高村壽一著『コラムの散歩』
 (草場書房、平成17年5月刊)
 四六判、277ページ、¥2200+税
 誰でも購読している新聞や雑誌を手にした時、必ず目を通したいコラムをもっていると思うが、本書はこうしたコラム118篇を収めている。内容は、経済や企業経営、内外の情勢や出来事、季節のことばや故事、音楽や文学など実に多岐にわたっているが、いずれも鋭い感性と豊富な知識が詰まっており、読み終わった後に知的な興奮と人間的な温かさを余韻として残す傑作揃いである。

 著者は、日本経済新聞社論説委員、論説副主幹を経て、武蔵野大学教授、同大学副学長。本書は、新聞社から大学に転じた頃を中心に書かれている。

 経済に関するコラムとしては、「カオスが生む新しい力」、「デフレスパイラル」、「企業の森」、「四十年サイクル」、「イタリア産地の危機」、「 I Tラッシュ」など多くあるが、いずれもそのこと自体の解説に終わらず、今の課題を語っている。また、他のテーマを語りながらそっと経済の課題をしのばせているコラムも多い。

 渋沢栄一、浅野総一郎、本田宗一郎、井深大、盛田昭夫など、日本経済を牽引していった経営者が登場するが、単なる人物伝ではなく、エピソードを通してその人物の気概、時代の空気を伝えている。

 「鍛冶屋はいずこ」では、高度成長の前までどこでも鍛冶屋があったとし、その仕事場の力強い様子が詳しく描かれ、「世界のホンダ」の創業者、本田宗一郎の不撓不屈の精神、モノをつくり出す火のような意欲、機敏な行動と意思決定は、鍛冶屋の長男として生まれ育ったことに由来するのではないかとしている。マイスター本田は、著者に傷だらけの手を見せ、「自分の技術は手から入った」と話したという。著者は、その思い出を述べるとともに、昨今モノづくりの精神が失われていくことを心配している。

 季節を扱った話では、「衣替え」、「早春」、「小正月」、「雪崩」、「寒夕焼」、「ホタル狩り」などがあり、また、地方の行事を扱った話では、「御柱祭」、「農民ロケット」、「クジラ供養」などがあるが、いずれもその情景が目に浮かぶように描写されている。

 「ホタル狩り」では、平安時代からの日本人のホタルに寄せる思いと、ホタル狩りや紅葉狩りなどに見られる日本人の自然を愛でる心情が綴られ、併せて外国人のホタルに対する感じ方の違いも述べている。著者は、詩の好きなイギリス人に聞いたところ、ホタルは地面にいるミミズやうじ虫のような柔らかい虫なので好きではないと答えたといい、フランス人も、洗礼を受けずに死んだ子供の魂だという迷信もあり、気味悪がるという。一方、マレーシァでは、一年中、川辺の木にとまるホタルを見学する遊覧船の観光ツアーがあるとし、その体験が語られている。

 「冬の旅」、「バイロイト詣」、「名器クレデンザ」、「ある裏方への拍手」、「赤毛の僧侶の哀愁」、「甦ったカルーソー」など、音楽にまつわる話も多い。

 また、著者は文学についても大変造詣が深い。本書の終りの「孤高の歌人列伝」の中に、昭和前半に活躍した歌人、吉野秀雄の「玉簾花」を含む『短歌百余章』の毛筆草稿を入手した経緯が書かれている。何気なく見ていた古書店の目録に、本人直筆の歌稿が「あってはならない」売りに出されていることに著者は驚き、翌朝その古書店に駆けつけ、震える思いでその幻の書を手にした様子や、その後の歌人遺族との書簡が紹介されている。歌の世界に疎い私にも、その劇的な出来事が生き生きと伝わってくる。

 本書はこのように珠玉の小品が多数収められているので、知的な散歩を楽しみたいという方に是非ともお勧めしたい一冊である。ただし、読み方には注意を要する。本書は、あまりにもテーマが多岐にわたり過ぎ、凝った小品がずっしりと数多く詰まっているため、これらを一気に読もうとすると、あたかも高級なフランス料理の前菜ばかりをたて続けに口にするような感じがするかも知れない。本書は、一気に読むのではなく、気の向いた小道を選んでゆっくりと散策するように、その時々気に入った作品一つひとつをとりあげ、丁寧に味わうように読むべきであろう。けだし、『コラムの散歩』という表題に、著者のそうした意図が込められているように思われる。

 〔本書の中から〕

○ エッセイには「試す」という意味があるという。その小型版がコラムという
 ことになるが、エッセイとコラムの境はよくわからない。………強いて言う
 と、ジャーナル類のコラムは定型(ボックス)で、風刺の精神を含むと考え
 られる。ここにまとめた1000字余りの小文はエッセイとコラムのあいの子の
 ようなものかもしれない。

                             (05/5/29)



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