<試作の解説>
ここで紹介するのは、事実上の処女作である『序章』につぐ『第1章』であり、以下、順次2章以降についても、ある程度まとまった時点で掲載しようと考えている。そのうえで、とりあえず書いておかなければならないことは3つある、と私は考えている。
1つは、私には、どうしても伝えておきたいと思うことがあるということ。2つめは、その中身。3つめは、その伝えたい中身を、小説という形で表現したいと考える理由である。以下、その1つ1つについて、簡単に記しておく。
1つめ──どうしても伝えておきたいと思うこと
歴史にはその時代精神の発露があるが、それは、それを受け止める次の世代が存在して、はじめて歴史として継承される。別の言い方をすれば、この逓伝が意識されない文明の歴史は、単調で貧しいものにならざるを得ない。
司馬遷は、ヘロドトスと並んで東洋における「歴史の父」と呼ばれてきた。しかし、ヘロドトスの精神は継承されたが、司馬遷のそれは継承されることなく近代を迎えた。これが私たちの前にある現実であり、ここにある両者の差こそ、近代を実現し得たかし得なかったかの違いとして結果したものである。では、両者の違いはどこにあるか。
ヘロドトス『歴史』の「序」は、いたって簡潔に書かれている。
本書はハリカルナッソス出身のヘロドトスが、人間界の出来事が時の移ろいとともに忘れ去られ、ギリシア人や異邦人(バルバロイ)の果たした偉大な驚嘆すべき事跡の数々──とりわけて両者がいかなる原因から戦いを交えるに至ったかの事情──も、やがて世の人に知られなくなるのを恐れて、自ら研究したところを書き述べたものである。
以上が、ヘロドトスがかの大著を書いた理由の全てであり、ここでの叙述の目的は、あくまでもヘロドトスという研究者個人の責任において書かれ、そこには他の意志はいささかも介在していない。ひとことでいえば、「書き残しておかないことには忘れられてしまうから書く」ということに尽きる。その一方で、現物としての『史記』は、著者の類まれな感性と特異な経歴によって、歴史の真実に迫るものとして書かれてはいる。が、そこにおける著者の立場は父の意を体した「天職としての史官という立場」であり、司馬遷個人ではない。ここにある差は大きい。このことは、『史記』が形式としては引き継がれながらも、内容的には全く後世に引き継がれなかったことの最大の根拠である。*
翻ってわが国を見ると、本家に比べてはるかに著者の精神を体現した書物が書かれている。この国だけが、西欧でしか実現されなかった近代化を、西欧以外で唯一実現し得たゆえんは、上に述べた逓伝が確かな文化として根付いていたことにある。継承しなければならないことの第1は、かくしてこのような精神の逓伝である。
*なにしろ紀元前400年代のことである。著作がほぼ完全な形で残されているとはいっても、ヘロドトスの閲歴に関して司馬遷以上に不明なところが多いらしい(以下の叙述は岩波文庫版松平千秋氏の「解説」による)。それでもわかっていることがあり、このくだりに関連して強調しておきたいのは、司馬遷が一貫して官に身を置く存在であり続けたのに対して、ヘロドトスは終生、一民間の研究者として生き、かつ、書いたということである。彼は現在のリビアからウクライナまでを調査のために踏破しているが、特筆すべきなのは、それに必要な資金を自前で調達していたことである。一私人に過ぎないヘロドトスは、いかにしてその資金を調達し得たのか。著作の一部を「読み切り講談のような形で」「口演」することによって収入と名声を得、かつ、支援者を獲得したのである。松平氏によれば、アテナイからの資金援助はあったであろうが、基本的には売文によって得た収入と名声が彼の研究を支えたのである。官員として仕えるかたわらで密かに書き綴ることと一私人として自由に書き連ねることとの間には、その精神における影響という点でいえば比較にならないほどの落差がある。
2つめ──どうしても伝えておきたいと思うことの中身</B> 40年ぶりに旧友と会い、話が宗教に及んだときのことである。その友人は、ごく普通の語り口で、ユダヤ教やキリスト教と並んでマルクス主義を大宗教の1つに挙げた。そのとき、私は、目が覚める思いをさせられた。マルクス主義が宗教であるとする考え方についていえば、経済学について再勉強する必要に迫られてシュンペーターを読んだ際に接しており、既知のことだった。シュンペーターの鋭い分析**には納得させられることが多かったが、それでもマルクスに批判的な学者の説であるとしてかなり割引して受け取っていた。世間一般がどう考えているかは別として、少なくとも宗教家(ちなみにその友人は宗教家である)の間では、マルクス主義が宗教であることは自明の理として扱われていることについて、全く無知だったことを知らされたのである。
私の精神は、20世紀後半のこの国に根拠をおいている。当然のことだが、それはもの心がつく以前の前半をもろに引きずってもいる。このことから、私が伝えておきたいと思うのは、20世紀全体を俯瞰した私たち日本人の精神史である。そのこと、つまり、20世紀を縦断したこの国の精神の軌跡を俯瞰するということは、そのままマルクス主義との関係を抜きにしては語れない側面をもっている。
**この一連の分析(『資本主義・社会主義・民主主義』)で展開されている宗教としてのマルクス主義にかかわる部分には、説得力がある。とくに鋭いのは、従来の宗教にはない宗教としてのマルクス主義の特異性に対する指摘であるが、1つだけ、重大な点が抜け落ちている。それは、この宗教が「宗教であることを否定する宗教」という点であり、ほかならぬこの点で、マルクス主義は他の宗教にない吸引力を保持したのである。
3つめ──なぜ小説という形で表現したいと考えるのか</B> 時代には、その時代が醸し出す固有の体臭や息づかいがある。どういう形であれ残されたものは、残されたことによって伝承される。後の時代は、それがわずかな破片程度のものであったとしても、検証を重ねることを通じて追体験することが可能である。しかし、体臭や息づかいのように大気に霧散してしまうものは、ことばをもって伝承しないかぎり、例えそれが擬似的なものであるにしても、受け継がれることはない。その時代に生きた人間精神のあり方を描くにはいろいろな方法があり得るが、私の場合、それを小説という形で描きたいと思う。そうしたいと思う理由は2つあり、1つは、1つの時代精神は、その時代が醸し出す固有の体臭や息づかいまで含めて総合的に写し出さないことには、核になるところを伝えられないだろうと考えるからだ。もう1つの理由は、いたって単純で、能力と時間の関係からいって、それがもっとも効率がよさそうだからだ。
2002.02.16
「光りと陰」を一時中断し、別巻として覚え書きを書くことにした。なぜそうしたかについては、別巻の「序にかえて」を読んでいただきたい。
2006.2.25