1/31(金) 三つ子の魂 百まで
オフィスが入っているビルが法定点検で停電となるため、早めに退社。が、妻から少し遅くなると連絡を受けたので、いつも行っているイタリアンの店に入った。
ピザを注文すると、店長に「もうお仕事は終わったんですか?」と笑顔で聞かれた。あれ、覚えられていたのか。気に入っている店だけに、嬉しい気分になる。その後、運ばれてきたピザをおいしく頂き、食後にコーヒーを注文して本を読んでいたら、その店長に「甘いものはお好きですか?」と聞かれた。「え? ああ、好きです」と答えると、何と店長は「たまにはご馳走しますよ」と言い、ティラミスを持ってきてくれた。私の大好きなデザートである。イタリアンのお店で食べるデザートといえば、まずティラミスなのだ。私は満面の笑顔を浮かべていたに違いない。
店長が皿を置いて去ってからも、自分が笑顔でいることは鏡を見なくともわかった。いかん、子供じゃあるまいし三十路に近づいた既婚男性たるもの、これは嬉しそうにしすぎだ、と思ったその時、ある記憶が頭をよぎった。「あの時と同じだ・・・」
私が小学生の頃、家族みんなで食事にいった。たしか、クリスマスか何かだったような気がする。注文したのに、30分くらいたっても料理が来ない。私は子供ながらも「遅い、遅い」とかなり腹を立てていた。すると、明らかにバイトではない、店長っぽい大人の女性が我々のテーブルに謝りに来た。とても落ち着いた上品な物腰に「大人だ」と感心したが、さっきまで大変ご立腹だった私の心を射抜いたのは次の言葉だった。「お詫びに、何かお飲み物をお持ちしますが・・・」。
母によると、この瞬間、私は非常に嬉しそうに、ニタ〜っと笑みを浮かべたらしい。私も、その時に自分がニタ〜っとしたこと、それをちょっと恥ずかしいと思い、抑えようとしたが抑えられなかったこと、その時に頼んだのがグレープフルーツジュース(通称GFJ)だったことを覚えている。今ではジュースくらい何リットルでも買える金があるが(←誰でも買える)、小学生の飲み物といえば麦茶と牛乳しかなかったため、ジュースは "special"な贅沢品であった。当時の私は「ジュースを梅酒用の小さなコップでちびちび飲むと、たくさん飲んだ気分になる」ことを発見してみんなに広めていたくらいだから、どれだけspecial に思っていたか想像がつくだろう。
「三つ子の魂 百まで」という言葉が頭をよぎる。老人になってからもこんな調子だったら恥ずかしい。ボケたら、子供に戻るって言うからな。食べ物もらってニタ〜っとするような老人にならないか、不安だ。
1/30(木) 寝不足解消
昨日は10時頃には床についた。9時間くらいぐっすりと眠ることができ、今日は仕事もはかどった。やっぱり睡眠は大事だ(特に私の場合)。というわけで、浦和美園行き終電で帰宅。
1/29(水) 寝不足〜
新世界の2楽章、Aの4小節前。残念ながらフルートとは関係ないが、2楽章の中で一番好きかも。本当に素晴らしい。ファゴットがアングレに重なってくるだけで、弦楽器が4分音符で動くだけで、どうしてこんなに感動的なのか。電車の中でスコアを眺めながら、「ここは、どのパートを弾いたとしても、感動するなあ」と思ったが、2nd Violinだけは2分音符で動いている。「俺たちにも4分音符を弾かせてくれ〜」とか思わないだろうか。私なら思ってしまうなあ。
1/28(火) またまたまた打ち合わせ
今日は東急ホ○ムの人に来てもらった。21時に来てもらったから、案の定、終わったのは23時半頃。だいぶ、思い残すところがなくなってきたように感じる。
さあ、あとは各社の見積もりが揃うのを待つのみ! 週末にハウスメーカを決定し、その後、着工までに細かい打ち合わせを繰り返していくことになります。少なくとも、金曜日まではもう他の事を考えて過ごせるかな〜。とにかくさらわねば。
1/27(月) またまた打ち合わせ
住●不動産の人に来てもらい、11時過ぎまで打ち合わせをした。融資の関係で、今週中にハウスメーカを決定して建築請負契約を交わさなくてはならない。かなり駆け込み気味だ。大きな買い物で今後数十年は買い換えができないから不安もつきず、一生懸命考えている。寝ても覚めても家のことばかりで疲労気味だが、踏ん張りどころだ。
この段階に来るとお金の大切さが身に染みる。こうしたい、ああしたいの前に立ちはだかるのが現実的な予算の壁。大した買い物もしたことがなかったから特に節約精神もなく生きてきたが、「ああ、金さえあれば何でもできるんだなあ、貯金は大事だなあ」と思うこの頃。打ち合わせでも、「それはいくらでできるんですか?」が口癖になってしまった。あのアニータが出したCDみたいに「マニーマニーマニー」と歌い出しそうだぞ。
楽器はなかなかさらえないので、通勤時間はほとんどスコアを眺めている。4月の演奏会は「新世界」の1stを吹くことになった。「新世界」といえば、私が自分の小遣いで初めて買ったCDが「新世界」だった。当時、小学生だった。スピーカと自分の位置関係が正3角形になるようにし(←父親が持っていたオーディオ雑誌の影響)、好きなCDやレコードをかけて、音に包まれる幸せを発見した頃だなあ。
新世界で好きなところその1。1楽章の練習番号Cの部分。オーボエとフルートの ユニゾンもいいが、その後に続く弦楽器がさらにいい。ワクワクするというか、不安になるというか、未知のものが待ち受けているというか、うまく表現できないがとにかく好き(陳腐な表現ですみません)。
1/27(日) 貴乃花
睡眠不足の中、午前中に住○不動産の展示場に行き、午後から立川までダイ○ハウスの住宅を見に行き、打ち合わせを済ませ、夜帰ってきた。ふらふら〜。ちょうど「住宅以外のことを考えたい」と思っていたところに、近所の住んでいる妹が遊びに来た。そんな一日。
と、そんな話ばかりでは何なので。
深夜、引退した貴の花が、テレビに出てアナウンサーと対談していた。 ある時期から、彼はテレビで人間らしい表情を出さなくなってしまった。人には わからない苦労もたくさんあったのだろうなと思う。
番組中、過去の映像もたくさん出てきた。
彼がまだ若い頃のインタビューで、「一番負けたくない相手は誰ですか?」と聞 かれ、「自分です。自分に負けたくない」というようなことを言っていたのが印 象的だ。そういう環境で生きていること、自分の力を信じて目標に向かって頑張 っていること、そこで結果を出していることに、素直に尊敬の念がわく。
また、横綱昇進かと思われたとき、「精神的に未熟」という理由で昇進が見送ら れたときの映像が流れていた。なぬー、そんなことがあったのか。ちょっとびっ くり。こういうことを平気で言える年寄りたちは、いったいどういう精神構造を しているのか。じじい、お前らの精神は成熟してるのか!と言いたい。
それにしても、自分と同年代のスポーツ選手が引退するというのは寂しい。 現役として一番輝いている時代が終り、第2の人生を模索する。 スポーツ選手にとって、30歳っていったら、そういう年なんだなあ。
1/25(土) このままでは週報・・・
どうもこんばんは。更新が滞っており、チェックして頂いている方には申し訳ないです。昨日シャワーを浴びながら、「日記2003」とかいう題名をつけておきながら、週末しか更新していなくて恥ずかしいなあ、「週報2003」に改題しようかなあ、と思っていたら、T井君の日記に似たようなことが書いてあって苦笑してしまいました。
今日も、午後から連続して2社、うちに来ました(住○不動産とダイ○ハウス)。ほぼS○Lできめようとおもっていたのに、両社ともアグレッシブな値段を提示してきて、私も揺れてしまいます。S○Lは、最近、経済誌に出たゼネコン特集でも、経営状態が1250社中1100番台のランク付けになっていて、ちょっと気になるんですよねえ。あと、この価格はS○Lでしか出せないだろうと思っていたのに、すごい値引き合戦です。
夜、東○ホームの方が来ます。今日も何もできない上に、考えなければいけないことが多い。今も各社の見積書をチェック中。楽器、さらわないとまずい。
1/24(金) 千と千尋の神隠し
研修終わり。自分で申し込んで受けさせてもらった研修なので、職場には申し訳ないが、「受けなくても良かったかも」というのが正直な感想。
風邪もだいぶ良くなった。やはり、風邪薬をしっかり飲む、部屋を暖かくする、加湿器をつける、首を冷やさない、栄養ドリンクも飲む、が良かったのか。
オフィスには戻らず、帰って「千と千尋の神隠し」をテレビで見た。中学生の頃、ナウシカとかラピュタに感動して何度も見たが、その後の作品はどうもピンと来なかった(そういえば、西村知美が「トトロは何度見ても泣いてしまうんです」と、K山さんみたいなことを言っていた)。
でも、「千と千尋の神隠し」は面白かった〜。独特の世界に浸れました。ちょっとしたことなんだけど、見ている側を楽しく、わくわくさせるような演出がたくさんあった。 とてもよかった。あと、映像を見ていて「本当にいい絵だなあ」と見とれてしまった。外国の人は、アニメであんな絵が描けるなんて思っていないでしょうね。音楽も良かった。映画音楽にしては随分いい感じのオケだなーと思いつつ聴いていたら、新日フィルだった。
1/23(木) びしょぬれ
さっむー。雨が降るとは知らなかった。天王町に着くと、どちらかというと雪。歩いて10分ほどの道のりは、傘なしでも大丈夫であった。
問題は帰り。じゃんじゃん降りだったが、しょうがないので走って帰った。びしょぬれ。このまま電車に乗るのも気がひけるほど濡れてしまったので、駅前で100円のタオルを購入。頭から足、かばんまで拭いた。
オフィスに戻り、仕事。21時半くらいでやめて、そこから昇進試験の論文のイントラネットへの入力。論文は先週末に書き上げていて、「我ながらいいのが書けた」などと思っていた。が、次の日に見直して見ると、いいたいことを羅列しているだけで筋が通っておらず、刺激的な言葉も並んでいるものの話の筋に不必要なものであったり、話を一般化させすぎ(大きすぎ)で、「なんじゃこりゃ」だった。うーん、去年、研究所の人に論文を添削してもらった時のことを思い出すなー。進歩がない。あの時に指摘されたのと同じくらいの問題点があるような気がして、今週は家に帰ってから、ひいこら言いながら直していたのだ。というわけで、まあこれで入力も完了し、一段落。受かってまた給料上がるといいな(仕事内容は全然変わりません)。
1/22(水) 研修1日目
研修で、横浜の天王町へ。朝6時半起床。研修内容はイマイチであった。講師は親切だが、テキストやカリキュラムがイマイチで、効率悪し。そもそも、「研修」は理解する時間を作る、判らないところを手っ取り早く聞く、というために受けるようなものだが・・・。
横浜のオフィスには初めて行ったが、非常に無機質な建物であった。ゲートシティの居心地のよさを再認識した。毎日生活するところだからなー。
夕方に研修が終わってからオフィスに戻り、仕事をしてから帰宅。風邪でふらふらになりながらも、昇進試験用の論文を書く。
1/21(火) またもや風邪
風邪をひいてしまったらしい。またかい!どうやら、私は病弱のようだ。やりたいことができないのは本当にストレスだ。「さらわなきゃ」と思っていたので今日は早く帰るぞと思っていたのだが、早く帰ったもののぐったりとしており、寝るしかなかった。当直で妻も不在。入社してすぐの風邪で懲りていたため、手洗い・うがいを敢行、部屋を十分に暖め、加湿器をつけ、ハイネックのTシャツで首を冷やさないようにして寝た。
1/20(月)
・・・。何をしていたんだろうか。ああ、思い出した。会社で、一緒に仕事をしている他の部署の人とやりとりをしていて、その人に「○塚さん、すごいですねえ。いろいろ教えてください」と大いに感心され、自尊心を満たされた私は、帰ってから嬉々として妻にその話をしたところ、まるで学校であったことを嬉しそうに話す小学生を見るような目で笑われた。ということがあった。
1/19(日) 東○ホーム見学
○急ホームの展示場と実際に建てた家を見学しました。あざみ野まで行ってきた。やっぱり、いろいろ見ると参考になる。が、疲れた。。。
1/18(土) ハウスメーカー2社来る
S○Lとダ○ワハウスがうちに来た。もうほとんどS○Lに頼もうと思っていたのだが、相見積もりをとらずに購入するのは愚と思い、他社にもとりあえず声をかけてみたのでした。
1/17(金) 阪神大震災から8年
定食屋にあった新聞の見出しで、今日が阪神大震災から8年目の日だということを知った。
当時、私はまだ大学3年生だった。その日は学生時代の私にしては珍しく、8時半頃に目が覚めた(いつもは10時ごろ)。ロフトの梯子をノコノコ降りてきてテレビをつけると、ヘリコプターからの映像が映っている。よく見ると、高架の高速道路がなぎ倒されたような形で横たわっているではないか。「!?」 字幕から阪神地区で大地震が起こったことを知った私の頭に、すぐに甲子園の祖母の家が思い浮かんだ。戦前から建っていた、古い木造の家だった。コンクリートの高架が倒れてしまうような地震に、あの家が耐えられるとは思えない。私はすぐに、先に事態を把握しているであろう横須賀の実家に電話した。実家からは、もう何度も甲子園に電話をかけているらしいが、つながらないらしい。
10時か11時ごろだっただろうか、祖母から実家に電話が来た。家は半壊したけれど、祖母は無事だった。もし家が無事だったとしても、祖母が寝ていた部屋には大きなタンスがあり、それが心配だったのだが、タンスと天井の隙間にいろいろ物を詰め込んでいたため、倒れてこなかったたらしい。祖母の身が無事であれば、祖母の家のお向かいには親戚も住んでいるし、まずは一安心であった(斜め向かいの親戚の家はぺしゃんこに全壊したが、運良くがれきの下から這い上がることができ、無事だったらしい)。
父は会社を休み、その日のうちに車で甲子園に向かい、めちゃくちゃになった家の中から荷物を運び出し、祖母を連れて帰ってきた。家を失った祖母は落ち込んでおり、気を紛らわすためか、毎日毎日、実家の庭でとれた甘夏を使ってマーマレードを作り続けた。その後、六甲山の温泉病院に長期入院していた祖父の世話もあるので、祖母は大阪の家に引っ越した。
もう、祖父も祖母も他界してしまった。ちょうど昨日、祖父や祖母のことを思い出したばかりだったんだけど、そうか。震災は8年前だったのか。甲子園の家にあった神棚は実家にあり、先祖とともに、祖父、祖母の位牌が並んでいる。あの時は学生だった私も、今では社会人になって結婚もしているし、我が家にもたくさんのできごとがあった。当時が、とても遠い昔のことに感じられた。
1/14(火) どきどきの多い生活
今日は当直で妻が不在。最近、住宅購入のせいか落ち着かない日々が続く。おとといの「契約当日値引き交渉」もどきどきしたし、昨日はハウスメーカーの人がアポなしで3社も訪れ、しかもそのうちの1社の人が生理的に受け付けない気持悪い人で非常に不愉快であった。で、今日もいろいろあった。
まず一つ目のどきどきと言えば、今の仕事。勉強不足で、まだ見通しが利かない状態。しかも、他の仕事が急に忙しくなっていて、勉強も進まない。仕事の合間を見つけ、勉強を進める。勉強が進めば進むほど、どきどき感は自信に代わる(という予定・・・)。
二つ目のどきどきは、住宅ローン。いま在籍している会社は、銀行を子会社に持っている。そこの住宅ローンには社員割引があり、利率が他にないくらいに低いので、ぜひ利用したい。利率の違いで、月々の支払いが2、3万円の単位で変わるのだ。これはでかい! というわけで、融資の審査が通るか、どきどき。
三つ目のどきどきは、今日一番のどきどき。全ての中途社員は、最初の3ヶ月は試用期間。11月入社の私は、今月末までが試用期間である。試用期間を無事に乗り越えれば、本採用となる。夕方、4mほど離れたところに座っている上司からメールが来た。中身は1行だけ。「話があるので、18時から15分ほど時間をとれますか?」。返事を書いた。「な、何のお話でしょうか?」少し経って返事が来た。「人事の話です」
「3ヶ月働いてもらいましたが、仕事と無関係なネットサーフィンもしばしばしているし、休憩時間が終わっても気づかずにしばらく寝ていることもありますね。困るんですよ。そういうのは。勤務は今月限りということで、次の就職先を探し始めてください。」「そ、そんな殺生な・・・」 てな展開だったら困るなーと妄想が膨らみ、ドキドキしていたが、実際は昇進試験を受けなさいという話だった。「査定を上げるより手っ取りばやいから」とのこと。いやー、いい日だ。
四つ目のどきどきは、帰りの電車の中。私はすぐにお腹をこわすことで有名だが、帰りの電車の中で、腹痛が起きそうで起きないという微妙な状態で過ごした。「頼むから腹痛よ、来ないでくれ」と思っているうちに、無事に家までたどり着いた。
「お腹をこわす人」論については、また話があるのだが、今日はこの辺で。
1/12(日) 土地の契約、I藤Jr.誕生、などなど
早朝、不動産屋に「50万円ひいて〜」FAXを送った。契約当日の朝だし、むこうも書類の準備を済ませているであろうし、「そんな、とても無理です」とか「困ります」とか言われるんじゃないかと思い、ちょっとどきどき。しかし、一生に一度の買い物にそんな遠慮は無用。とはいえ、担当の方は、地主と自分の上司に交渉する必要があるから、言いやすい理由と実現可能性のある金額を考えてあげることが必要だ。そこんところ、昨日布団の中でうんうん考えたものを文面に表しておいた。
すると電話がかかってきて、「交渉して見ます」とのこと。シャワーを浴びて出てきた頃に、再度電話が来て、「OKになりました」。ひゃっほー。言ってみるものだなー。
というわけで、気持ちよく契約に向かった。
重要事項の説明を受け、署名をし、ハンコを捺して契約を終えた。なんだかんだで、数時間かかる。その後、不動産屋の所長が挨拶に出てきた。私の担当者の方は仕事振りが的確だった上に、今日値引き交渉もしてもらってさらに満足度が高まったため、「○○さんの仕事振りは本当に素晴らしいです」と褒めておいた。ふと、こうやってお客さんの満足度を高め、ファンにしてしまえばそのお客さんが次のお客さんを呼んでくれるんだろうなと、思った。
契約を終えると、もう夜。すっかり暗くなっていた。今日はT角さんとU田のコンサートだったんだよなあ。今ごろ開演しているはず。三浦半島の付け根にいるので、もう間に合わない。土地を押さえておける締め切りが今日までだったので、行けなくなってしまったのだった。もう4年以上も一緒に吹いている人だけに、聴きたかったなあ。
その後、I藤の赤ちゃんを見に新丸子の産婦人科へ向かう。そう、親友 I藤の息子が1月9日に誕生したのだ。

私も抱っこさせてもらった。かわいいなあ。手とか、足とか、めちゃくちゃ小さいのにちゃんとその形をしている。顔は奥さんのCSちゃん似かなー。これからも遊びに来よっと。
その後、我々夫婦とI藤の3人で焼肉屋へ。奥さんが産婦人科に入院中のI藤は、家に帰っても一人だと言うので、もう一人Eちゃんを電話で呼び出し、我が家に移動して飲むことにした。H川も呼んだのだが、何と明日仕事とのこと。残念!また誘うぞ。
結局、私も自宅ということで酒を飲み、深夜2時半ごろ、猛烈に眠くなって就寝。かつてはブルーメンでよく徹夜で飲んだのに、今は徹夜は難しいなあ。年かなあ。
1/11(土) ハウスメーカーとの打ち合わせ
だった。営業の方と設計の方に、我が家まで来ていただいた。19時ごろから話し始めて、終わったのは23時半を過ぎていた。ふぅー、疲れた。でも、それぞれ、横須賀、厚木に住んでいらっしゃる方だったから、あちらはもっと大変。ご苦労さまだ。
今週は、インターネット上から資料請求をしておいたハウスメーカー数十社から毎日のように到着するカタログに目を通し、「!」と思ったページには付箋を貼り、住宅関係の雑誌などにも目を通した。こうしているうちに、おぼろげながらイメージがつかめてきたので、現時点での要望をリストにまとめ、あらかじめメールで送っておいた。この作業があったから、今週は仕事が終わって帰宅しても仕事が終わった気がせず、落ち着かない感じ。楽しんでやりましたけどね。
それにしても、住宅の値段は青天井。いいものは高い。むこうも商売上手で、「周囲の環境を考えると、外壁のタイルは云々」とか、「寝室のバルコニーは、インナーバルコニーにしてこれくらいの幅を確保すると、部屋に広がり感が出ます」などと提案してくる。しかも、決して押し付けがましくはなく、「本当にそのほうがいい家になって、後で後悔されないと思います」的な雰囲気で勧めてくるのだ。確かに提案は的確で魅力的だから、「うんうん、確かに」とか「いやー、いいですねえ」などとこちらも乗せられてしまう。自分が住もうと思っている家がどんどん魅力的になっていくから、このやりとりはかなり楽しいのだ。しかし、「うんうん」といって全部積み重ねていくと、とても手の出ない金額になる。そして、いいと思ってしまったものを削っていくのは後ろ髪がひかれる。困ったなー。でも、削るしかありません。
要望をかなり明確にして伝えておいたおかげか先方の準備も万端で、今日の打ち合わせの実りは大きかった。かなり満足の行く、「こういう家に住みたい!」と思える間取りができあがったが、問題は金額。いろいろ削っても予算をオーバーしていた。この時点で、「ああ、もっと土地を値切っておけば良かった」と後悔する。売り出されてすぐの土地で、すぐに売れそうな魅力的な土地だったから、引き出せた値引き額はわずか100万円。現在、この100万円引きの値段で購入する意思表明をして土地を押さえてある。明日は契約。
「ダメ元で、値引き交渉だ」と決意。布団に入りながら、どうすれば値引いてもらえるかをうんうん考える。
1/10(金)
休みボケも一段落、次のプロジェクトが本格的に始動してきた。あちこちに口を出しているうちに、気がついたら仕事がめちゃくちゃ増えていた。あ、水曜日の日記には「仕事がそんなに忙しくない」と書いてありますね。おとといまでは、5つくらいある仕事のどれもが本格的に始動していなかったのですが、とうとう動き始めたのです。
仕事の初期が結構好き。前の会社でも、次期製品のための検討期間が一番楽しかった。泥臭い作業が満載の「設計」という仕事の中で、一番クリエイティブなフェイズといえよう。さまざまな可能性に考えをめぐらせ、検討のための試行を繰り返し、方向性を決めていく。技術的な議論が一番起こるのも、このフェイズ。今回、一緒に仕事をする人たちは幸いにもプロ意識を持った人たちが多くて、話をしていて気持ちがいい。自然と生まれる信頼感。
懸念は、全く予備知識のない仕事がひとつあること。しかも、聞ける人がいない。ちょっと不安。しかも来週、そのミーティングがある。一応、年末から年始にかけて一応勉強したんだけど、まだあやふやであることは自分でもわかる。どきどき。
それにしても、今日が金曜だと知ってショック。木曜だと思っていたのに。一日損した気分だぜ。
1/8(水) とうとう購入か
特に予定変更がなければ、今週末に土地の契約がある。人生最大の買い物。背負ったことのないような巨額のローンがのしかかる。うきゃー。年明けから仕事はそんなに忙しくないが、プライベートのほうはマイホーム購入の準備で、かなりあわただしい。会社で使える制度がないか調べたり、銀行審査のために提出する書類をそろえたり、不動産会社と契約についての打ち合わせをしたり、ハウスメーカーと間取り・設備・値段の話をしたりと、なかなか休まらない。
でも、どんな間取りにしようか、どんな設備にしようか、考えるのはとても楽しい(それ以外の作業は別に楽しくない)。正月の間に、Web上でハウスメーカー40社ほどに資料請求しておいたため、毎日のように資料が届く。これを眺めて研究するのが、つかの間の喜び。予算は限られているから、十分研究せねば。
1/5(日) 猪木ボンバイエ
すごい視聴率だったそうな。見たかったなあ(←両親にも妹にも妻にも見たくないといわれ、チャンネル争奪戦で孤立無援)。かろうじて、佐竹が吉田に秒殺されるところだけは見た。佐竹の体はぶよぶよだった。
1/4(土) 正月も終わり・・・
昨日、実家から帰ってきました。みなさま、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしゅう。年賀状をくれた方、ありがとうございました。楽しく読ませていただきました。初詣では、「僕の周りの人たちが幸せになりますように」と拝んできましたよん(自分達の幸せも拝んできましたが)。
年末年始は、マイホームのことばかり考えていました。実家に帰る前日に「年明けに○○のマンションを買うよ(←決意していた)」と親に電話しておいたのですが、実家にたどり着くと「一戸建てにしたら」と言われ、既に親がインターネットで、いくつか物件を探し出してくれていました。少し郊外で駅からも遠いところに一戸建てを建てるか、それとも、職場に40分のところにマンションを買うか。うーむ。
大学に入って一人暮らしを初めて以来、だいたい駅まで数分のところに住んできたので「駅近」は当たり前だと思っていたのですが、考えてみれば実家にいた頃は車での移動が当たり前だったし、それでも生活できていました。ライフスタイルの違いですね。今は都会のど真ん中に住んでいて、どこに行くのにも本当に便利なのですが、別に都会が好きなわけでは全然ないから(混雑が嫌い)、本当は気が向いた時に軽くハイキングできる場所があるとか、海に行けるとか、そういうところがいいのだなという気がしてきました。
あと、都心の物件はめちゃくちゃ高い! 本当は、職場のある港区にも30分で行けて、近所に自然が豊富で、予算内で50坪以上の土地と40坪程度の延べ床面積の一戸建てが買えるといいのですが、庶民の私には無理でございます。そうすると、自分の価値観で何が大事なのか、優先順位をつけなくてはなりません。そう思ったときに、やっぱり少しくらい遠くても、広くて、ささやかながらも庭があって、自然がそばにある家がいいなあと思いました。通勤は毎日のことだから、生活の質に影響してきますが、気軽にタクシーを使うとか、スクーターを使うとか考えています(不動産の価格の差はタクシー代のオーダーではありません)
というわけで、気持は一戸建てに固まってしまい、マンションのほうは、断りの電話を入れました。実は、今日も土地を探しに行ってきて、けっこういいのがありました。明日は妻を連れてもう一度行ってきます。
この年末年始で相当な情報に目を通しましたが、インターネットがなかったらどれだけの時間がかかっただろうかと思うと、気が遠くなります。実際の物件は自分の目で確かめる必要がありますが、それ以前の情報については、ほとんど家にいながら調べられる。本当に、便利な時代です。