遺言書について考えてみよう
イギリスの故ダイアナ元皇太子妃が遺言書を残していたことは有名ですね。欧米諸国では、相続は遺言によるのが原則で、若いときから遺言書を書いておく習慣があるのだそうです。(「遺言をのこしなさい」日本公証人連合会著より)
日本では、明治31年に制定された旧民法において家督相続制度(戸主が死んだら後継の戸主である長男が総ての財産を相続する、その代わり戸主が親や兄弟の面倒をみるという制度)を採用していたことから、遺言で他の者に財産を相続させることはなかったのです。
ところが、日本でも、昭和23年1月1日に施行された新民法において、昭和22年5月3日に施行の新憲法の基本理念である個人の尊厳及び両性の平等に立脚した共同相続制度(人が死んだらその人の所有財産を法定相続人が法定相続分により均分に相続する、その代わり親兄弟の面倒も等しく負うという制度)が採用されました。その結果、遺言が重要視されるようになりました。しかし、それまでの家督相続制度の因習にとらわれて、遺言書を書くことへの戸惑い或いは後ろめたさに支配されてきました。そのため遺言書を書く人は少なく、近年でこそ遺言書を書く人が年々増えてきておりますが、未だに戸惑いや後ろめたさに支配され「書きたいが決断できないで悩んでいる」人が多いのです。
しかし、共同相続制度の「遺産を相続する権利を有する者は、親を扶養する義務も負う。」を無視して、権利のみを主張して親の扶養は長男にという、新民法の良いとこ取りをしようとする者が現れたり、血統主義を採用したことにより嫁には相続権が認められない等の制度上の問題もあったり、などから相続をめぐる争いが近年増加の一途をたどっているのが現実なのです。
相続に関する相談の過程で、私が「遺言書をお作りになったらいかがですか」とお話をすると、ほとんどの方が「子供たちは兄弟仲が良いからその心配はない」という答えが返ってきます。また、親に遺言書を書いておいて欲しいと話しているのだが「そんなもの書く必要ない」と言って書いてくれないで困っているという相談を受けることがあります。
しかし、いざ相続になってみると、仲の良かった兄弟の間で権利主張のぶつかり合いで遺産分割の協議がまとまらずに骨肉の争いに発展してしまうケースが実に多いのです。
なぜでしょうか、相続は、まとまった財産が手に入る一生に一度のチャンスなのです。仲の良い兄弟といえども配偶者がいますし、裕福な家庭や借金に苦しんでいる家庭など様々な家庭環境があります。兄弟は他人の始まりとも言います。民法で認められた権利を主張して、少しでも多くの財産を相続したいと思うのは、皆が普通に考えることなのです。
普段は親の扶養や看護を長男夫婦に任せっぱなしにしておきながら、相続のときだけ、相続の権利を声高に主張する弟や姉妹が1人でもいると、兄弟全員で財産を奪い合うことになってしまうのです。
特に、長男が親より先に亡くなり、子供(長男の代襲相続人)がいない嫁が、老親の面倒を看てきた場合には、悲惨なことになります。民法では嫁には相続権を認めておりません。従って、弟や姉妹が法定相続分を主張した場合、長男の嫁は老親看護の寄与分を主張して僅かな財産を相続して家を出て行かなければならなくなります。親が、生前に「財産の全部(又は一部)を長男の嫁に相続する」旨を指定した遺言書を作成しておけば、長男の嫁はその指定された財産を相続することができるのです。弟や姉妹から遺留分減殺請求が行われたとしても遺言書で指定された財産の2分の1は相続することができるのです。
遺言書は、親が亡くなった後に子供たちが遺産相続を巡って醜く争ったりすることのないように、生前に財産の分配を指定しておく、親から子への思い遣りであり義務でもあると言えるのではないでしょうか。
また、遺言書では、相続権のない他人でありながら、肉親以上に親身になってお世話をしてくれている人や命の恩人などに自分の死後に財産を贈ることもできるのです。これを遺贈といいます。
遺言書は死を前提に書くものだから縁起が悪いものとのイメージを持つ方が多いようですが、遺書と遺言書を混同してしまっているからだと思うのです。
遺書は、自殺など死を覚悟した者が、死に直面してその思いを書き残すものです。遺言書は、万一に備えて、後に残す家族や兄弟達が相続を巡って醜い争いをすることのないように親心を、そして、自分の思いを込めて財産の分配や祭祀を承継する者などの指定をしておくもので、後顧の憂いなく、安心して楽しく人生を過ごすために作成するものなのです。決して後ろめたいものでも縁起が悪いものでもなく、皆から感謝されるものです。
一人でも多くの方が、遺言書の作成を考える上で、この文章を参考にしていただければ幸せです。
私の拙い文章をお読みいただきましたこと感謝申し上げます。
井口紀夫

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普段は親の扶養や看護を長男夫婦に任せっぱなしにしておきながら、相続のときだけ、相続の権利を声高に主張する弟や姉妹が1人でもいると、兄弟全員で財産を奪い合うことになってしまうのです。