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田丸 務 著
『 生かされて ― ギラン・バレー症候群からの生還 ― 』 |
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| ― 患者、家族、友人に捧げる激励の書 ― | ||||||||||||||||||||||
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| 四六判 定価 1200円+税 (健友館、平成15年5月刊) |
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| 著者紹介 | ||||||||||||||||||||||
| 1942年生まれ/1966年立教大学経済学部卒業、(社)全国地方銀行協会勤務、国際業務室長、研修所管理室長、通信研修部副部長/この間、州立ワシントン大学夏期ビジネス講座参加、日米会話学院企業委託科派遣、立教大学、千葉商科大学、法政大学の非常勤講師(兼務)、日本金融学会会員/著書:田丸務著『現代の銀行』(財経詳報社)、牧村四郎・田丸務著『地方銀行』(教育社)他/本書執筆時総務部参事(休職)/2003年定年退職、自宅療養 | ||||||||||||||||||||||
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はしがき
私は、59歳の誕生日の翌日、突然全身の機能が麻痺し、自宅近くの大学病院に緊急入院した。最初は脳幹梗塞と見られたが、どうも様子が違うことから調べ直し、「ギラン・バレー症候群」であることが判明した。この病気になる人は5万人に1人と言われる稀な病気で、疲労が重なったときに本来ウィールスを撃退すべき血液中の抗体が末梢神経を破壊することにより生じる病気、つまり自己免疫疾患である。それも私の場合、劇症中の劇症で、4回も生死の間をさ迷った。一時は血圧が30まで下がる危篤状態を1時間も耐えてきた。生存できたのはまさに奇跡であった。 これまでの生活圏とは異なる世界に突然迷い込んだようであった。はじめは何が何だか分からず、受けとめることに必死であったが、状況が分かってくるとともに、職場や社会にとり残されていくという激しい焦燥感にかられた。そんな時、妻が「これは神様が与えてくれた休息だと思いゆっくり休養しなさい」と言ってくれた。その言葉に、ただ悠然と流れる時間にも慣れ、考え方も変わってきた。 本書は、私の闘病と心の変遷を綴ったものである。 |
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| 本書の内容 | ||||||||||||||||||||||
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本書は、平成16年6月に(株)健友館が廃業したため、在庫をオンライン古書店「パラメディカ」様に委託販売していただきましたが、その在庫も、このほど(平成19年3月)、完売いたしました。そこで、本書の全文を当HPに掲載することといたしました。 掲載にあたっては、本書を全面改訂するとともに、その後現在までの回復過程を「あとがきに代えて」で書き加えました。 |
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| 読者から著者に寄せられた声 −本書を贈呈した方々から いただいた手紙より− |
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| 〇 大変厳しい中、よく克明に事態の状況、推移を著わしておられることに驚きと感銘 を受けた次第であります。ご家族・ご親戚の皆様の励ましと支えが、ここまでの奇 跡とも言える回復に導いたことは勿論ですが、田丸さんの生きよう、生きてやろ う、一日も早く回復しようという強い意思が、体をも心をも蘇らせたのでないかと 想い読ませていただきました。(Y.H.氏) 〇 文字どおり生死の間をさ迷うこと数度、その間にどれほどの苦痛に耐えられた歳月 〇 文章のはしはしに貴兄らしい克明な記録、心の葛藤、奥様をはじめ多くの方々への 〇 重病との闘いと頑張り、神への感謝………心をうたれました。「新たな出発」の章 〇 早速、三度読ませて頂きました。読み返すほど内容の深さ、特に人間の尊さ、家族 〇 私もこれまでに100例以上のギラン・バレー症候群の患者様を診察する機会があり 〇 2007年(平成19年)5月1日発売の「毎日らいふ」(毎日新聞社刊)6月号の「店 〇 本書の直接の紹介ではありませんが、本書と当HPのお陰で、管理人は下記のテ なお、本書は、宗教の勧誘を意図するものではありません。念のため。 |
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