山本七平著
 『日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条―
  (角川書店、平成16年3月刊)
  新書判、313ページ、¥781+税
 本書は、太平洋戦争に従軍し捕虜になった体験をもつ評論家、山本七平氏が、同じ体験をもつ小松真一氏の『虜人日記』を詳細に検討し評論するかたちで、太平洋戦争における日本の敗因を徹底的に分析したものである。山本氏は、その敗因である思考パターン、組織運営は、今も改められることなくこの国を支配していると訴えている。

 この敗因分析は、奥田碩・経団連会長がトヨタ幹部に本書を「ぜひ読むように」と薦めているように、現在のわが国の企業経営に通じるものがある。


 本書の成り立ちは、やや混み入っている。

 太平洋戦争のさ中、台東製糖(台湾)の工場長、小松真一氏は、軍部から砂糖キビからガソリンの代用品をつくる工場をフィリピンに設立するように命じられ、会社を辞め現地に赴く。しかし、工場が始動しないうちに米軍が上陸。以後、軍とともに山中を転々と放浪した。

 敗戦で米軍の捕虜となった彼は、労働キャンプでその体験をひそかに手記として書き続けた。ベッドの布をほぐした糸で8冊に綴じられたその手記は、骨壷に隠して日本に持ち帰られ、そのまま銀行の金庫に眠った。

 小松氏の死後、昭和49年になって、その手記は手を加えられることなく『虜人日記』として公開されたが、これを一読して絶賛したのが、同じフィリピンで敗戦体験をもつ山本七平氏であった。軍に所属しながら、軍隊という組織に組み込まれていない技術者の、しかも戦後の「世論」の影響を受けていない客観的な証言であるとし、とりわけ小松氏が分析した「敗因21ヵ条」を高く評価したのである。山本氏は、この「敗因21ヵ条」を詳細に検討し評論するかたちで、約30年前の昭和51〜52年にある雑誌にそれを連載した。しかし、雑誌に掲載されたためか、その後忘れさられていた。

 今回、「山本七平先生を囲む会」が、この敗因分析は現在も生きており、山本氏の数ある日本人論の中でもきわめつけであるとして、書籍の形で発刊したものである。そして、本書はふたたび世の注目を浴び、現在ベストセラーとなっている。


 本書は、小松氏の「敗因21ヵ条」の紹介の後、その15条にある「バシー海峡の損失と、戦意喪失」を最初にとりあげている。

 通常、誰もがミッドウエー海戦かレイテ戦を太平洋戦争の「天王山」としてあげるところを、小松氏はあまり知られていないフィリピンの「バシー海峡」をあげており、山本氏もこれを強く支持している。

 当時、大本営は、アメリカ軍の反撃に備え、「ヒステリー女が手当たり次第にものを投げる」ように兵員をやみくもにこのバシー海峡に送りこんでいた。

 垂れ流しの簡易便所を甲板に増設しただけの廃棄寸前のボロ貨物船に3000人もの兵員を詰めこみ(1坪に14人)輸送していた。そこは上官の怒声罵声とビンタがあり、兵員は黙々と従い思考力を失い、ただこの息苦しい状態から開放されることだけを願った。船の速度は遅く、襲撃にあえばわずか15秒で沈没する運命であり、現に何度かの輸送で、ほとんどこれらの貨物船は撃沈し、何十万という兵員が溺死している。山本氏は、これはアウシュヴィッツより怖い大量溺殺機械、「死のベルトコンベア」であったとしている。

 運よく現地に上陸できた兵員に対して軍幹部は、「何だって大本営は、兵員ばかりこんなにゾロゾロ送り込んでくるのだ。第一、食料がありゃしない、宿舎もない。兵器!とんでもない。当分シナ人墓地でも宿泊していろ」と言う。小松氏も工場を訪ねたところ、原材料が入手できず生産できない状態で、「軍は工場に人だけを送ればものができると思っているか」という言葉に愕然とする。

 そこには、兵員を送れるだけ送り「やれるだけのことはやった」とする大本営の姿勢があり、あらゆる方法を再検討し、新たな作戦を打ち出そうとする姿勢はなかった。そうすることは、弱気で敗北主義とみなされ、絶対許されなかったのである。

 山本氏は「太平洋戦争自体が、バシー海峡的行き方、一方法を一方向に拡大しつつ繰り返し、あらゆる犠牲を無視して極限まで来て自ら倒壊したその行き方そのままであった」と指摘している。


 次いで、敗因17ヵ条の冒頭第1条の「精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然るに作戦その他兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりであった。武器も与えずに。」をとりあげている。

 ここで、山本氏は員数(表面上の数字)と実数の乖離を指摘している。時代遅れのわずかな兵器しかなく、実働できる兵隊は10分の1以下であったとしている。戦線を「死守せよ」と命じられても、タコツボを掘り旧式の武器をもってそこに潜んでいるだけであり、これに対してのアメリカの大軍は砲爆撃・戦車・火焔放射器で掃滅にかかるため、死滅するか、逃げるしかなかった。そこには、軍上官の強烈な言葉や誇大なスローガンだけが氾濫し、実態が伴っていなかったとしている。


 以下、あまりにも生々しい証言と厳しい敗因分析が続くが、長くなるので、とくに印象に残ったものだけを列挙することとする。

 「自己の絶対化と反日感情」。日本軍は、緒戦でアメリカ軍に勝利したフィリッピンに対して、「日本は東亜開放の盟主であるので歓迎し協力されるべきである」と一方的に思い込み、フィリッピンを国として認めず、フィリピン人を「劣れる亜日本人」として支配し、日本的文化を押し付けた。このため、反日感情を招き、いたるとこでゲリラに襲われることとなった。

 「芸の絶対化と量の不足」。武芸の試合のように同じ武器で一対一の戦いであれば、技の勝る者が勝つ。日本軍は、芸を磨くことで無敵になると訓練されてきたが、宮本武蔵が近代戦で戦えないように、高性能武器で装備し、物量、物資、資源で圧倒的に勝るアメリカ軍の前にはまったくなす術がなかった。また、単なる物量の差だけでなく、「この物量の中には、科学者の精神も、農民、職工をはじめその国民の全精神が含まれていることを見落としてはならない」としている。

 「反省力なき事」。かつて西南の役の時、報道は「鬼畜西郷軍」、「官軍対賊軍」と虚報したように、戦争中の「鬼畜米英」、戦後の「鬼畜日本軍」は、事実を客観的に見ようとする視点を喪失させ、ブーム化させようとするもので、「日本的欠陥の最たるものである」としている。「反省」とは言葉や儀式を見せることではなく、「過去の事実をそのまま現在の人間に見せること」としている。

 「日本の不合理性、米国の合理性」。

 「日本の学問は実用化せず、米国の学問は実用化する」。

 「日本は人命を粗末にし、米国は大切にした」。

 「軍の計画はその意気を示すだけである」。

  …………


 本書は、精神論を振りかざし威張りちらす軍上官や、暴力が支配する軍隊社会や、凄惨な戦闘や、ジャングルの中を飢えにあえいだ放浪生活など、生々しい戦争体験が随所に語られおり、読んでいて重苦しい気持ちにさせるが、いずれも慄然とする現実である。また、本書全体が体系的に整理されておらず、重複している個所も多く、必ずしも読みやすい文章ではないが、戦後60年経つ現在、日本はこんなことを繰り返してはならないと強く考えさせられる本である。終戦記念日を前に、是非一読をお勧めしたい一冊である。


 なお、本のタイトルが「なぜ敗れたのか」でなく「なぜ敗れるのか」としてあるのは、過去の問題でなく、現在も犯し続けている誤りであると訴えているからと思える。それとともに、私には、相手により負かされたというのでなく、自ら敗れるべきして敗れたという意味が込められているようにも思えた。


 〔本書の中より〕

 兵士であるのに戦場にも着けず、海の中に消え、餓死し、住民に虐殺され、人肉を喰らうところまで追いつめられ、 食われた人々。
 彼らに「安らかに眠れ」とは言えない。
 たとえ若く、鍛えられた身体でも、衰弱すれば自ら便を出すことさえ、不可能になる。そのような兵士の便を、陸軍少尉山本七平は、ルソンの戦場で掻き出した。その兵士は手を合わせて死んだそうである。
 敗戦の、原因と責任者の究明は、いまだに終わってない。しかし、それをしなければ、また地獄を見る日が来るのではないか。

      (「山本七平先生を囲む会」の代表による「あとがきにかえて」)

                      (05/7/31)



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