に着いたらあとは寝るだけ、という生活を1週間程続けた。生き延びられて良かった思う。若さ故の奇跡であった。
ハプニングも続出した。ロシアンルーレットがうまく働かなかったり、仮装の製作がうまくできなかったり、会場が変な場所なので学生係の人に嫌な顔をされたりした。しかしそんなのは序の口で、長崎屋で軽トラに乗る羽目になったり、領収書とレシートの金額が合わなかったり、シャレにならないアクシデントもあった。これを乗り越えられたのも、若さ故のまぐれである。(ただしこれを引き起こしたのも若さ故の未熟さであったが・・・)
さらに困ったことに、駒のやり手が足りなくなっていた。3Eの奴を説得し、なんとか”アンパンマン”のやり手は確保できた。しかしもう一人の駒は何をやるかも決まっていなかった。本番は2日後、危険だった。しょうがないので、ビールの宣伝用の旗をつけて”大塚寧々”にしよう、という話もでたが、結局、訳のわからん格好をさせ
て”誰?”という駒を作った。メキシカンハットにサングラス、ラジコンとプロポ、ラジコン雑誌を腰に付ける、というホントに訳のわからん格好だった。
会場セッティング。机を100個、講義棟から群嶺会館まで運んだ。とっても疲れた。そしてダンボールを敷いてその上にコンパネをのっけてステージは完成した。なかなか立派なステージで上で飛んだり跳ねたりしても壊れなかった。そしてスピーカーはカラオケセット。マイクを2本つなげられ、出力も大きく、思った以上に好調だった。本番はこれにラジカセを加えて、MDまでをも使用することにした。自分たちで作ったのぼりもセットし作業はなんとか終了した。
開始は明日12:40、雨が降らないことを祈った。
当日、俺は吹奏楽の演奏にでるのでこっちは他の奴にまかせて演奏に行った。帰ってきてみるとみんな仮装をして、ビラを配って客引きをしていた。3Eの絵のやたらうまい奴が見事なポスターを作ってくれていた。キン肉マンや裸の大将、リアルドラえもんにBOSS缶が練り歩く姿は阿鼻叫喚、地獄絵図だっただろう。しかし、これが功をそうし、お客さんをたくさん呼べた第1要因になったようだ。俺は司会をするため背広に着替え、ジェルで髪の毛を決めた。俺はトイレの鏡にむかって「よし、行くぞ!!」と気合いを入れた。
ステージでは最後のチェックが行われていた。スピーカー、盤のセッティング、打ち合わせ・・・。3Eの裏方軍団が奮闘していた。そしてもう一人の司会をM科からK君に助っ人で来てもらった。彼は話術が巧みで名司会を期待できた。天気は快晴、万全の支度が整っていた。
最初のお客さんは開始20分前に来た。こんなに早くからお客さんが来てくれるとは予想していなかった。最初の15分くらいはお客さん来ないだろう、と皆で話していただけに、大変嬉しかった。10分前になるとステージ前の芝生に座るお客さんが増えてきたため、K君と共にステージにでて間をつないだ。K君と司会をやるのは初めてだったがK君の話術は見事で、待ってるお客さんも退屈しなかったようだ。
そんなこんなで始まる頃にはもう30人以上のお客さんが来てくれていた。「誰も来てくれないのでは?」という嫌な予感を見事に吹き飛ばしてくれた。
3分前。駒の一人がまだ到着しない。本部企画に出ていてぎりぎりに来る予定だったが、本部企画が遅れているようである。本番開始時間。まだ来ない。K君と間を持たせる。結局5分後に到着。10分遅れでスタートする事になった。一度ステージから降り、オープニングテーマが流れた。
俺達は闘いを始めた。
大将”歩”と大将”裸の王様”のチームに別れて戦闘が始まった。歩が駒を動かす。それに対抗する裸の王様。ぶつかったところでバトルが始まった。頭の上に風船をのっけてスポンジバットで叩き合う。「パン。」風船がわれ、中に仕込んでおいた小麦粉が飛び散る。なかなか派手に飛び散った。負けた方は罰ゲーム。タバスコ及
びトウバンジャンを食べるという過酷な物だった。体を張った駒達の闘いにお客さんのうけも良かった。
最初は歩チームが優勢であっと言う間に勝負が決まってしまうのでは、という心配もあった。駒5人対5人で始まったゲームが8対2にまでなってしまったのだ。当初、1時間を予定していた為、15分くらいで終わられてしまっては困るのである。しかし、それも裸の王様チームのがんばりにより杞憂に終わった。
司会のK君の巧みな進行も見事だった。彼とは本番前に「適当に進めるから適当にしゃべってくれ」としか打ち合わせをしていなかったにもかかわらず、俺とのタイミングはぴったり合っていた。
途中、スポンジバットが1本壊れてしまったり、タコアンルーレット用のわさび入りたこやきがちっとも辛くなくて勝負にならなかったり、筋肉自慢のS君扮するキン肉マンの場面で腕相撲がでなかったり等(対戦方法はランダムで決めたのだが、悲運にも彼には2回連続でコーラ一気飲みがあたり、しかも罰ゲームでトウバンジャンを食べなければならなかった。端から見てもかなりつらそうだった。でもうけていた。)のアクシデントも裏方の努力で乗り越えて、ゲームは進んでいった。
40分程立ったあたりでも勝負はつきそうになかったので、持ち駒の使用をなくした。(それまでは負けると相手側の持ち駒になっていた。)さらに時間短縮の為、罰ゲームもなくした。(みんなの胃がもたなかった為でもある。)戦局は進みいよいよ駒は両軍大将と菅原文太だけになっていた。
ここで俺は前もって作って置いた秘密兵器を使うことにした。駒の名前は”司会”。そう、俺自ら闘いに加わったのである。劣勢だった歩チームに加わり(1対2だった)裸の王様チームの菅原文太と対決した。文太はこの日、絶好調で、一番活躍していた強敵だった。対戦方法は腕相撲。「レディー、GO!」かけ声と共に渾身の力をこめる。文太もゆずらず両者の腕はぴくりとも動かない。歓声が遠くなる。かなりきつかった。額に汗が浮かぶ。血管が浮き出る。顔がゆがむ。何処に力を入れてるかも解らないほどしびれてきた。どのくらい均衡の時が過ぎたのだろう。文太が最後の力をだし、勝負にでてきた。俺にはもう持ちこたえるパワーはなく、力尽きた。俺はリーサルウエポンの役目を果たせず、敢えなく罰ゲームに屈した。
裸の王様は周囲の「自分で闘えー!」のブーイングにも屈せず、文太を歩にぶつけた。ゲームは「じゃんけんで勝ったらバットで殴って負けたら洗面器でガード」ゲームだ。お客さんの盛り上がりも最高潮になり、ステージ上も裏方も、そしてお客さんも一体になったかのような錯覚におちいった。いや、錯覚ではなく、本当に一つになっていたのかもしれない。お客さんの笑顔を見て俺は思った。「ああ、やって良かったな。」
”裸の王様”VS”歩”
長い戦いも終わろうとしていた。盤上にあった10枚の駒もあと2枚を残すのみとなっていた。
歩が裸の王様の手をねじ伏せた。クラッカーが鳴る。お客さんに一礼し俺達のヂャイアント将棋は幕を閉じた。
お疲れさん、みんなよく頑張った。正直こんなに盛り上がるとは思ってなかった。お客さんはのべで100人を越していたようだ。成功を祝う三・三・七拍子。お客さんの拍手。最高だった。
「終わったんだ・・・。」
俺は思った。
最後になってしまったが、皆に一言。
司会をしてくれたK君。突然お願いしたのに引き受けてくれてありがとう。終わった後、すぐいなくなってたからお礼も言えなかった。後で写真持ってくね。
1年生。あんまり手伝ってはくれなかったけど、盤の字は役にたったよ。どうもありがとう。工華祭は楽しかったかい?
2年生。2年生のがんばりには脱帽します。ホントによくがんばってくれた。2年生なくしてこのヂャイアント将棋の成功は考えられない。俺がしっかりしてなかったせいでいろいろ迷惑もかけたけど、最後までつきあってくれてありがとう。
3年生。お疲れさん、一番長い時間頑張ったしね。ほとんどの企画を遅くまでよく考えてくれた。俺が忙しいので買い出しをしてくれたり、俺の見てないところでよく働いてくれた。ありがとう。
その他E科の関係先生方、E科の総ボスのSさん、写真をとってくれたM君、ポスターを描いてくれたK君、長崎屋で軽トラを貸してくれたおばちゃん、裏方をやってくれた人、駒をやってくれた人、サクラをやってくれた人、本当にありがとう。
そして来てくれたお客さん、本当にありがとうございました。
ここに一枚の写真がある。ヂャイアント将棋の客席風景だ。芝生に建つペガスス像、ステージに見入るお客さん。全部で70人は居るだろうか。みんな笑顔だ。 あの工華祭から半年が過ぎようとしている。群嶺会館の裏を通ってもあの時の面影はない。ステージも、将棋盤も、お客さんも、そして俺達もそこにはもういない。ただ、あの時の歓声と興奮と感動は幻ではないと、この写真が静かに物語っているだけである。
深層心理
誰かに甘えよう
あなたに甘えよう
あなたは助けてくれない
誰も助けてはくれない
自分の力で切り開くしかない
そんな簡単なことがわからないわけではない
誰にも私を救うことはできない
でもあなたに甘えたい
助けて欲しいのではない
あなたに甘えたいだけなのだ
答えのでることのなかった疑問
長い距離を走ってきた俺はさすがに息が切れ、川沿いの木陰で休むことにした。川の水を飲もうと顔を水面に近づけると、俺の醜い顔が映っていた。俺は怪獣なのだ。いつから逃げているのかは解らない。物心が付いたときにはもう誰かに追われていた。何で逃げているのかも解らない。俺が何かしたのだろうか?それすら思い出せない。ただ、俺は逃げ続けているのだ。
一息着いて、うつらうつら眠くなってきたところに遠くから風船がゆらゆらと飛んできて俺の休んでいる木の枝に引っかかった。そしてそれを追いかけてきた少年が木の枝を見上げていた。俺は立ち上がり、手を伸ばしてその風船をとってやった。少年はにっこり笑って「ありがとう。」と言った。
「おじさんはここで何をしているの?」
「少し休んでるんだ。」
「僕もここにいていい?」
「俺が恐くないのか?俺は怪獣だぞ。」
「なんで?怖くないよ。」
俺は驚いた。今まで会ってきた人間達は俺の姿を見ただけで恐がって誰も近づこうとはしなかったのだ。
「何かお話して。」
「話か・・・?」
俺は今までこんな風に人と話したことはなかったので渋ったが、どうしてもとせがまれて話をしてやった。俺はあの山の向こうから逃げてきた、あの山の向こうにはこの川よりも全然大きい海というものがあること、そこには色々な魚が泳いでいること・・・。
「僕も海、見たいなぁ。」
「見れるさ。」
「おじさん、連れてって。」
「俺はだめだ。追われているからな。」
「どうして追われているの?」
「俺が怪獣だからさ。」
「何か悪いことしたの?」
「いや。」
「じゃあ、なんで?」
「さぁ、何でだろうな。」
「そんなのおかしいよ。」
「そうだな。」
「僕が大きくなったらおじさんを守ってあげるよ。」
「ありがとよ。」
小さい頃は誰でもそう思うものなのだ。ところがいつのまにか大人になってしまい、どこかで大切な物を亡くしてしまう。
「いたぞー!子供が一緒にいる!」
俺を追いかけてきた正義の味方がとうとう俺を見つけた。
「銃を持ってこい!いいか、よくねらえ!」
奴らは一分のくるいもなく俺を狙っていた。俺もそれは解っていた。よけようと思えばよけられただろう。しかし俺はよけなかった。俺がよけたらこの子に当たってしまう。・・・なぜだ?この子に当たったからどうなるというのだ?俺にはなんの関係もないじゃないか?しかし俺はよけなかったのだ。
「ダーン」
遠ざかっていく意識の中で、あの子が俺を呼ぶ声だけがかすかに聞こえた。
なぜ、よけなかったのか?その答えは俺にはわからなかった。
その後、その子が俺の墓を作り、花をあげてくれたらしい。しかし、それを俺が知ることは永遠になかったのだ。
カーテンコール
名もなき、しかし誇り高き兵士に捧ぐ
劇場は割れんばかりの拍手で埋め尽くされていた。演技を終えた役者達がカーテンコールで観客から絶賛の拍手を受けている。私が書いた脚本の第1回公演は大成功のうちに終わったのだ。役者達がこのカーテンコールを受けるのは当然のことだ。それぞれが全身全霊を尽くし、役に打ち込んだ結果なのだから。しかし、実際の人生にカーテンコールなどない。どんな人でも人生という舞台から降りてしまえば二度と登場することはできないのだ。そう、どんなに誉め称えられる行為をした人でも・・・。
「私にはできません!」
若い兵士は言った。
「上官の命令が聞けないのか?」
「いくら皆殺しにせよ、との命令でも女、子供まで殺すことはないのではありませんか?」
私はまだ子供だったので言葉はよく解らなかったが、雰囲気と口調で何やら口論をしていることだけは解った。そして私たちがもうすぐ殺されるであろうこともうすうす解かっていた。
「早く殺れ!」
「どうしても殺らなくてはならないのなら・・・。」
そして若い兵士は上官を撃ったのだ。そして近くのドラム缶を倒し、火をつけた。火は瞬く間に燃え上がった。他の兵士達は突然の出来事に呆然と立ち尽くしていたが、我に返るとあわてて火を消そうと動き出した。
その混乱で私たちは逃げることができたのだ。母に手を引かれ走っていた私はあの若い兵士が他の兵士に取り押さえられるのを遠くに見たのだった。
そして私は成長した。あの兵士が何を口論していたのかも想像がついた。そしてあの兵士がもう生きていないこともわかった。軍隊で上官に背けば絞首刑だ。
あの兵士は何故、見ず知らずの私たちを助けたのだろうか?故郷には恋人も家族も居たであろうに・・・。
この問いかけを私は書いたのだ。
劇場はやむことのない拍手で埋め尽くされていた。物語で絞首台へ消えた若い兵士はカーテンコールで再び舞台へ上がり、絶賛の拍手を浴びている。私はこの拍手が天国にいるあの若い兵士にも届けば、と願った。
どれだけの人が気がつくであろうか?パンフレットの最初に書いてある言葉
「名もなき、しかし誇り高き兵士に捧ぐ」
の意味を。
そしてどれだけの人が解るのだろうか?私の問いかけの答えを。
金平糖
僕は金平糖だ、ぷんぷん。
このトゲトゲが僕の自慢さ、ぷんぷん。
え?なんで怒っているかって?そりゃー、僕たちが金平糖だからさ、ぷんぷん。
昔、僕たちのご先祖様がトゲをくっつけた時から僕たちは怒り続けているんだ、ぷんぷん。
だっておとなしくしてるとトゲが引っ込んじゃうんだもの。
だからいつも怒っていなきゃならないってわけ、ぷんぷん。
金平糖も楽じゃないんだよ、わかった?ぷんぷん。
あーあ、早く食べてもらって楽になりたいよ、ぷんぷん。
僕たちを食べると甘いだろ?あれは
「アー、やっと怒らずにすむなぁ」
っていう僕たちの安らぎがあの甘みを生み出すんだ、ぷんぷん。
お、上のふたが開いたみたいだ。僕もやっと食べてもらえるよ、ぷんぷん。
やっと怒らずにすむのか、やれやれ。ぷんぷん。
みんな金平糖を見つけたら早く食べてあげてね。じゃあね、ぷんぷん。
チビ
僕がその子猫を拾ったのは春の暖かい日だった。
雨のしとしと降る冬の寒い日にダンボールの箱から顔を出して「ミャー」と弱々しく鳴いている、お話ではそういうことが多いけど、チビは(僕がつけた子猫の名前だ。)低い塀の上にちょこっと座っていたんだ。別に「この子をかわいがって下さい。」っていう手紙とか張り紙があった訳じゃないんだけど僕はチビを拾って家に帰ったんだ。一人暮らしだったから六畳一間の小さな家でも猫の一匹くらい一緒に住むのはわけないし、一人でごはんを食べるより二人で、いや一人と一匹で食べた方が美味しいに決まってる。一応チビに「お前、俺の家に住むか?」って聞いたら「ミャー」って鳴いたから、その日から僕はチビと一緒に住むことにしたんだ。
チビはイワシが好物だ。僕がイワシを焼いていると匂いをかぎつけて台所にやってくる。そして僕たちは一人と一匹で夕食を食べるんだ。やっぱり一人で食べるよりチビと一緒に食べた方がごはんが美味しい。チビに「美味しいかい?」って聞くと「ミャー」とうれしそうに鳴いた。
チビはみるみる大きくなっていった。いつまでも「チビ」って呼ぶのは変だと思ったけど、チビが嫌がっている気配もないからずっと「チビ」って呼ぶことにした。
驚いたことに、チビはどんどん大きくなって犬よりも、僕よりも大きくなった。頭にはたてがみ、しっぽは先っぽだけフサフサ、鳴き声も「ガオー」になった。
そう、チビはライオンだったのだ。
チビに「お前、ライオンだったのか?」って聞くと「ガオー」と大きな声で吠えた。僕は驚いたけど、チビは僕によくなれていたし、二人で食べる食事も好きだったから、このまま僕の家で一緒に住むにしたんだ。一応他の人に迷惑をかけちゃいけないので「大きな声で鳴いちゃいけないよ。」と教えるとチビは「ガオ」と小さな声で鳴いた。チビは利口なライオンなのだ。僕たちは二人で食事をして、TVを見て、たまには晩酌したりもした。二人で寝ると狭い部屋だったからきついけど、それを除けば別に問題もなく僕らは暮らしていた。
そんなある日、僕の部屋に泥棒が入ったんだ。泥棒はチビを見てびっくりしてあわてて逃げていったんだ。僕はチビの頭を撫でてほめてやった。ただ、周りの人にライオンがいるのがばれちゃったんだ。警察の人がチビをつれて行くって家に来た。ライオンがいると危険だって言うんだ。そんなのおかしい。こんなにチビが物わかりがいいのに、人間をおそうわけがないのに・・・。僕はチビよりも人間の方がよっぽど怖いと思った。自分のために平気で他人を犠牲にするのだから。
僕はチビと別れたくなかったけど、結局チビをサバンナに返すことにした。その方がチビのためにもいいと思ったんだ。こんな狭いところじゃ昼寝をするにも窮屈だしね。僕が「チビ、サバンナに行きたいかい?」と聞くとチビは首を傾げて小さく「ガオ?」と鳴いた。
僕は夜の街をチビと一緒に散歩した。人が見たら驚いたろうけど、真夜中だったから街で歩いているのは僕とチビの二人だけだった。僕たちは公園で一緒に遊んだ。考えてみれば、外でチビと二人で遊んだのははじめてのことだった。
ひとしきり遊んだ後、遊び疲れてベンチに腰かけるとチビも僕のそばに座った。僕はチビにサバンナについて教えてやった。どこまでも草原が広がっていること、仲間がたくさんいること、そして僕とはもう会えないこと・・・。チビは悲しそうな顔をして僕を見つめ、僕もチビを見つめていた。そして、僕たちは涙を一雫ずつ流した。
チビは行ってしまった。僕はお金を貯めている。チビに会いにサバンナに行くためだ。サバンナでイワシを焼くんだ。きっと匂いにつられてチビはやってくる。二人で一緒にごはんを食べるんだ。そして僕が「おいしいかい?」って聞く。チビは満足そうに「ガオー」って鳴くだろう。