萩往還完踏記(その2)
2004/05/02〜04

■海湧食堂〜宗頭文化センター(174.9km)

 海湧食堂の前の道を海沿いに直進していよいよ最初のチェックポイント俵島に向かう。半島の入り口ですでに折返して戻ってくる人がいる。往復コースなので道路脇のフェンスにリュックを置いていく人が多い。私はチェックシートをなくしてはいけないと思い、そのままリュックを担いでいくことにした。すれ違うたびにランナー同士で挨拶を掛け合う。ただ手を上げるだけの人もいる。この挨拶は後3回ある折り返し、最後の萩往還で他コースの人と出会うたびに続くことになる。山の上から海岸まで連なる棚田は初めて見る景色であった。島の半分以上は走ったと思われるのになかなかチェックポイントが現れない。次第に山道になり、さらに回り込んでやっと高台のチェックポイントにたどり着いた。スタッフはいなくて、給水の大きなペットボトルが2本と飴やチョコレートが置かれていた。備え置きのプラスチックのコップで水を飲んだ。すぐ、引き返せると思っていたので、この区間は水を持たずに来ていたのでありがたかった。午前8:22だった。97.3kmを14:22なので、良いペースである。折り返してからすぐに、いよいよ未知の距離に入る。

 起伏が多く、この後の上りはほとんど歩いて2番目のチェックポイント川尻岬・沖田食堂(107.2km)に着いた。雨が止み、スタートしてから初めて日が差してきた。カレーライスを食べ、食堂の前の芝生に腰を下ろし、靴下も脱ぎはだしになって足を冷やした。携帯電話に着信が何件か入っていた。「泉南走ろう会」の仲間達からだった。早速電話した。100kmを15時間弱で走っているので順調なことを報告した。最後に自宅に電話を入れ、出発。再び雨になった。道路に引かれた白線通りにシーブリーズから立石観音(117.2km)のチェックポイントに着いたのが11:55なのでこの10kmは2時間もかかったことになる。雨がきつくなった。

 次のチェックポイント千畳敷は地図では海の中に表示されていたので、てっきり海岸にあるものだと思い込んでいた。山の上とは思いもよらなかった。この区間もほとんど歩いて7kmを1時間30分もかかった。天気が良ければ日本海がきれいに見えるはずだったが、風が強いのでチェックとトイレを済ませてすぐにスタートした。ここにも風力発電の風車が回っていた。

 千畳敷の急な下り道は足を痛めないようにゆっくりと走ったので、上りをいっしょに歩いた人達から分かれて一人になった。坂を下り終えたところに西坂本のエイドがあった。公民館のようなところで中学生たちがいろいろな種類のカップ麺を作ってくれる。座敷には上がらず縁側で海鮮ラーメンを頼んだが、出来上がったそれは他の人に行ってしまった。しかたなく余っていたものを食べることに。この頃から時間の経つのが速く感じられるようになった。ゆっくりでも走ったほうが歩くよりは距離がかせげる。なるべく走るように気持ちを入れ替えて走った。黄波戸で再び海岸に下りて海沿いの道を走る。また雨が激しくなった。右足が痛み出したので、ガードレールにつかまって靴を脱いでみると、五本指の軍足をはいていたのに小指が薬指の下にもぐりこんで圧迫されているのが分かった。手で元に戻して靴を履き直した。もしかしたら骨折しているかもしれないと思った。意識的に内股で走った。

 やがて長門市の市街に入った。仙崎のエイドは往復2度通るので、ここにもリュックがたくさん置かれていた。スタッフに聞くと皆勝手に置いて行ってるとのことだった。次の青海島もアップダウンがきついコースだった。主催者の意図か、峠を登りカーブを越してもチェックポイントは現れず気を落としては次の峠を越すといった状態が続き、チェックポイントの鯨墓(152.8km)に着いたときは2日目の日が暮れて暗くなってきた。28kmを5時間かかった。第2着替え地点の宗頭文化センターまでは後22kmである。ヘッドランプをつけた。ハーフタイツなので走らないと寒くなってきた。途中往路では立ち寄らなかったキャンプ場の食堂へ。カレーライスは売り切れでうどんだけだった。ここはリタイアした人が泊まる場所でもある。青海島に渡る橋を帰るとき、まだ鯨墓に向かう人がいる。今からだと往復3時間はかかるので完走は無理だろうと思われる人たちから逆に激励を受けた。港町を抜けて国道に入った頃から豪雨になってきた。対向車のはねる水飛沫が全身にかかる。雨で濡れているので同じじゃないかとは思うが気分が悪い。ゆっくり通り抜けてくれる人は若い人が多い。

 三隅という街の中で前後のランナーが見えなくなり交差点で後続を待った。通行人はまったくないし、道路の両側の家は明かりが消えて人影はない。速歩きの女性が追いついてきた。女性も余り自信はないようだったが、歩きながら女性の3mほど後ろをついて行った。大きな橋を渡り終えたところで道に直進の白線があった。女性を追い抜いて再び走り出す。峠では歩いている人に追い越されてしまった。町の灯りが見えてきて、迎えのスタッフが次の信号が宗頭だと告げてくれたが、信号ははるか先であった。ようやく宗頭文化センター(174.9km)に着いた。

 時計はすでに11時を回っていた。スタートしてからもうすぐ30時間である。完走するにはここを12時前に出発しないといけないと言われている。雨はさらに激しさを増していた。体育館のようなところで荷物を受け取る。奥には毛布にくるまって寝ている人がいる。リタイアした人だろうか。今年からリタイアした人と走っている人を分けたそうだ。そうしないと、リタイアした人達がビールを飲んでいるのをみて、引き込まれる恐れがあるからだそうだ。公民館に戻り風呂場で、浴槽にはつからずシャワーだけを浴びて最後の着替えをした。ロングタイツにはきかえた。幸い右足の小指は大丈夫のようだ。マラソン用の五本指ソックスに履き替える。長い座卓におにぎりとバナナの入ったプラスチック容器が置かれている。空いているところを見つけたが、足が痛くて座るまでがたいへんである。なんとか座ると熱い味噌汁が運ばれてくる。深夜にもかかわらず大勢のボランティアの方が働いている。ここはいったい何時間ランナーを待っているのだろうかと思った。食事の後、廊下で横になった。皆さすがに疲れている。12時まで後15分しかなかったので、10分だけ目を閉じて寝ることにした。


■宗頭文化センター〜東光寺(215.3km)

 向かいの体育館に荷物を預けるのに手間取って、12時スタートの大集団はすでに出発していた。せっかく乾いた靴下を履いたのに、泥だらけの靴に足をいれてスタート。雨も相変わらず激しく降っている。公民館の前の道を進む。すぐに交差点になった。後ろから来た人と左の大きい道に入った。前方には赤いランナーの明かりがある。上りの坂道を1kmほど行ったところで前の人達が引き返してきた。道を間違ったらしい。今までで一番大きなロスタイムである。分岐まで引き返し直進する。戻ってきた人と後ろからきた人を合わせて10名くらいの集団になった。宗頭から3kmでチェックポイントの藤井酒店のはずだがなかなか見えてこない。山道になってきた。民家も少なくなってきた。こんなところに店などあるのだろうかと不安になってきた。ここでコースを間違えたら命取りである。前方で民家の人に道を聞いている人がいる。藤井酒店など知らないといっているように聞こえた。それでも自信を持って走っている人がいるのでついていくことにした。5kmも進んだ気がしたところで集落が見えて藤井酒店があった。酒屋の店先の灯りで集団の中で三遊亭楽松師匠が仲間と話していた。3名で参加しているようだった。同じ明走会の方だが初対面なので話し掛けるのも気が引けた。師匠というのも変だし楽松さんと呼びかけるのもなれなれしいし。皆チェックシートにパンチを入れて出発。すぐに左折して暗い山道になった。暗いうちは危険なので歩いて行こうということになった。夜が明けるまでに20kmも進めば良いだろう。

 しばらく行ったところで、楽松師匠に並んで「関西名走会の今仁です」と楽松師匠に挨拶した。楽松師匠によると同じ明走会の岡崎さんがすでにリタイアしたということだった。スパルタスロンを何回も完走した方で、サロマンブルーのメンバーでもある。3年前のサロマで話をさせてもらったことがあった。海湧食堂のエイドに荷物が届いていなかったのがリタイアの原因とのことだった。暗い山道を登り詰めたところで国道に出た。雨は相変わらず降っていた。深夜にもかかわらず時折車が通る。夜道を歩いている人がいるときっと驚くだろうと思われる。右側の崖下は川が音を立てて流れている。下り坂が急になり、夜が明け始めた頃自然に皆走り出した。標高が下がった分気温もいくらか上がってきた感じがする。自動販売機コーナーがあった。皆でしばらく休憩した後で再び走り出した。道路に矢印が見えた。急カーブで左折。三見駅に向かった。三見駅(187.1km)に着いたのは2:55分だった。12kmを3時間ほどかかった。駅舎でしばらく休憩。

 楽松師匠のグループがスタートしたのでついて行く。萩までまた峠越えである。山道を2列になって歩いた。道が狭いので、うとうとすると谷に落ちそうになる。峠を越して下りになったところで再びグループが走り出す。山道で置いていかれては大変なのでついていった。先頭グループはあっという間に見えなくなったが、後ろのグループには何とかついて行けた。ヘッドランプを手に持ち、足元を照らしながら走った。踏切を何回か渡ると波の音がした。海に出たらしい。海岸沿いにしばらく走った後、住宅地を抜けて玉江駅(195.3km)には5時前に着いた。とうとう萩市内である。3日目の夜が明けてきた。ここも駅舎の中がエイドになっていた。萩らしく夏みかんが置かれていた。夏みかんを食べて、お茶を飲んだ。次のチェックポイント笠山・虎ケ崎まで15km足らずなので2時間もあれば往復できるだろうと思い、5時に一人で出発した。

 走ってはいるがほとんど歩きと変わらない。海岸は公園になっている。コース案内図では島への橋を渡れば笠山まではすぐのように見えた。橋を渡って正面に見える小さな緑の山が笠山だろうと思っていたが、コースは左のほうだった。折り返しのランナーに後どのくらいかと3回聞いたが皆「まだまだ」としか答えてくれない。1時間が過ぎてもまだ笠山に着かなかった。これでは東光寺に10時までに着くことが完走の条件なのにこのままでは無理かなと不安になった。笠山の入り口でようやく折り返しのランナーからもう少しという言葉をかけてもらった。急な坂道を雨が川のように流れていた。1kmほど山を登った。日本一小さい火山という笠山(204.4km)にようやくたどり着いた。少し折り返して島を時計回りに回り、次のチェックポイントである虎ケ崎に向かう。下り坂も歩くと足が痛くなってきた。

 島の4分の3ほども回った気がして虎ケ崎食堂(207.1km)のチェックポイントへ。食堂の中はストーブがたかれていた。眼鏡が曇って前がまったく見えなくなった。最後の食券を切り取りカレーを食べる。夏みかんが付いていた。カレーも肉がたっぷり入っていて今まででいちばんおいしかった。食堂を出て再び原生林のような山道を行く。笠山の中だけでも1時間以上かかり今まで来た道を折り返す。笠山に向かうランナーの数がめっきり減った。それでもこれから笠山に向かうランナーが挨拶してくれる。200kmを超えて少し気が楽になった。雨もいつのまにか止んでいた。

 東光寺に着いたのは予定より2時間近く遅れて9時30分だった。10時までに着くと完走できるといわれている。泉南走ろう会の友人に電話をした。残り35kmを8時間30分なのでなんとかなりそうだと後から考えると楽観過ぎる電話だった。

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