渡部昇一著
 『95歳へ!―幸せな晩年を築く33の技術―
  (飛鳥新社、平成19年4月刊)
   新書判上製、184ページ、¥1200+税

 本書は、カバーの言葉によると、「60歳からの35年間を設計する、中高年のための実践的幸福論」である。

 著者は、40歳の時に『知的生活の方法』(正・続、講談社新書)で知的生活の楽しみ方、その実践方法を書き、ベストセラーとなっている(私も読んで大いに啓発されたが、その成果は、心がけが悪かったためか、あまりなかったが………)。
 今年、著者は77歳になり、そろそろ定年を迎えようとする60歳くらいの人を対象に、95歳までの35年間をいかにして知的生活を続けていくかについて書いたとしており、「何人もの矍鑠(かくしゃく)たる高齢者と対談し、教えていただいたノウハウを自分なりに咀嚼(そしゃく)し」まとめたエッセンスでもあるとしている。


 渡部氏の主張は明快である。

 60歳で定年退職したら、それから35年間は、職場から解放された自由な時間である。今までしたいと思っていたこと、やり残したことができる時間である。内なる声に耳を澄ませ、「あらまほしきイメージ」を掘り起こし、恍惚に浸れるものに取り組もう。「仕事」という枠組みを外し、自分の内面を満たす、自分の能力が生かされることに取り組めれば、それが本当の幸福になる。
 それには、心身とも健康を維持する必要がある。脳の活性化のために、眼、耳、舌、指先を使おう。高齢でも記憶力は強化できる。記憶力を訓練しよう。仕事をやめても「毎日が日曜日」であってはならない。自分の取り組むべきテーマを全うするために規則正しい生活をすることが、健康を維持する秘訣である。


 その他、次のような興味深いことを述べている

○95歳まで生きよう
(90歳を超えて死ぬ人は、苦しまず、穏やかに眠るように死ねる。)

○「賢明さ」より「楽しさ」が大切
(60歳からは、「失敗しないように」を追求するあまり「何もしないのが一番賢明」となってはいけない。「賢明さ」より「楽しさ」に重点を置いた生き方を選ぼう。)

○晩年には文科系の世界が向いている
(理科系の世界は絶えず進歩と競争が続くので、そこで生き続けるのは辛い。これに対して、文科系の世界は自分の好きな分野にマイペースで取り組めばいいので、年寄りに向いている。)

○人生はたくさん覚えているほど豊かになる
(例えば、桜を見た時、桜についての和歌や俳句、漢詩、童謡を思い浮かべながら見ることができれば、桜は美しく、花見は楽しくなる。)

○潜在意識を活用せよ
(自分がしたいことやなりたいことを潜在意識に刷り込めば、それが実現される。)

○人生で成功するのは、頭のよしあしより心的態度である

○95歳まで幸福に生きると考えること
(死の恐怖、不安から解放される最もよい方法は、「幸福な晩年をイメージすること」、もう少し具体的には「95歳まで幸福に生きると考えること」にある。)

○老いて学べば即ち死して朽ちず
(死後の世界の有無は、所詮、生きている者には分からない。パスカルによれば、有に賭けた方が得となる(有であれば、無より有に賭けた方が得であり、無であれば、どちらに賭けても同じ)。そこで、死後の世界があると考え、老いても学ぶべきである。)

○睡眠時間をふやしなさい
(十分な睡眠が疲れを癒し、健康維持の基本になる。夜寝る時は自分にとって最も快適と感じる環境を作ることと、昼寝をすることが有効である。)


 著者の体験が語られ、これまで対談をした高齢者の話も交えてあり、なかなか教えられるところの多い本である。60歳を過ぎても知的生活を楽しもうとする「書斎の人」にとっては、興味の尽きない一冊である。

 たとえ、著者のように15万冊の蔵書のために1億円以上の借金をして書庫を新築したり、ラテン語を暗記するために月10万円以上かけてタクシーで通勤(週2回)することができない凡人にとっても………。


 なお、私は、本書により、マーフィー著『眠りながら成功する』(産業能率大学出版部)をペンネーム(大島淳一)で翻訳したのが、著者だということを初めて知った。著者が潜在意識の活用、自己実現法について語るタイプの人だとは思っていなかったので、驚きであった(私自身は、自己実現法については強い関心をもっている)。

 その翻訳した理由がふるっていた。かつて西ドイツと東ドイツを訪れた著者が、どうしてこうも差がついたのか分からなかったが、イギリスでベストセラーとなっていたマーフィーの本を読んでハタと分かったと。自由主義では百人百様の夢が描けるが、全体主義では独裁者一人の夢しかない、それでは大多数の人が絶望し、やる気を失ってしまうと。

 日本に帰ると、左翼一色で、「左翼(=全体主義)に非ずんば言論人に非ず」という雰囲気であった。著者は「それは違うだろう」、百人百様の夢があっていいということを同胞に知らせようとしてこの本を翻訳したと。

                           (07/5/23)



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