李大統領の慶祝辞に関する各紙の<社説・論評>
| 1) 李大統領、やはり「光復」よりは「建国」 (プレシアン) 2) <8.15慶祝辞>前・現大統領の慶祝辞の比較 (聯合ニュース) 3) <社説> 光復節を引き裂いた李明博政府 (ハンギョレ) 4) <社説> 李大統領は、「失敗した6ケ月」を繰り返すのか (京郷新聞) 5) <社説> 先進化の岐路に立った大韓民国、国政の分岐点の大統領 (朝鮮日報) 6) 「どのように」が抜け落ちた慶祝辞には、「光復-建国」論争だけ残り (オーマイニュース) 7) <社説> 葛藤と分裂越えて、先進韓半島時代へ (ソウル新聞) 8) <社説> 8・15慶祝辞にかかる期待と憂慮 (韓国日報) 9) <社説> 民主党、「建国」と「第2建国」はどのように異なっているのか (東亜日報) 10) <社説> 李明博政府新しい出発ための5大国政原則 (文化日報) 1) *************************
[プレシアン 2008-08-15 10:36] 李大統領、やはり「光復」よりは「建国」 「大韓民国建国60年は、成功・発展・奇跡の歴史」 (ソン・ホギュン/記者) 李明博大統領の「光復63年および大韓民国建国60年の慶祝辞」が15日公開された。特に、李大統領は慶祝辞で予想通り「光復」より「建国」を強調して、注目される。建国節論争など、今回の8.15行事に「建国60周年」の意味を努めて重ねてきた保守陣営全般の気流と無関係でないと解釈される。 「光復」は2回、「建国」は9回 「60年前の今日、まさににこの場所で大韓民国政府の樹立が宣言された」と話し始めた李大統領は続いて、「5000年の韓民族の歴史が、臨時政府と光復を経て、大韓民国に継承される瞬間だった」と、「光復」を論じた。 「光復」という単語は、「祖国の光復のために命を捧げた殉国烈士たち」という部分で、もう一度言及されたが、それで終わりだった。李大統領のこの日の慶祝辞で、「建国」という単語が9回も登場したのと対照をなしていた。 「民主化」と「産業化」などの成果を言及した李大統領は、「大韓民国建国60年は、'成功の歴史'、'発展の歴史'、'奇跡の歴史'」と声を高めた。 続いて李大統領は、「私は建国60年を迎えて、国家の独立と領土を保全し、自由民主主義と市場経済を発展させ、国民の福利を増進せよとの憲法の命令を厳粛に受けとめて、その責務を果たすことをもう一度約束する」と言った。 李大統領は、「建国60年、私たちは'自由の価値'を守るために、自由を脅かすあらゆるものと堂々と戦ってきた」とし、「建国60年が基本的自由を得る時間だったとしてら、これからの60年は成熟した自由を具現する時間でなければならない」と言った。そして李大統領は、「その時、はじめて大韓民国の建国は完成されるだろう」と語った。 李大統領は、慶祝辞の末尾でも、「偉大な大韓民国の時代が開かれるだろう」、「建国60年、奇跡の歴史は新しい60年にも続くだろう」と強調した。 最近の日本の「独島の領有権の主張」に関連しても、李大統領は、「私たち自らが富強な国を作るのが先だ」という趣旨の要請を前面に出した。李大統領は、「今から63年前、私たちは日帝の抑圧から独立を勝ち取ったが、私たちが国を奪われたのは何より私たちが自らを守る力がなかったためだ」とし、「このような悲劇の歴史を繰り返さないためには、私たち自ら富強な国を作らなければならない」と語った。 日本政府に向かって、李大統領は、「日本も歴史を直視して、不幸だった過去を現在のものとして繰り返す愚を決して犯してはならないだろう」という迂迴的な「警告」を付け加えた。 「赦免しはしたが…任期の間の不正に寛容はない」 李大統領がこの日慶祝辞でとりわけ強調した国政の3つの目標は、「安全」、「信頼」、「法治」であった。 李大統領は、「何より私たちの社会の安全から確固にする」とし、「食品の安全だけは必ず確保し、国民が食べ物で不安にならないようにする」と語った。そして、「国民一人一人を守る人間安保は、国家安保に劣らず重要だ」とした。 引き続き、李大統領は、「私たちの社会の'信頼'も先進国水準に引きあげなければならない」、「個人間の信頼、法秩序の遵守、政府の透明性、倫理経営と労使関係、これらのあらゆる分野で韓国は現在OECD最低水準だ」と指摘した。 李大統領は、「法治」も確固にする」、「法を犯す行為に対しては、私を含み、誰にも寛容ということはありえないことを、実践で見せる」と言った。特に、最近断行された財閥の総帥などに対する赦免をめぐり、「原則のないコード赦免でないか」という指摘が起きている状況に関連して、李大統領は、「建国60周年の新しい出発と国民統合のために赦免を断行しましたが、これから自分の任期の間に起きる非理と不正に対しては寛容を施さないだろう」と語った。 (以下 要約が続くため省略) 2) *************************** [聯合ニュース 2008-08-15 16:24] <8.15慶祝辞>前・現大統領の慶祝辞の比較 (ソウル=聯合ニュース) チョン・ユンソプ記者= 李明博大統領の8.15慶祝辞は盧武鉉前大統領の慶祝辞と比較すると、色々な面で差を見せており、注目される。 李大統領と盧前大統領はともに8.15の慶祝辞を通して、分裂と対立を終えようと提案したが、歴史観と解決法は異なっている。 李大統領は、就任新年第63周年光復節および建国60年を迎えて、過ぎ去った60年を成功の歴史、発展の歴史、奇跡の歴史と高く評価して、新しい60年のために未来に進もうと力説した。 李大統領は、「消耗的な対立と葛藤で浪費する時間はない」と強調した後、「いまや目を世界へ、未来に向けなければならない」とし、「私たちは皆共に、前に進もう」と提案した。 反面、盧前大統領は在任期間中の8.15慶祝辞を通して、国民的和合と統合を強調しながら、その前提として過去事の問題の正しい整理を解決法として提示した。 盧前大統領は、光復60周年をむかえた2005年の8.15慶祝辞では、親日と抗日、左翼と右翼、独裁時代の抑圧と抵抗などの過去事で分裂の傷を受け継いだとして、「分裂の克服のために、歴史に対する正しい整理と清算がなされるべきだ」と強調した。 李大統領と盧前大統領は、外交・安保・統一問題についても強調点を異にしている。 実用政府と堅固な韓米同盟を標榜している李大統領は、8.15慶祝辞で6者会談と国際協力の進展にともなう、韓半島経済共同体の実現を力説しながら、統一韓国がユーラシア-太平洋時代の中心に立ちうるというビジョンを提示するのに主力を注いだ。 これに比べて盧前大統領は、在任期間中の8.15慶祝辞を通して、駐韓米軍再配置、戦時作戦統制権返還など自主国防論を力説し、国民の政府時代をもたらした6.15南北共同宣言の実践を強調しながら、北核6者会談の解決を繰り返し促した。 しかし、前・現職大統領ともに就任初年度の8.15慶祝辞を通して、大韓民国の未来ビジョンを提示して、国政を安定的に導いていくという意志を表明したという点では差がなかった。 李大統領はこの日の慶祝辞で、新しい60年のビジョンとして「低炭素の緑色成長」を提示し、盧前大統領は2003年慶祝辞で、成長潜在力の拡充、韓米自由貿易協定の締結など東北アジアの経済中心論を打ち出した。 また、金大中元大統領は1998年の光復節の慶祝辞で、参加民主主義の実現、市場経済の完成など「第2の建国運動」を唱え、金泳三元大統領は、1993年の光復節を「新韓国創造の元年であり、民族史の復元の元年だ」と力説した。 3) ************************* [ハンギョレ 2008-08-15 21:47] <社説> 光復節を引き裂いた李明博政府 8月15日は、日本帝国主義から我が民族が国を取り戻した日だ。1945年8月15日には、南韓も北韓もなかったし、ただ解放された韓民族だけがあった。その後、国土が分かれて二つの政府ができ、今日に至っているが、光復節が南と北でともに慶祝する日として残っているのはこういう理由からだ。 光復節は、イデオロギーを超越して、私たちを一つにまとめる統合の礎石の役割をしてきた。ところが、今度は違う。統合よりは分裂の様相が、それも南北間ではなく、私たちの社会内部で激しくなっている。 政府が主催した光復節の行事には、野党が参加しなかった。通りと広場では、「光復節」を記念する市民社会団体の行事と「建国60年」を記念する右翼団体の行事が別に開かれた。 行事の内容と叫ばれるスローガンだけを見ると、同じ祝日を慶祝する行事とは思えないほどだ。統合の象徴が、いつのまにか分裂の種になってしまったようだ。 こうなったのは、李明博政府の責任が非常に大きい。李大統領は、光復節の慶祝辞で「大韓民国建国60年」の成果だけを熱心に強調した。慶祝日の名称を任意に変えるという負担のために、名前だけ「光復63年および建国60年」の行事と呼んだに過ぎず、事実上「建国節」の行事だったのだ。 1948年8月15日の李承晩政府樹立の意義を縮小する理由はない。残念ならが南韓の単独政府樹立だったが、この60年間に成し遂げた目覚ましい成長と発展は、私たち皆自負心を持つに値する。 しかし、だからと言って、光復と分断の意味を無視して、李承晩政府樹立を「国家の誕生」にまで格上げして、政治的意味を付与するのは適切でない。ここには、大韓民国を根元から「保守国家、右翼国家」と規定しようとする過度な理念的執着が底にある。 学界では、現代史をめぐって多様な論争を繰り広げられている。しかし、大統領が直接政府の力を動員して、その論争に飛び込めば、社会は深刻な分裂を避けることができなくなる。 米国でジョージ・ワシントンが歴史上最も立派な大統領に挙げられるのは、彼が最初の大統領だったからではなく、まかり間違えば、独立の過程で分裂しえた国を統合させたということのためだ。 建国かどうかが重要なのではなく、社会と国家の統合がより重要だ。今、李大統領はむだな「建国節」の論争で国を分裂させている。 4) ************************ [京郷新聞 2008-08-16 00:49] <社説> 李大統領は、「失敗した6ケ月」を繰り返すのか 李明博大統領は、昨日63周年8・15光復節の祝辞を通して、「建国60年、奇跡の歴史が新しい夢と出会って、新しい60年にも続くだろう」とし、「偉大な国民、新しい夢」を明らかにした。8・15を契機に、国政運営の動力を取り戻そうとする「大韓民国の新しい出発」宣言だ。 過去60年を、成功の歴史、発展の歴史、奇跡の歴史とし整理した李大統領は、このための核心議題として、安全と信頼、法治、低炭素の緑色成長、生活の質の先進化などを提示した。安全と信頼、法治は、今後の国政運営の基調といえる。 問題は、裏面にかくれている偏見、すなわち「私のせい」ではなく、「君のせい」の認識だ。「公営放送KBS」の受付けとMBCの「PD手帳」捜査、腐敗・不正経済人の大規模赦免において、「MB(ミョンバク)式法治」で法を毀損したのは大統領自身だ。 しかも、ロウソク政局から生じた二度の国民への謝罪をいつそんなことがあったかというように無視して、不信を大きくした大統領ではないのか。国民健康権を米国に譲り渡した牛肉交渉に対して、「やめればよい」という認識で、安全は保障されたのか。 低炭素の緑色成長や生活の質の先進化のスローガンも虚しい。低炭素の緑色成長は、開発・成長第一主義と正反対の「環境」概念だ。いまだ韓半島の大運河を明確に抛棄していないのに、環境を論じる資格はない。 現在5%の水準のエネルギー自主開発率を任期内に18%に押し上げるという決心も、「7%の成長、4%台の物価、7大経済大国入り」を意味する「7・4・7」大統領選挙の公約の無責任さを思い起こさせる。 経済政策は社会安全網の崩壊をもたらす可能性のある減税案が唯一の政権に、生活の質の先進化をどうして期待しうるのか。 祝辞に現れた李大統領の「自分一人(ナフルロ)宣言」は、「光復節63周年および建国60周年」という光復節の認識と合わさって危険に思える。日帝強占期の独立運動を無視して、李承晩を国父と称賛して、朴正煕を産業化の父と褒め称える建国60周年の規定は、いわゆる「ニューライト」が主導する建国節の推進と軌道を一にするからだ。 反共と独裁、成長第一主義の復活がそれだ。南北関係や韓・日関係に対する具体的なビジョンと代案を出すことができないのも、このような流れと無関係ではないだろう。 結論的に、8・15祝辞は既存の枠組みに立った国政運営の強硬ドライブの予告といえる。オリンピック局面を活用した国政のごり押し疑惑もそのような兆候のうちの一つだ。 支持率回復の兆しが、自信の源泉のようだ。しかし、李大統領がさらに注目すべきは点は、相変らず戻らないずっと多くの民心だ。その要諦は、国政の変化の要求だ。李大統領は、微小な支持率の罠にかかって「失敗した6ケ月」を繰り返そうとするのか。 5) ************************ [朝鮮日報 2008-08-15 23:23] <社説> 先進化の岐路に立った大韓民国、国政の分岐点の大統領 李明博大統領が、8・15の慶祝辞を通して、大韓民国の新しい60年に向かう新しい出発を宣言した。大韓民国のこの60年が、産業化と民主化を成し遂げた期間だとしたら、今後の60年は先進化と統一を成し遂げる期間でなければならない。 李大統領は、先進化の精神的土台を「基本」、「安全」、「信頼」、「法治」に選び、先進経済に進むビジョンとして「低炭素の緑色成長」を提示した。 李大統領のこの宣言自体に共感しない人はあまりないだろう。しかし、李大統領が提示した道に、大韓民国が順調に進めるだろうという国民の信頼が確固としていると言えないのも、また事実だ。 李大統領は、「先進化」の旗を掲げて執権した。しかし、就任5ケ月余りの成績表を見ると、先進化ではなく、むしろ先進化を危うくしたというほかない。 多くの国民が大統領に対する支持を撤回し、政権の公約は開始もまともにせずに、龍頭蛇尾となっている。この5ケ月間、国家と社会の「基本」、「安全」、「信頼」、「法治」はむしろより揺れ動いた。 李大統領が国政を充分に展開できるほどの国民の信任を再び得られないなら、大韓民国は先進化に進む道に座り込み、たち再び5年の虚しい歳月を送るほかない。これが、今この時局の核心問題だ。 大統領府側は、「李大統領が初期の無気力症から抜け出して、再び自信を取り戻した」とし、「今から、すべきことを原則にしたがって、揺るぎなくしていく」と言っている。 一部の世論調査で、大統領の国政支持度は30%台に上がったことが明らかになっている。いくつかの肯定的な信号があるのは事実としても、国政安定とういには遠いというほかない。 まさに、この日自由先進党を除いた野党は、政府の光復節公式行事に参加せずに、別に行事を持った。今、私たちの社会の現実は、こういう与・野の対立の次元を越えて、地域的、階層的、理念的、世代的な対決構図が固着しつつある。 この対決構図を解決していけないなら、大統領も新しい出発をすることができずに、大韓民国も先進化に駆けていけない。李大統領は、「分裂ではなく、和合によってのみ目標を達成することができる」と言った。 国民統合は大統領から始まるものだ。大統領は、大きくは人事と政策を通して、小さくは演説の一言と動きの一つ一つで国民統合の意志を国民の胸中に刻んでいかなければならない。「基本」、「安全」、「信頼」、「法治」も、国民統合の土台の上で生きて息をしうるのだ。 李大統領は、「大韓民国の神話はまだ終わっていない」と言った。しかし、今は李大統領が、大韓民国のこの偉大な神話が、まさに自分の時代に終わることもあるという危機意識を持って、悲壮な覚悟をしなければならない時点だ。 6) **************************** [オマイニュース 2008-08-15 15:52] 「どのように」が抜け落ちた慶祝辞には、「光復-建国」論争だけ残り 写真あり http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=100&oid=047&aid=0001945142 写真 ▲ 慶祝辞を読む李明博大統領 (ソウル=聯合ニュース) イ・サンハク記者= 李明博大統領が15日午前景福宮(キョンボククン)で開かれた第63周年光復節および大韓民国建国60周年の慶祝行事に出席し、慶祝辞を語っている。(c)聯合ニュース (ソン・ビョングァン記者) 李明博大統領が初年に行った光復節の慶祝辞をめぐって、「中身がない」という批判が出ている。李大統領としては、最近のKBS事態をはじめとし、「カン・プジャ(江南-不動産-富者)」内閣の論議や米国産牛肉の波紋など多事多難だった6ケ月の国政を整理し、新しい転換点を用意する必要があった。しかし、李大統領はこの日慶祝辞で、今後国政の青写真と戦略を具体的に提示できなかった。 基本・安全・信頼・法治が先進化の4大キーワード? ...真正性には疑問 李大統領の演説には、文字どおり新しいものがなかった。李大統領は、「定炭素の緑色成長」を今後60年を食べていける新しいビジョンの軸として提示し、「親環境の高効率クリーンカー(無公害車)を新しい成長動力産業として重点育成して、任期中に世界4大クリーンカー強国に跳躍させる」と言った。 しかし、「定炭素の緑色成長」は、李大統領がG8拡大首脳会議(7月9日)と国会施政演説(7月11日)などすでに言及したものだ。したがって、で既存のレパートリーを包装しなおしただけで、二番煎じ、三番煎じではないかと批判されるほかない。 また李大統領は、基本・安全・信頼・法治を先進化の4大核心キーワードとして提示した。しかし、安全性が疑われる米国産牛肉を輸入して、不正を犯した財閥総帥たちを無差別赦免した前歴を思えば、このような宣言の真正性(真実味)は落ちる。 金剛山襲撃事件などで南北対話が事実上断絶した状況で、大統領の光復節の慶祝辞で目だった対北提案がなかったことも、南北関係の「不甲斐ない現実」をそののまま示した。 歴代大統領が光復節の慶祝辞に重みのある対北メッセージを投げかけて、南北関係を動かす転機にしたのと比較すると、李大統領の慶祝辞は一層もの足らなさが残る。 ハンナラ党が、「失われた10年」と称して、この時期の二人の大統領が、任期最初の光復節にその後5年を貫く核心課題を提示した後、論難の中でこれを実行したのも、李大統領と比較されるところだ。 金大中元大統領は、政府樹立50周年を記念する1998年光復節の慶祝辞で、長・次官級を代表とする南北常設対話機構の創設と大統領特使の派遣を北韓に提議して、後日の太陽政策の種を撒いた。 盧武鉉前大統領は、2003年光復節慶祝辞で、「私たちの安保をいつまでも駐韓米軍に依存しようとする考えも正しくない」とし、「これから10年以内にわが軍が自主国防の力量を備えうるための土台を準備する」と明らかにしたが、彼の構想は結局「2012年の戦時作戦権の還元」として現実化した。 反面、李大統領の慶祝辞では、これから重点的に推進する課題が何なのかが明確に現れていてい。李大統領が、新しい成長動力産業として提示した「クリーンカー」は、日本やアメリカ、EUがすでに世界3強体制を構築しているので、我が国としてはこれらの間隙で不透明な事業展望を克服することがキーポイントだ。 民主党は、李明博大統領の光復節慶の祝辞をめぐって、「前後のつじつまも合わず、全体性も混乱した内容だ」、「一言で言って、60年代のバラ色選挙の公約を見るようだ」と酷評した。 崔宰誠(チェ・ジェソン)党代弁人は、「李政府が緑色成長を主張する論理的妥当性を備えるためには、二酸化炭素を最も多く輩出するコンクリートに大運河を作るという考えから抛棄すべきだろう」と、大運河の放棄に圧力をかけた。 野党3党は白凡(ペク・ボム)の墓地参拝 ...「建国節推進の企図を挫折させてやる」 写真 ▲ 15日午前ソウル鍾路区のタプコル公園で開かれた「8・15光復節63周年記念国民大会」で参席者たちが、光復節を建国節に変えようとする政府の意図を批判しながら、万歳三唱をしている。 李明博政府が、「光復」より「建国」に傍点をつけた記念行事を推進して、「李承晩 対 金九」という私たちの現代史の繰り返された古い論争がまた触発されたことも指摘すべき問題だ。 李大統領はこの日の慶祝辞で、「大韓民国建国60年は'成功の歴史'、'発展の歴史'、'奇跡の歴史'と評価した。これは、「南韓、北韓がそれぞれ政府を樹立したことが今日の分断につながり、民族のエネルギーが浪費されている」という進歩陣営の評価を一蹴し、南韓の正統性だけを強調した修辞と解されるが、単独政府樹立を選択した李承晩路線に好意的な保守陣営と与党の評価とも一致している。 反面、民主党と民主労働党・創造韓国党の3野党は、政府の建国60周年記念式の出席を拒否して、孝昌(ヒョチャン)公園にある白凡(ペクポム)金九先生の墓地を共同参拝した。3野党の政府記念式への不参加は、院構成交渉決裂に代表される与野党の関係を反映したわけだが、3野党としては「完全な独立は、まさに統一」として、単独政府に参加しなかった金九の路線を積極的に支持するというメッセージを通して、李承晩の「建国」を記念しようとする現政権との対立点を明確にしている。 野党は8・15光復節の名称を建国節に変えようとするハンナラ党の一部の動きにも、不快感を隠さなかった。丁世均(チョン・セギュン)民主党代表は、「8・15は明白に光復節なのに、これを建国節と上乗せしたり、歴史を歪曲しようとする一部の間違った人たちがいる」とし、「光復節を建国節と、歴史を間違って書こうとする企図は明白に挫折させる」と語った。 姜基甲(カン・キガプ)民主労働党代表も、「民族解放節である8・15は、今まで行政府や立法府や国民が、一つの心で喜ぶ祝祭の日であったのに、李政府に入って、別の分裂を持ち込む日になっている」、「李政府は、統一の歴史を否定するだけでなく、むしろ反統一的動きをしている」と非難した。 7) ************************* [ソウル新聞 2008-08-16 03:03] <社説> 葛藤と分裂越えて、先進韓半島時代へ 昨日、私たちは光復第63周年であり、建国60周年の日を迎えた。李明博大統領は、景福宮(キョンボククン)の広場で開かれた記念式で、建国60年の成功神話を土台に先進一流国家を建設しようと言って、国民の参加を訴えた。日帝の圧制から解放されて3年後に政府樹立を宣言したその場所からだ。 その日の感激が漢江の奇跡につながったように、今回の光復節は、偉大な韓民族時代を開く出発点になるべきだろう。 多くの迂余曲折があったが、私たちの現代史は奇跡の歴史であった。米国の余剰農産物で飢餓を被った国が、分断と戦争の廃虚から世界13位の経済大国になった。 かつらくらいしか輸出するものがなかった国が、いまや半導体・携帯電話などの先端製品で世界市場で競争している。これは、国民皆が一緒に作った成功ストーリーではないか。 もちろん、暗くてくすんだ過去もなくはなかった。独裁・権威主義体制の下での人権蹂躙も一度や二度ではなかった。所得と福祉の雪崩れ現象など圧縮成長の陰も大きかった。かと言って、自己卑下に陥る理由はない。 時には後退し、後戻りもしたが、大きな流れでは世界史の大勢と軌道を共にする進歩の大長征だったからだ。第2次世界大戦の終戦以後独立した140余国のうち大韓民国は唯一産業化と民主化に同時に成功した国ではないか。 したがって光復か、建国という昨今の論争自体はためにならないと思う。二つとも、大切に再確認すべき歴史の変曲点だ。独立闘士たちの風餐露宿[苦労]が基となった光復がなかったとすれば、建国はまったく不可能だっただろう。 私たちはすでに光復節を建国節に変えようという一部保守勢力の主張は理屈に合わない説だと指摘した。しかし、また政府樹立がなかったとなら、今日の私たちを想像もすることができないだろう。 来月に政権樹立60周年を迎える北韓の惨状を見よ。飢えに苦しむ住民たちが命をかけて国境を越えているのが現実ではないのか。理念の代わりに、市場を選んだ改革・開放以後の中国とロシアの繁栄はまたどうなのか。自由民主主義と市場経済を国体とした私たちの建国が、正しい選択であったことを逆説的に立証している。 それでも、光復節行事まで保守と進歩に分かれて、半分で行われたのは残念な限りだ。民主党と民主労働党など一部の野党は、昨日の記念式にも参加しなかった。建国か光復かをめぐる非生産的な名分争いのせいならば、遺憾なことだ。 有限の政権には、絶え間ない牽制と批判が必要だが、永久に共に発展させるべき国家共同体の存在価値まで毀損するのは、自制しなければならない。竹はいつも決末をつけて、新しい節を作りながら育つ。大韓民国も、光復63周年であれ、建国60周年であれ、栄誉と恥辱の過去に決末をつてて、新しい時代を開く時だ。 李明博政府から、試験台に上がった。新政府はろうそくデモに見るように、国民との疎通の失敗で、黄金のような執権序盤の半年を虚しく送った。この政権が残った任期中にも、支離滅裂になるようなら、大統領の不運である以前に、国民皆の不幸だ。 それで、私たちは、「定炭素の緑色成長」を未来戦略として再跳躍するという李大統領の決心に注目する。先進化というこの間の漠然としたスローガンの代わりに、具体的な青写真を提示したからだ。 温室ガスを減らして、雇用創出の効果が大きい新再生エネルギー産業を育成しようという趣旨は、歓迎すべきだ。環境保護という文明史的流れと呼吸を共にしながら、先進国入りしようとする発想という意味からだ。 しかし、先進一流国家は政府の意欲だけでなされない。李大統領は漢江の奇跡に続き、「韓半島の奇跡」を起こそうと言ったが、5年単任政権の任期内になしうるのは難しい。国民皆が分裂と葛藤を越えて、再び走り出す出発線に共に立たなければならない。そのためには、南北間対話と協力の再開も緊要だ。韓半島と世界あちこちに散って暮らす韓民族の皆が靴ひもを結び直する時だ。 8) *********************** [韓国日報 2008-08-16 03:12] <社説> 8・15慶祝辞にかかる期待と憂慮 李明博大統領は昨日の「8・15慶慶祝辞」を通じて、歴代のどの大統領とも明確に区別されように、国民の自負心を培う歴史観を表明した。日帝植民地治下から解放された後の63年、特に政府樹立後60年の歴史を「成功と発展、奇跡の歴史」と評価しながら、「建国60年の奇跡の歴史は新しい60年に引き継がれるだろう」と確認した。 合わせて、新しい跳躍のための中心価値として、安全と信頼、法治を打ち出した。反面、光復63周年の意味に対しては、簡単に言及するのに留まり、その指向するところも過去と異なっていた。 李大統領は、「悲劇の歴史を繰り返さないために、私たち自ら富強な国を作らなければならない」と明らかにした。一見すると、「どうしなければ、恥ずかしい歴史を繰り返すことがないのか、新しい決心をしなければならない」という盧武鉉前大統領の慶祝辞と似ている。 しかし、盧前大統領が親日と独裁残滓などの過去事の清算に力点を置いたのと異なり、李大統領は「富強な国」という実用的目標を強調した。李大統領が、就任以後このように断固として自身の歴史認識と国政ビジョンを明らかにしたのは初めてだ。 就任100日が「牛肉波紋」で染入って、信頼の危機を経なければならなかった大統領が、政治的自信を多く回復したことを実感することができる。特に、光復以後の現代史の客観的成果まで否認しようと努める「自虐史観」に対抗して、保守陣営の「自尊史観」を積極的に反映した点は評価に値する。現代史認識をめぐる論争が、北韓との理念・体制の対決とからむほかはなかった過去とは異なり、すでに北韓との対決がどんな意味も持てない状況なの、一層そうだ. しかし、歴史に対する誇りが行き過ぎてはならない。歴史の屈曲と陰を謙虚に省察せずには、未来の健全な発展を約束しがたい。経済成長と発展、自由と人権の伸長などの成果に達する過程に染みついた弾圧と足かせの痕跡を無視したり、隠すのは「自虐史観」とはまた別の次元の歴史歪曲となりうる。 残念なことに、李大統領の慶祝辞はそのような疑惑と批判の素地をきれいに消すことができなかった。社会的論議の過程で否定的な見解が優勢だったのに、なぜあえて「政府樹立」を「建国」に変えなければならず、どうして大韓民国の憲法制定でなく政府樹立が「建国」の出発点なのかが不明だ。 攻勢的国政運営を予告する「法治」の強調も、大いに懸念される。法による支配が国民の基本権保障という憲法理念と一致する法治主義の実質的意味を欠落させた一方的「法治」は、疎通不在の別の形態にすぎない。李大統領が、歴史と国民の前に、一層謙虚な姿勢で国政を導くことを望む。 9) ************************ [東亜日報 2008-08-16 03:18] <社説> 民主党、「建国」と「第2建国」はどのように異なっているのか 昨日は、光復63周年であり、新生大韓民国が政府を樹立して60年を迎える日だった。しかし、民主党は慶祝式の出席を拒否した。8・15は光復節なのに、これを「建国節」に変えて歴史を歪曲しようとする一部勢力の陰謀があるという理由を挙げた。 民主党の丁世均(チョン・セギュン)代表は、「李明博政府は、国論を分裂させるいかなる試みにも同調してはならない」と言った。政府が光復節と「建国60周年」を共に慶祝することによって、歴史歪曲と国論分裂を助けているという主張だ。民主党は代わりに、民主労働党、創造韓国党と共にソウル孝昌(ヒョチャン)公園にある金九先生の墓地を訪れた。 政府が慶祝のキーワードを「光復63周年、建国60周年」と捉えたのは、昨日が毎年迎える光復記念日だっただけでなく、政府樹立60周年を迎える特別な日だったからだ。人で言えば、生まれて還暦を迎える日だ。 8・15を1945年の光復記念日ではなく、1948年の建国記念日に変えて「建国節」に制定しようというのは、まさに何人かの右派人士の極端な主張に過ぎない。 光復節と政府樹立(建国)は離そうとしても離せない関係にある。光復のない建国がどのように可能で、建国のない光復はどんな意味があるのか。 李明博大統領が慶祝式で語ったように、5000年の韓民族の歴史が臨時政府と光復を経て大韓民国に継承された。李大統領は、「大韓民国建国60年は成功の歴史、発展の歴史、奇跡の歴史であった」と評価した後、子孫たちが自慢できる新しい60年を作っていこうと訴えた。 ところで、仮にも第一野党であり、「50年歴史の正統の野党」であることを自負する民主党が、私たちの社会の一部から出てい言葉を口実に、8・15慶祝式の出席を拒否したのは、どんなに良く見ても、名分のないことだ。 遠く遡らなくても、金大中大統領が就任直後に大統領諮問機構として発足した「第2建国委員会」を振り返ってみても、民主党の行動は自家撞着だ。金大統領が強調した「第2建国」も結局、「第1建国」、すなわち政府樹立を前提とした国家改造の運動ではなかったのか。 民主党はむしろ、「光復節 対 建国節」論争を煽って、何か別の政治的ねらいを準備しようとしているのではないかという疑いが持たれる。民主党は、不必要で消耗的な理念闘争に使う力が残っているなら、それを国会正常化と民生に注ぐべきだ。 10) *********************** [文化日報 2008-08-16 08:30] <社説> 李明博政府新しい出発ための5大国政原則 李明博大統領は15日、「光復63年および大韓民国建国60年の慶祝辞」を自負心から始めて、自信感で結んだ。 まず、「大韓民国建国60年は‘成功の歴史’ ‘発展の歴史’ ‘奇跡の歴史’であった」という自負心で左派政権10年にわたって社会の一部を感染させてきた自虐・修正史観を退けて、「神話はまだ終わっていない。偉大な大韓民国の時代が開かれるだろう」という結語で、国民に希望と自信を呼びかけた首尾の和音が目立っている。 最初の8・15慶祝辞だけに、その文脈は6ヶ月前の就任辞に比肩される重さを持つ。6ケ月にわたる乱脈の国政を整理して、「先進一流国家-豊に暮らす国民、暖かい社会、強い国」にを向かって、新しく出発すべき歴史的責務の重量だ。 李大統領と政府がその責務を果たそうとするなら、私たちは8・15以後の国家経営が5大原則に従うべきだと信じる。 第一に、60年前の建国の基本枠組みである自由民主主義と市場経済の原則を毀損・変節させるために蠢動してきた一団の勢力に対して、憲法と国民の自由・福利の大義で対抗すべきだ。 私たちは、慶祝辞の一節、「自由民主主義と市場経済を発展させて、国民の福利を増進しせよとの憲法の命令を厳粛に受け入れて、その責務を全力投球することをもう一度誓う」という約束にまず賛成する。 首都ど真ん中で公権力が不法・狼藉勢力からもてあそばれてきた恥辱に対する国政最高責任者の反省の意志だと思うからだ。政府から自由民主主義と市場経済に対する確信を土台に、公権力を立て直すこともまた李大統領が強調した「基本」に属する。 第二に、慶祝辞の大尾のように、「統一の時代、偉大な韓民族の時代」のをためにも、北核の完全廃棄を含み、原則ある対北関係の枠組みをつかむ必要がある。 李大統領は北朝鮮との全面的対話と経済協力を再催促しながら、「韓半島経済共同体」の実現を強調した。しかし、7・11金剛山蛮行に対して北朝鮮が真相究明・謝罪・再発防止の約束を無視してきた状況で、「遺憾な金剛山襲撃事件にもかかわらず」という前提は、南北関係の未来を再びこじらせる可能性が濃厚な点もまた現実的憂慮になっている。 また、韓米同盟強化、韓日友好協力拡大、中国・ロシアとの関係の深化を通して、安保体制を定着させうる「ユーラシア-太平洋時代」の外交・安保の鋭い洞察力は切実なものだ。 日本の独島領有権の明記に対して直接的批判を自制したことは、日本との関係全般を考慮した成熟した対応として評価する私たちは、李大統領が9月中旬に予定されている韓・中・日首脳会談にも合理的・弾力的でかつ実利的な姿勢を示すことを望む。 第三に、「国民生活の不便をもたらす各種の規制は迅速に解く」という李大統領の決心は、小さな政府の実現、特に公企業民営化の公約の実践の意志で、その真正性を立証しなければならないだろう。 この政府をスタートさせた最大の動力源である規制の廃止と減税の公約は、この間遅々として進まず、さらに公企業の民営化のロードマップは5月以来3ケ月のろうそくデモで方向感覚まで失われているふうだ。 李大統領が新しい60年のための新しいビジョンの軸として提示した「低炭素の緑色成長」を軟着陸させて「水素時代」を先取するためにも、経済の立て直しの元来の公約を守って、経済のファンダメンタルを補強しなければならないだろう。 第四に、政治改革を通して、後進政治の積弊を果敢に手術しなければならないだろう。李大統領が、「信頼がなければ、葛藤が深くなって統合は遠ざかる」と指摘したように、第18代立法府は5月30日の任期の開始以来77日過ぎても、院構成すらできずに、憲政初日を記念する8・15にも「無国会」であった。 野党の民主党・民主労働党・創造韓国党は、政府の主催記念式に参加しもしなかった。執権のハンナラ党は、野党をリードできない政治力の不在に加え、無気力・無能力・無所信で一貫している。先進一流国家に進むためには、政治の先進化がそれだけ至急だ。 第五に、自由民主主義と市場経済の共同、共通のインフラである法治の確立は切実だ。法治を確かにするためには、李大統領が強調したとおり、政府の透明性、社会指導層の率先垂範の風土が先行しなければならないのはもちろんだ。 李大統領就任の半年を前後して、権力型不正腐敗、政治腐敗疑惑が列をなし、李大統領は与野と所属機関を問わず、腐敗と不正、不正の芽を断ち切る格別の措置を断行しなければならないだろう。 私たちは、李大統領の国家経営が8・15前後で変わるべきだと信じ、また期待している。「新しい60年」を開く最初の大統領として、4年半の任期を成功に導くためにも5大原則に忠実であることを望む。 [翻訳 福留範昭] |