五木寛之著『他力』
(講談社、平成12年11月刊)
文庫判、308ページ、¥476+税

 本書を、同じ著者の『大河の一滴』(幻冬舎文庫、平成11年刊)と併せて読んだ。著者は、小説家としての活動を休止し、京都の龍谷大学で仏教を学び、その後、仏教思想を背景とした一連の「生きるヒント」を書き続けている。両書は、そのシリーズの一環で、この困難な時代にどう生き抜いていくかというエッセィ調の人生論である。

 現在は、価値観が喪失し、生命の存在が希薄になっている時代で、少年犯罪や自殺が多発し、自己破産や汚職などが蔓延した、まさに出口のない混迷した時代である。

 この困難な時代は、安易な楽観主義やただのプラス思考では、乗り切ることができない。魂の危機を直視することから出発しなければならない。

 かつて、応仁の乱の時代――現在と同じように社会が乱れ、混乱を極めた時代に法然、親鸞、蓮如は、他力本願を唱えた。「他力」とは、単なる「あなたまかせ」ではなく、強い世界観にもとづく大きな思想である。非常時に生きぬくエネルギーである。この世は、苦しみと絶望と挫折の連続であると受けとめ、ただひたすら念仏を唱え、阿弥陀仏に帰依することを説いた。「阿弥陀仏」とは、無限の宇宙生命のエネルギー、真理の光、目に見えない力であり、「帰依」とは全てを委ねることである。如来は、「悲」の心で迎えに来るとしている。

 光は闇に射すからこそ、その存在が分かる。この混迷し苦しみと絶望と挫折の中にあって、「他力」は救いとしてやって来る。ブッダも<生老病死>というマイナス思考の極限から出発し、最後に人生や宇宙を肯定しながら死んでいった。

 著者は、社会の動き、日常の出来事をとりあげながら、このように「他力」の救いが来ると、人々に優しく語りかけ、生きる勇気を与えてくれる。

 しかし、私にとって、この種の文学的な文章は苦手である。文章が五月雨式にバラバラと書かれており、明確な論旨の展開がない。随筆だから素直にそれに乗って読み流せばよいのだろうが、著者の主張に正面から対峙し、真剣に考えていくと、一つひとつが気にかかってならない。

 例えば、「自殺の多発」をあげているが、その場合には、件数の推移、年齢別の内訳、理由や背景を分析し、時代別の比較検討を踏まえた上でないと、「若者の自殺が多いから非常時だ」と一概に断言していいものかと考えてしまう。現在は、若い世代が価値観を喪失して自殺するよりも、働き盛りの中高年が経済的理由で自殺する件数の方が増加しているのである。例え、そこを書かなくても文章の背景にそうしたものをしっかりおさえた上でないと、どうしても文学的な、感覚的な文章となってしまう。

 また、現在と応仁の乱の時代が似ていると何度も述べているが、経済的、社会的に構造分析し、どのような点で似ており、どのような点で異なっているのか、あるいは現在を応仁の乱以外の他の時代と比較した場合にどうなのか、そうしたものを背景にもっていないため、感覚的な表現に終始している。

 その他、いろいろ指摘すればきりがないが、ここではとくに「他力」について述べたい。「他力」は、本書のテーマであるので、何度も繰り返し出てくるが、「仏教学的な他力論議はあえてしません。その機縁があれば、いくらでも親切な解説書に出会えるはずです」と、「他力」についての正面からの扱いは避けている。

 上段の「他力」の説明は、本書を繰り返し読み、いろいろ断片的に出てきたものを、私なりにまとめたものである。できれば、著者としてとらえている「他力」の核心を正面から展開してもらいたいし、その「他力」の最大の課題――誰にでも、どんな困難な状況でも「他力」の風が吹いてくるものなのか、もしそうであれば、世の中、苦難のうちに不幸な死を遂げるという人はいないのか、ただひたすら「他力」を信じて全てを委ねていればよいのか、もしそうであれば「あなたまかせ」とどこがどう違うのかなど――にも言及してほしかった。

 なお、本書を読むきっかけとなったのは、拙著『生かされて―ギラン・バレー症候群からの生還―』を読んだ大学時代の友人T氏が、本書の「他力」に通ずるものがあると教えてくれたからである。

 私の場合、生死の間を何度もさ迷い、奇跡的に一命をとりとめた時、畏れ多いが、神様の見えざる大きな力に救われ、人は「生かされている」のだと震える思いで感じ、その時、何でもなかったものが新鮮な驚きに映り、あらゆるものに感謝の念がわいてきた体験がある。私にとっての「他力」は、不遜を承知で言えば、仏教の枠や、あらゆる宗教の概念を超えたでものであった。

 〔本書の中から〕

○ 思った以上に物事がうまくいくことがある。………そういうときは、むしろ
 立ちどまって、じっくり考えてみるべきてしょう。
  「わがはからいにあらず」
 そうつぶやいてみるのです。目に見えない大きな順風が吹いて、その<他
 力>が物事を自分の実力以上にうまく運んでくれたのだ、と。そういうとき
 は、謙虚に<他力>に感謝すべきでしょう。

○ 他力とは、目に見えない自分以外の何か大きな力が、自分の生き方をささ
 えているという考え方なのです。

○ 人はときどき不思議な感覚を味わうことがあります。ちっぽけな自分を超え
 た大きな宇宙の波動のようなものを、体全体で感じる瞬間がある。

                               (05/5/2)



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