本書について、著者は序章で「剣と禅を通じて人生を顧みながら、日本人のことを考えてみたい」と述べている。

 著者、佐江衆一氏は、1934年生まれの小説家。代表作は『黄落』。50歳を過ぎてから居合術・体術、55歳から剣道を始めて六段を取得するなど、武道に造詣が深い。

 本書は、まず宮本武蔵の剣の話から始まっている。

 宮本武蔵は、二十八、九歳までに諸流の兵法者と六十余度勝負してきたが、一度も負けたことはなかった。彼は、三十歳を過ぎて振り返り、自分がすべての勝負に勝ったのは武術を極めたからではなく、もって生まれた剣の資質、才能があったからだと述べている。それに加え、彼はすさまじい鍛錬を重ねていた。彼は神仏を尊ぶが、頼ろうとはしなかった。ただ敵を斬り殺すことに徹した「殺人剣」で、五十歳にしてようやく兵法の真髄を会得したとしている。その後、書画や彫刻などを行い、晩年になり禅の修業に励み、彼の剣は変わっていった。『五輪書』で、兵法の精神は真の「空」に到達することにあると、「剣禅一如」を説くようになった。

 すでに時代は変わり、人を殺す乱世の剣から心の修行となる剣が求められる時代となっていた。

 同じ時代に、徳川幕府の初代惣目付となった柳生宗矩も、剣が世を治め、心の修行にあるとする「活人剣」を求めた。精神的に彼を支えた臨済宗の沢庵禅師も禅と剣の書『不動智神妙録』で、無心の技を説いた。

 禅と剣が共通するのは、禅が生死の深い哲学であると同様に、剣も一対一で命を賭けて立ち会う、生死の哲学である点である。

 沢庵禅師の心底にあるのは、鎌倉時代の道元の禅である。道元は、ただ座禅して己を見つめ、今この一瞬を「永遠の今」として生きろと説いた。

 剣豪が到達した秘太刀に「剣禅一如」の境地がうかがえる。塚原朴伝の一の太刀、上泉伊勢守、柳生石舟斎の無刀取り、針ヶ谷夕雲の相抜け、伊東一刀斎の払捨刀、馬庭念流のそくい付け、山岡鉄舟の無刀流、………。

 自己を見つめる禅の言葉に「百尺竿頭の一歩」がある。一方、一休和尚の洒落た見方や、良寛和尚の飄然とした生き方もある。

 武士道には常住死身哲学があり、武家社会では切腹は重要な意味をもっていた。

 以上のように、本書では剣と禅を貫く「剣禅一如」の精神を、武蔵などの剣豪の到達した境地、道元などの禅僧の教えをたどって説いている。そこには、現代人にとっての日々を生きるヒントが無数に隠されているとしている。


 示唆に富む読み応えのある一冊であった。しかし、痛切に感じるのは、剣豪の到達した境地も、禅僧の教えの奥義も、本で読んでいては表面的にしか分からないということであった。やはり、「剣禅一如」の精神が本当に分かるには、著者のように実際に剣道の修行を行い、座禅を組まなければならないということか。


 〔本書の中から〕

○ 剣が人を殺す必要がなく、人を斬ることがないなら、一体、剣は何なのでしょう
 か。武蔵でなくとも兵法者にとって重大な問題です。
  ………(柳生宗矩は)、すでに亡くなった父石舟斎から、柳生新陰流の無刀の
 技を伝授されていましたが、人を斬り殺す殺伐とした乱世の剣ではなく、剣が世
 を治め、心の修行となる和の剣法を求めました。

○ そもそも人殺しの武器が「礼」であるわけがありません。江戸時代に禅と結びつ
 いてその剣禅一如の哲理と実際が深く求められ、武士が刀を捨てた明治以降、剣
 道として「道」の哲学と立居振舞いが重んじられてきたとはいえ、剣は「礼」で
 はないのです。禅が生死の深い哲学であると同様に、剣も貧富や地位や長幼の差
 を越えた人間の全人格と全人格が一対一で生命を賭けて立合うのですから。
  剣も禅も、孔子の儒教の「礼」ではなく、人間的作為を否定して「真実の自己」
 を探求した老荘の思想の系譜にあって、人間の生死の哲学です。

○ 禅は……「意思の宗教」です。………生と死が日常である武士にとって、禅は極
 楽に往生することを第一に説く他の仏教にくらべて、死よりも死に裏づけられて
 「今、ここに生きる」一瞬の生を大切にします。さらに「禅の修業は、単純、直截、
 自じ、克己的であり、この戒律的な傾向が戦闘精神とよく一致する」のです。です
 から、禅は道徳的にも哲学的にも、武士階級にとって非常に魅力があり、剣ばかり
 か武士道と深く結びついたのです。

○ 私たちは、『葉隠』が言うように「毎朝毎夕、改めて死に、常住死に身になる」こ
 とはできないまでも、常に死を思えば、毎日が神なり仏なりこの大自然なりに生か
 されているありがたさを感じ、一日一日が「今、ここに」生きる新鮮なよろこびと
 新しい自己発見になるのです。

○ 私は七十二年のこれまでの人生で世界各地を多く旅しましたが、世界一周の旅か
 らもどった時、この日本が世界のどこよりも美しく、緑ゆたかで、住みやすい国だ
 と強く感じたのでした。そして、剣と禅などの独自の豊かな文化をもつ誇らしい国
 だと。
 

                          (07/5/14)



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佐江衆一著『剣と禅のこころ』
  (新潮社、平成18年10月刊)
  新書判、198ページ、¥680+税