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田丸 務〔発症時=平成13年6月、59歳、男性、団体職員〕 |
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| 闘病記 (『生かされて―ギラン・バレー症候群からの生還―』改訂版) < 目次 > 下記の目次をクリックすれば、全文を読むことができます。 |
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本闘病記は、拙著『生かされて―ギラン・バレー症候群からの生還―』(健友館)が完売になったため、同書を全面的に改定し、その後現在までの回復過程を加筆し、ここに掲載したものです。 |
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| before 入院時=平成13年8月 (発症後2ヵ月目) |
after 現在=平成16年9月 (発症後3年3ヵ月目) |
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| <あらまし> | ||||||||||||||||||||
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私の場合、ギラン・バレー症候群にかかった患者の中でも最も重症だったと思う。 平成13年6月20日、59歳の誕生日の翌朝、いつもどおり出勤のため起きて鏡を見ると、瞳孔が開き眩しく、像が二重に見え、髭を剃っている手の力も次第に抜けていった。妻の運転する車で近くの東京医科大学八王子医療センターに緊急入院した。 病院で検査しているうちに全身の麻痺は進み、呂律が回らなく、呼吸も自力では難しくなり人工呼吸器を装着した。目も開けられず、閉じたままとなった。点滴をはじめ、心拍を測る器具や血中の濃度を測る器具など沢山の機器と管が体に取り付けられた。意識はしっかりしていたが、身動きできず、植物人間のように自分からは何の意志表示も示せなくなった。身動きできないため、体の下にしている箇所にドサッーと体重がかかり、痛いというより熱く感じた。看護師が体の向きを換えてくれるのがありがたかった。 当初、「脳幹梗塞」と診断されたが、その後「ギラン・バレー症候群」であることが判明し、7月4日から血漿交換が始まった。医師は「抗体が悪性でなかなか取り除けない」と言い、血漿交換を2、3日実施し、休みを入れ、また実施するという具合で続けられた。この間、経管栄養もなく、点滴だけに頼っていたため、体重は激減した。 血漿交換中、体力、抵抗力は弱っていったが、7回目を実施した後の7月28日夕方、ついに肺炎から敗血症になり昏睡状態に陥った。血圧が急速に下がり、危機ラインと言われている60を切り30まで低下し、医師団は懸命に救命措置を施した。血圧は1時間ほど30で低迷した後フラフラと上昇し、翌朝までに60〜80に戻り、一命を何とかとりとめた。しかし、1週間ほどICU(集中治療室)で生死の間をさまようこととなった。 その後、血漿交換は1ヵ月中断され、ガンマ・グロブリンの点滴を受けた。点滴から経管栄養になった。9月に入り、血漿交換が再開された。結局、血漿交換は併せて13回実施した。ガンマ・グロブリンも3クール(1クール5日間)の治療を受けた。これは、ギラン・バレー症候群の治療として、おそらく記録的な回数だったと思う(注)。 9月末に人工呼吸器が外され酸素の吹流しだけとなった。車椅子に乗せてもらい、初めてベッドから出られ、11月半ばに経管栄養から普通食になった。12月下旬意識不明の昏睡状態に陥ったり、1月に血栓が左脚に起こったりしたが、体調は回復に向かった。 翌年(平成14年)4月15日に所沢の国立身体障害者リハビリテーションセンター病院へ転院し、自活するための訓練を受けた。 9月初め国立リハ病院を退院し、発症後1年3か月目に自宅に戻った。戻るにあたり自宅をバリアフリーに改築し、電動ベッド、リフトも設置した。その時、四肢はまったく麻痺し、ベッドから車椅子に移るのも、自分ではできず、妻にリフトで移してもらった。 前に入院していた八王子医療センターに、妻の運転する車で週1回リハビリに通うこととした。しかし、週1回のリハビリでは手足の機能はなかなか回復せず、あせりを感じた。 平成15年3月、訪問機能訓練(リハビリ)の制度があることを知り、直ちに依頼し、病院の週1回のリハビリとは別に、週4回受けることとした。これは、マッサージ師が私のために自宅に来て、医療マッサージの後に、相対でみっちりと機能訓練(リハビリ)をしてくれるもので、これにより車椅子に座りっ放しの状態から手足の機能がメキメキ回復し始めた。 この頃になり、本当の意味でリハビリの必要性を強く感じ、また、自分の力でリハビリができるまでになったため(それまでは他動式のリハビリ)、真剣に取り組み、来る日も来る日もリハビリに励んだ。 現在、平成18年12月(発症後5年半、本格的にリハビリを始めて3年9ヵ月目)、手首、足首から先に麻痺が残っているため介助されてであるが、何とか日常生活を楽しめるまでに回復した。 |
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