2/28(金) 妻の実家に向かう
研修終了後、諏訪へ(妻の実家)。ご両親はいつも暖かく迎えてくれて、非常にくつろいでしまう。最近、寝不足であったにもかかわらず、深夜まで話がはずんで眠くない。12時過ぎに就寝。
2/27(木)
新横浜での研修2日目。
研修を受けている人で、際立って英語のできる人がいる。
聞いてみると、一度SON●を辞めてニューヨークのP社に就職し、2年働いてまたSON●に再就職したそうだ。「何でP社に行こうと思ったんですか?」と聞いたら、「英語をものにするため」と言っていた。「絶対、重宝されるから」。そのために渡米前から勉強していたそうだ。聞くところによると、実際に彼はめちゃくちゃ重宝されているらしい。えらすぎる(確かに、日本のエンジニア集団といえば、英語ができない人の宝庫なのだ)。もしこの話を「結婚もしていなくて家も買っていない状態」で聞いたら、私も本気で渡米の準備を始めたかも知れない(←影響されやすい)。
英会話で難しいことのひとつに、疑問を解消するためのやりとりがある。頭の中が整理されている場合は、いくつかのポイントを聞くだけでいい。質問したいことが明確だから、それはそんなに難しくないと思う。問題は自分の理解がとても曖昧なときで、頭のなかでモヤモヤしていることを、考えながら話すことができるかどうかが鍵になる。
こういうときは、日本語でもなかなか適切な表現が思い浮かばず、ちゃんとした文の形で話すことは難しい。それを英語でやるのだから、もう大変である。ふと頭に浮かんだことをすぐに英語にできないとダメだ。
ところがその彼は、それがちゃんとできている。曖昧なところまで含めて、相手に伝えたいことが伝わっていて、会話がスムースに成立している。あなたなら、世界中で働けるでしょうという感じだ(世界中に面白い仕事があるかどうかは別だが)。英語、勉強しなきゃと思うことは最近なかったが、ああいうのを見せられると刺激になるし、自分も頑張れば何とかなる気がしてくる。
研修後、一緒に研修を受けていたYさんとその場で仕事の打ち合わせ。気が付いたら2時間以上経っていた。「もう家に直接帰ります」というYさんと別れて、私は大崎のオフィスへ。
昨日のHさん、今日のYさんは、二人とも私と年齢が一緒くらいだ。しかも、頭もいいし、意気投合している。「会社の魅力」を考えたとき、同じ年代に彼らのような「同士」と思える人を見つけられるかどうかで、 その会社の魅力が全く違ってくると思う。私は、いまとても幸せで、彼らと一緒に、いい仕事をしようという思いで一杯だ。技術者としての、青春時代その2(その1はN●C時代のプロジェクト)がスタートだ。
オフィスに顔を出すと、上司からいろいろ相談を受け、気が付いたら11時半。自分の仕事をそれから始め、とうとう終電を逃す。午前2時をまわり、会社から家までタクシーで帰るはめに。5000円くらいだったが、タクシー代って会社から出るのかなあ。
2/26(水)
研修初日@新横浜(新横浜は、半導体関係の会社が集まっている地域の一つである)。講師はフランス人(女性)。良く耳にするアメリカ人の英語と違うので、最初は聞き取りづらいなーと思っていたが、慣れるとフランス訛も素敵に聞こえる。
もう一人の講師はイギリス人(男性)。イギリス人の英語もあまり聞く機会がなくて最初は聞き取りづらかった。プラハで世話になったK原君(イギリス留学経験があって、話す英語がイギリスっぽい)を思い出した。
一緒に仕事をしている他部門の人(Yさん)と研修を受けているのだが、昼休みに仕事の悩みやプライベートの話などで盛り上がり、仲よくなった。
夕方、研修を抜け出し、会議のために品川に向かう。
少し前に「仕事がいまいちつまらない」みたいなことを書いたが、状況は一変していて、(私としては)とても大きな仕事を委せてもらい、つまるとかつまらないとか言っている場合ではなくなってしまった。みなぎるやる気と、若干の不安。
会議の後、一緒に仕事をしているHさんを含む設計者の人たちと話を詰めているうちに遅くなる。午前様。今日は本当にくたくたになったが、「T井君(←ブルーメン後輩)の多忙さに比べればまだ甘い」と思うことにした。
久々に体重を量ると、以前日記に「ぽよん」と書いたときに比べ、何と4キロも減っていた。おお? このまま行くと、60Kgを切ってしまうぞ。それもいかん。
2/22(土) 練習
熟睡。午前中寝て、午後昼寝して、起きてシャワーを浴びたらもう17時40分。練習は18時から。電車に乗って駆け足になるのも嫌だし、音出しもしたかったので、タクシーを使ってしまった。
タクトダウンは18時30分からだったので、30分ほど練習することができた。これは大きい。廊下で音を出していたら、チェロを立って弾いている人がいる。会釈して通り過ぎようと思ったら、知っている人だった。SS木の結婚式の2次会で一緒に合奏したE田君だ。音出しからして上手いと思った。ブルーメンに来たのだね。よろしく〜っ(これ読んでないと思うけど)。
練習は、くるみ割りと軽騎兵が延びて、新世界が30分ほどになってしまった。各楽章、飛ばす。第2楽章、主役のU田の出番があれだけだった(←スカッて音が出なかった)のは気の毒だ。「かなしいよー」と本人談。まあウケは十分とっていたということでよしとしなさい。
練習後、飲み会。警部N田の「もだえ苦しんでいる」という衝撃の告白を受け、「ならば動け」と指導。私が方々に声をかけた結果、KK田氏の計らいでG(ドイツ語読み)大と合コンすることが決定した。うむ。今日はこれで一日一善をクリアだぜ(←だんだんオヤジ化している俺)。
2/21(金) トラブル 夜明け〜
途中、1時間ほど仮眠をとったが、作業をしているうちに夜が明けた。ブラインドを開けると、ビルが朝日に照らされていて、いかにも「朝〜」って感じだ。外の景色のさわやかさとは裏腹に、まだ修正策は確定していない。が、「いけそう」という手ごたえはあったため、作業続行。
9時半頃、出社してきた人が手伝ってくれ始めた。ある人が音頭をとり、他の方法で並行して検討するべく、みんなに仕事を割り振って動いてくれたのだ。こういうのはうれしい。感動した。
10時ごろ、私が「これだ」と思った修正策を試す。結果は×。なぬ〜! 「これでダメだったらもうわからん」と思っていた策だけに、困った。
結局、新しい案も出てこない。2時ごろまでには修正方針も伝えなければならない。うーん、困った。
まさに2時前ごろ、ふと、後輩君に、さきほどの私の修正案をもう一度ツールにかけてもらった。すると「通りましたよ」。!! 結果が「×」と思ったのは私の超勘違いだったのだ。修正しなければならない箇所は6箇所あったのだが、全て似たような回路だったので、まずは1箇所だけ直していた。つまり、ツールがエラーメッセージを5個表示するのが正しいのだが、私および担当者2人はエラーメッセージが「5個も表示された」と思ってしまったのだ。く〜、俺らはアホか。痛恨。だが、よかった。よし、いけるぞ。残りの5箇所を見つけて同様の修正を加えてもらうようにお願いし、私は外との調整に徹する。
「進捗を報告してください」とメールが入る。CCに入っている面子を見ると、プレジデントとか部門長とか、部長以上の重役ばかりだ。少しびびりながらも返信。
次に、後工程の担当者たちが、ぞろぞろと状況説明を聞きに来た。そう、明日休日出勤しなければならないのは彼らなのだ。こまごまとしたことを決めた。全く眠くないし、頭も働く。
思ったよりも作業がどんどん進み、何と夕方には全てのデータが揃った。みんな素晴らしい働き!7時半頃、無事にデータをリリースし、あちこちにメールを書き、徹夜で頑張った人と「お疲れさまでした」と挨拶を交わして帰路に着く。
達成感を感じつつも、急に眠くなり、昨日決意した靴購入もできず、電車で熟睡。あやうく寝過ごすところだった。
これを書きながら、ひとつ後工程部隊に言い忘れていたことを思い出したのだが、後輩君がちゃんと処理してくれるだろう。達成感を感じながらも、「何か、やらかしていないか」も少し心配。月曜の出社時がどきどきするなー。
2/20(木) その2(トラブル)
散々な朝だったが、もっと大きな事件はこのあと待っていた。16時ごろ、もうすぐテープアウト(試作を開始するために設計データを工場に送信すること)という製品に不具合発覚。上司も、その製品のプロジェクトリーダーも台湾出張で不在。私はその次の製品を担当していたのだが、仕切れる人がいなかったので、台湾にいる上司からの電話により、私が仕切ることになった。
この段階で修正するためには、回路を直接見て修正策を検討する必要がある。ほとんどのLSIの設計においては、C言語に似た言語で回路の動作を記述し、コンピュータがその記述を読んで回路に落とし込む。今回の設計もそうだったので、コンピュータが生成した膨大な回路情報から該当箇所を特定して、どうやれば正常動作するように直せるかを検討しなくてはならない。
それから、回路を修正するということは、その後工程をやり直さなくてはならない。テープアウトまでの日程から逆算して、いつまでに修正策を決め、修正作業をし、修正結果を後工程の担当部隊にリリースするかの日程を決めなくてはならない。当然、後工程の担当部隊との調整作業が必要である。もうひとつ別の修正作業が並行して進んでいたことが、事態を余計にややこしくしていた。
どうやら、明日中に修正済みのデータを後工程の部隊にリリースしなくてはならないようだ。まあ、担当者が2人いるから、任せれば大丈夫かなと思っていたのだが、2人とも、どうやらこういう事態は初体験の模様。私も作業に参加することにした。思ったよりも複雑な回路をツールが出力しており、3人で徹夜決定。
2/20(木) その1(朝)
朝の番組で見た占いは、やや悪。悪いことは家を出てすぐに起こった。
今日は珍しく、朝のジョギングをすることなく、歩いて駅に向かっていた。しかし、改札の電光掲示板で「もうすぐ出発しそうな電車」を見つけたので走った。ホームにたどり着き、開いているドアがすぐそこに見え、「お、ぎりぎりセーフ♪」と思った瞬間・・・
滑って転んだ・・・
滑って転んだ・・・
「大丈夫ですかっ!?」 見知らぬ美女が駆け寄り、私の手を握る。
んなわけはない。
目の前で閉まるドア。無情だ。いや、早く閉まってくれて良かったのかもしれない。哀れむ乗客の視線をさえぎるために。
子供の頃はいつも膝小僧にかさぶたがあった私も、この年になると、転ぶということはあまりない。なぜ転んだのか。私は靴の裏を見た。つるつる。買ったときには逞しく彫りこまれていた溝たちが、すっかり減ってなくなっている。
私は決意した。「靴を買い換えよう」と。
(っつーか、駆け込み乗車を止めるべき)。
2/19(水)
一人でお店で食事をとるとき、しかも本を持ってくるのを忘れてしまったときには、手持ちぶさたなのでぼーっと考えごとをする(もしくはただぼーっとしている)。それもしないときには、となりの人の会話をコッソリ聞いている(←いやらし〜)。
今日の隣りの人たちの会話。
部下 「最近、風邪で休んでいる人多いっすよねえ。-(中略)- でも病院に言って『風邪です』って言っちゃいけないらしいっすよ。」
上司 「なんで?」
部下 「患者にそう言われちゃうと、医者が言うことがなくなっちゃうんですって。『喉が痛いんです』とか『鼻水が出るんです』って患者が言って、医者が『ああ、それは風邪ですね』って言いたいのに、先に患者に言われてしまうとコケちゃうらしいですよ。」
上司 「ふーん(あまり面白そうにしていない)。」
私 「はっはっは(ややウケ)」
帰ってからココリコSPを見たのだが、とても面白かった。特に妄想系男のバレンタインデーが面白かった。妄想自体も面白かったが、仕事中にも関わらず上司がすぐに「できてんじゃないの〜キスしちゃえよ〜、そーれくっちびるっ くっちびるっ」とやり始めるのが気に入った。それにすぐに同調する職場の人たちも楽しいぞ。
そーれ、くっちびるっ くっちびるっ (←気に入った)
2/18(火)
用事があって渋谷に行った。道玄坂方面は、マークシティの4Fから出るととても便利だ(←最近知った)。駅前〜ビックカメラの前を抜けるまでの、うんざりするような混雑を避けることができるのが素晴らしい。
それにしても、仕事が微妙に暇になってきた。先月まで楽しい気がしていたが、ここ1、2週間は何だかつまらない。転職してから勢いで来てしまったが、新しい環境に対する目新しさがなくなって、よくよくこの3ヶ月間を振り返ると、貢献はできたと思っているが、特に自分がどうなったという手応えがない。今後のこと、少し腰を据えて考えよう。
早く帰宅したので、超pp(のつもり)で楽器の練習(マンションなので・・・)。これが意外にいい練習になることを発見。つまり、平日に少しでもさらいになる時間を確保できるということだ。うーん、これはいい。
2/17(月)
今日は(も)遅刻しそうになって、駅まで走った。毎朝、走っているときに「どうしていつも走っているのか」と自問自答する。自分自身にこのような問いかけを毎朝、決まった時刻に行っていることを考えると、私はとても内省的な人間なのだなと思う。
「朝、いつも走らなければならない」のも私の持病の一つと言えよう。以前書いた持病(食後に布団が恋しくなる)に引き続き、中学生の時に発症して以来、治っていない。しかし、ゴルフの日の朝などには決して症状がでないのが不思議である。例によって、西洋医学をたしなむ妻に治療方法を聞いてみようかと思ったが、妻も頻繁に走っているので、聞くだけ無駄である。西洋医学の限界を感じる。
というか、もしかして西洋人はこのような病気を持たないのか!?
2/16(日) 初 全奏
であった。暖かい日が増えてきたなと思っていたところに雪が降った。教育センターで演奏しながら、粒の大きな雪が窓の外に見えたときには「交通マヒの恐れ→飲み会が中止か」と心配したが、雪が止んでよかったよかった。
肝心の練習だが、楽しかったところあり(主にくるみ割り)、「やばいぜ」というところあり(主に新世界)。気分が盛り上がってきました。さらいたくてしょうない状態中。
飲み会では、M田君のバレンタインデー追及、M浦さんの独り暮らし計画にO本さんとともに突っ込みを入れるなどをした。夕方に練習が終わると、飲み会も無理がなくてよろしいですね。
2/15(土) 関係ないけど
今日、江戸川橋の駅に時間差通勤を勧めるポスターが貼ってあった。以前は「オフピーク」などと言っていた気がするが、そこには何と「ずれ勤」と書いてあった。みなさん、「ずれきん」と聞いて 何を想像しますか。私はあるものがずれているところを想像しましたよ。それが何かは言えませんが。
2/15(土) 初 管分奏
であった。今回の曲は、どれもT大オケ時代に音楽教室で取り上げたことのある曲。吹いていると、当時を思い出す。例えば、花のワルツは駒場祭のアンコールでやった。当時私が吹いたのはピッコロだったが、「レレ#ミーラ」と旋律を吹くところ、あそこはpで優雅に入るところだからアタックに気を遣って遅れがちになる。案の定、M田君もやりにくそうにしていた。他の楽器の人には、何で難しいの?といわれそうなところだが、簡単ではないのだ。
花のワルツは大好き。しかし、名前が恥ずかしい。音楽をやっている友達は別として、私の友達にもし「花のワルツが好き」と言ってみたら、かなりの確率で笑われそうである。だいたい、「ワルツ」という言葉自体が、一般市民には優雅すぎる。そこに「花の」なんてついてしまうわけだから、そこから想像されるのは、バラの花を口にくわえた少女漫画の主人公って感じだ。しかし、あの曲は線の細い「優雅」なワルツではなく、もっと躍動感に満ちたエネルギッシュなワルツなのだ。そういうところが好きなのだ。
今日はT湖さんの分奏が素晴らしかったが、アラビアの踊りで指揮をしながら「もっと下品に〜、もっと下品に〜」と言っていたのが印象的だ。
分奏後、飲み会に行くのかと思いきや、みんなわらわらと帰路につく。なぬ〜。そこで急に思い立って、私とS信、M田君で、バスで千石に向かい、千石自慢ラーメンを食すことにした。バスの中で、M田君は老人に席を譲って感心な若者であった。
岡崎市から練習に参加しているS信は、いまわが家に泊まっております。
明日は初全奏。楽しみでもあり、どきどきもする。こういう感覚は、他では得がたい。
2/14(金)
午後8時ごろ、今日はそろそろ帰ろうと思っていたらメールが来た(仕事の)。その安易なメールを読んで、めちゃくちゃ腹が立った。ある製品の購入を検討しているのだが、私は複数の会社から仕様書を入手して細部を確認し、仕様書に記載のない事項については質問をくり返し、候補を絞った。その会社は、質問に対する応答も早く、回答も的確であった。そのメールを送ってきた社員は別の部の社員。同じカテゴリーの製品を買おうとしていたので、購入先をそろえましょうという話になっていた。私が検討していた複数の会社というのはどれも海外の会社だったのだが、私が腹を立てたその社員は仕様書を入手しようともせず、英語だからと大した質問もせずに「海外だからサポートに不安がある」と述べ(←お前の能力が不安だ!)、日本のメーカーのプレゼン資料をそのまま添付して「よさそうだしこれにしようと思いますが」とメールしてきたのだ。そのプレゼン資料を読んで見ると、その製品は「いま作っています」で、仕様書もないのだ。仕様書もなくて選定できるか!
要するに、「海外とやり取りするのは面倒くさいので、実績はないけど、いま急いで作っているっていうから日本のこれでいいでしょ?」くらいのノリだ。く〜、バカ社員め!まじめにやらんか!どこの会社にもトホホなやつはいるものだ。私は、仕事ができるとかできないとかはそんなに気にならないが、まじめに仕事をしようとしない人に対する許容力は持ち合わせていない。ムカ〜っ!
ああ、愚痴ってしまった・・・ごめんなさいね。わざわざ読んでくださっているのに。かなり腹は立ったが、世の中にありそうな嫌なことに比べたら、ものすごく些細である気もする。それに、仕事以外では自分はかなりのダメ人間である気もするので、こう思われないように気をつけよう。
同じメールは私の上司にも届いていたので、上司が突っ込みを入れてくれるとのことなので、そのまま帰路に。
家に帰ると、今日はバレンタインデーとのことで、わが妻はいろいろ用意してくれていた。ええ妻じゃ。
2/13(木)
ああ、何をしたのか、さっぱり思い出せない・・・
2/12(水)
ああ、何をしたのか、さっぱり思い出せない・・・
2/11(火)
午前中、2食で個人練習。ようやくまともになってきた。
午後、住吉にあるトステムのショールームに行ってきた。私にとって住吉といえば、ブルーメンの練習でたまに利用するティアラ江東があるところだが、実は、ティアラ江東のそばにある川を渡ったところにトステムのどでかいショールームがあり、サッシやドア、システムキッチン、門、カーポートなどを大量に展示しているのだ。
このくらいのショールームになると、クロークがあって荷物やコートを預かってくれるものだが(大塚家具とか)、ここにはなく、暑くて疲れたぞ。さらに、秋葉原にある照明器具メーカーのショールームにも寄り、帰宅。
2/10(月)
明日は休みと思うと、非常に気分がいい。今日はアメリカ人とミーティングがあったが、俺は英会話力がいまいちだなあ。年に2,3度くらいしか、英語を話す機会もないしなあ。転職して、余計に英語を使う可能性は減った気がするし。
2/9(日)
東急ホ●ムと建築請負契約を締結@渋谷のショールーム。ああ、一段落。でも「大変なのはこれからです。これまでが3割で、これからが7割くらいにお考え下さい」と言われた。確かに、内装も設備も照明も、これから決めるのだからなあ。でも、ここまで駆け足だったから、これからはのんびりやるぞ。仕事もブルーメンもあるし。
2/8(土)
そして朝、起きて熱を測ってみると、何と平熱に戻っていた。体も軽く、動いても全然問題なし。全国的に恐れられていたインフルエンザが一日で治るとは。これこそ「特効薬」。ブラボー。
今日は前の職場のY田さんの家で、カニ大会だったので、予定通り参加。お互いの近況報告などもしつつ、くだらない話もしつつ、たらば蟹、毛蟹などを食す。
2/7(金)
会社を休むことに。私の場合、毎年、風邪で会社を休むのはひと冬に1回だったが、今年はもう2回目だ。
熱は下がらず、どんどん上昇していった。インフルエンザは高熱が出ると聞いていたが、確かにその通り。普通の風邪の場合、ぐっすり眠った後は熱が下がっているものだが、今回は測る度に上がっている。一番高いときには、40度近くまで上がった。ちょうど夕方、仕事の合間に妻が帰宅して薬を届けてくれたときだったのだが、インターホンが鳴っても全く動けず。地球の平均気温が1度上がるだけで、世界中の農作物が壊滅的状況になるらしいが、私も体温が4度上がっただけで、寝たきり人間になってしまった。うなされながらも「俺も生き物なんだな」と思った。
妻が届けてくれた薬は、巷で不足していると言われているインフルエンザ特効薬だった。「これですぐに治る」といわれても、熱でフラフラになっている身には実感の沸かなかったが、このあと、驚くべき展開が!(←しつこい)
飲んで2時間ほどして熱を測ると、既に38度台に熱が下がっていた。40度近くの時に比べて、かなり楽になった。そして、もう一休みしてまた熱を測ると、今度は37度台に。すごい薬だ。
2/6(木) インフルエンザをあなどるなかれ
こんな題名になるはずではなかった。が、どうやらかかってしまった模様。咳が出て高熱を発しています。痛恨。
うちの職場ではインフルエンザが大流行していたが、「気の毒だなあ」とは思ったものの、自分はかからないような気がしていて、何となく他人事ととらえていた。この油断に、わが家のご先祖様が罰を加えられたに違いない。
というわけで、療養します。
2/5(水) A木転職
N○C時代の同期A木が、私の後を追うように○ONYに転職してきた。いや、後を追ったというよりも、彼の方が私よりも前から転職を考えていたのだが、私が急に思い立ってすぐに転職してしまったので(←だいたい何でも衝動的)、彼が後になった。3ヶ月先輩の私としては、ビシバシとA木を鍛える所存だ(←うそ)。ちなみに、彼のお父上は「いさお」さんというらしく、「世界のA木」と同姓同名である。
月、火と大崎には出勤しなかったので、月曜に入社したA木とは今日が初顔合わせ。ランチを一緒に食べた。まだ職場には慣れていないようだったが、彼の性格から考えてもあまり心配はない。彼は同期の中で一番乗りで一戸建てを建てた男なので、自然と「家」談義に。家の話は心が躍る。かのボクシング世界チャンピオン具志堅用高は、まだ有名になる前、「チャンピオンになって家を建てる」ことを夢見ていて、「家、家、家、家」と言いながら練習に励んでいたらしい。先週の俺もその状態だったぜ(今週は落ち着いています)。
2/4(火) 鳩をあなどるなかれ
日の当たる芝生の上に、首をすくめた鳩が並んで座って日向ぼっこしていた。かわいい〜
しかし、鳩といえば恐ろしい思い出があるのだ(最近、思い出話が多いが、決して年をとったせいでもネタがないわけでもない)。あれは私がまだ中学生だった頃。
当時、歴史が好きでもないのに「遺跡研究部」に入ってしまった私は、部活の旅行で仙台へ赴いた。ある神社に立ち寄ると、何百羽いるんだろうというくらい鳩がたくさんいたので、私と友人N(←昨年結婚)は軽い気持で、持っていたお菓子を「ほれほれ」と撒いてみた。するとこのあと、信じられない展開に! (←「ガチンコ○○塾」風に音読しよう!)。
地面いっぱいにいた鳩たちが一斉に、わらわらと我々の方に向かってくるではないか! 大人、もしくは少し賢い子供であれば十分に予想できる展開だとは思うが、当時の我々は知能が発達していなかったようで、びっくり仰天してしまい、鳩の気を自分達からそらすために、力の限り菓子を遠くに投げた。が、その菓子はカールだった。表面積にたいして質量の小さいことで知られるこの菓子では、力一杯投げても空気抵抗にによって急激に運動エネルギーを消費し、すぐに落下してしまう。結果、投げても投げても、鳩の大群はどんどん迫ってきた。私とNは、「投げるよりも逃げろ」ということわざを思い浮かべ、命からがら逃げてきたというわけだ。
そんなこともあったなあ。うんうん。
2/2(日) 変化する本郷
さっき書いたように、昨日に引き続き、2食(本郷の第2食堂のこと。3Fが楽器練習スペースになっている)に楽器をさらいに行った。農学部門を入ると、大きな木を伐採している最中だった。樹齢何年かわからないが、3F建ての建物よりも高いような木だったはず。名残惜しそうに作業を見守っている人が数人いた。
農学部と工学部を結ぶ橋を渡ると、その昔私がいた工学部8号館がある。建物全体が足場と布で覆われており、どの部屋も真っ暗なはず。解体するのだろうか? そういえば、建築学科の友人が耐震診断をして「ここはやばい」って言っていたからな。大地震が来ないうちに壊してしまったほうがいいだろう。そのまま足を進めると、工学部2号館が見えるのだが、半分がもう取り壊されていた。坂を下っていくと、旧理学部1号館が見えるはずだが、取り壊されていて影も形もなし。
次々に解体、立替が進んでいる(らしい)様子を見ても、特に感慨が沸かない。きっとほとんど授業に出ていなかったからに違いない。もし2食が取り壊されることになったら、また思うところもあるだろう。
それにしても、2食は寒かった。2食のホールではなく、ひんやりとしたコンクリートむき出しの廊下でさらっていたのだが、手がかじかんで、ただでさえ回らない指が余計に回らなくなった。寒すぎるぞ(カイロを持ってこなかったことを悔やんだ)。
さらっていたらT井君とMNM君(!)に遭遇。T井君は活発に楽器活動をしているっぽいので意外ではないが、MNM君は楽器をやめたと聞いていた。最近、再開したらしい。あと、実はMNM君はNEC社員だ。パソコンをやっていたが社内公募で我孫子に移り、今はルーターをやっているらしい。
帰ってから床暖をつけ、毛布をかぶって吸い込まれるように眠った。寒い日に暖かい室内でごろごろするのは大好きである。いくらでも眠れそうだ。
2/2(日) ハウスメーカー決定
ハウスメーカーの選定、無事終了。昨夜の10時半頃に最後のメーカーの方が帰られた後、妻とふたりで話し合って、結構あっさり決まった。東○ホームにしました。
午前中に、次々にお断りの電話を入れる。一番、気が重かったのはS○L。まだ土地も決まっていない頃から相談に乗ってもらっていた。担当の○○○さんは、まじめで正直で営業っぽくなく、親身なアドバイスもあり、「この人だったら任せても大丈夫だな」と好感度ナンバーワンだったが、おそらく一生に一度の買い物となるだけに、情だけでは選べなかった。
続くダ○ワハウスは、性能が高いことはよくわかったが、いかんせんダサかった。ここは特に深いかかわりもなかったので、電話は1分くらいで済んだ。
住○不動産は、断ろうと思って電話したところ、「もう一度話をさせて欲しい」と家まで来て、「上司に話をしてもっと値引きを引き出します」と来た。私は、その後2食に楽器をさらいに行ったのだが、さらっている途中に携帯に電話が入り、「東○ホームと全く同じ仕様で100万円安くします」とのこと。100万円は大きいが、もう昨日の晩で決めるといってあったのだから、そういう話は昨日のうちにするべきだし、こういうことをバタバタ決めたくないのでお断りした。
というわけで、来週、東○ホームと契約する。間取りはほぼ固まっているので、この先の作業は、照明やシステムキッチン、壁紙の色を決めるなどの細かい作業なので、まあ気が楽である。いい家になりそうだ。
年明けからの急展開、密度の濃い1ヶ月だった。とりあえず一段落(たぶん)。さあ、仕事だ、オケだ!