萩往還完踏記
(幻の萩往還)
2005/05/02〜04
A73 イマジン
■ 夢か現か |
萩往還が終わって2か月を迎えようとしているが、いまだに不思議な記憶がいくつかある。 林の中の話し声 森の芸術 往還道の石畳の石ころ 道路の白線 どれも、朦朧としながら走っていたので、今思い出しても、気のせいだったのか、本当だったのか分からない。確かめるために、また来年走ってみようかと思っている。 _ |
【幻覚】 不眠・不安などの神経症様の症状、 元気がない・やる気が出ないなどのうつ症状、 気分高揚多弁多動の躁症状、 幻覚・妄想・まとまりのない落ち着きのなさや興奮といった精神運動性の不穏興奮、話しかけや外部からの働きかけに対して反応しない昏迷状態、 錯乱・意識障害・意識障害に幻覚をともなうせん妄状態、 夢を見ているような夢幻状態などなど、症状としては非常に多彩なようです。 病気の初期には不眠不安などの状態に引き続き抑うつ的なあるいは躁的な状態があり、ついで急性の 幻覚妄想状態、精神運動興奮、昏迷などが見られるそうです。 この時期は統合失調症と区別が付きにくいのですが、 幻覚や妄想に少し違いがあるとか。 幻覚は、自分の悪口を言っているのではなく、単に人の話し声が聞こえるとか、神様のお告げであるとかの 幻聴が多く、また居ない人が見えたり、無い物が見えたりといった幻視なども見られるそうです。 妄想も一過性であまりはっきりしたものではなく、統合失調症の場合のような体系的系統的なものはあまりみられません。回復後に一部の記憶がなかったり、夢のようだったと述べることもあり、意識障害があったり、夢幻状態であったと考えられることがあるのだそうです。 思い当たることも、あるようなないような…。とにかく、今のそらの状態は非定型精神病だということです |
■ 記憶にない場所 |
昨年は初参加だったので、第一ウェーブでの出発だったが、途中で全体の3位になり、道が分からず立ち止まることが多かったので、今回は後ろからついていくことにして、第三ウェーブで18:10に出発した。フラダンスはなかったが、替わりにスタートしてすぐの駐車場で和太鼓の演奏があった。坂を下り最初に右折したところで、早くも持病の左膝に痛みが発生した。しばらく走って痛みが消えればその後は大丈夫なのは分かっていたが、しばらく走り痛みがなくなり、一安心した。 川沿いのサイクリングロードを走っているときに、何名かの方に声をかけtられた。大会受付で配られた文集の先頭に私の拙い文章が掲載されていたためであった。大会後に友人から聞いて牛久の鉄人さんとか北海道のO橋さんといった有名な方々と知った。 昨年、迷った上郷駅の手前の分岐も難なく通過した。秋吉台サイクリングロードに入ってすぐに、突然クニさんに遭ってしまったので、動揺して「目標タイムはどれくらいですか?」と、とてもつまらない質問をしてしまった。クニさんの答えは「目標タイムよりも、いつも完走が目的です」とのことだった。いつも真剣に走ることが連続完踏の秘訣だと感じた。 2回目になる今年、昨年走っているのにまったく記憶がない場所がいくつかあった。 _ |
【千畳敷】 【青海島】 【宗頭】 |
■ 落し物 |
三見駅から玉江駅まではまったく自信がなかったので、大集団が出発するまで待っていた。駅を出ようとしたとき、足元に何かのケースが落ちていた。駅に戻って落とした人がいないか確認したところ女性ランナーのものと分かった。その後集団にいたIさんという人が藤井酒店でチェックシートにパンチするのを忘れたとのことだった。ジュースを買っていてパンチを忘れたそうである。 何度か踏み切りを渡りようやく玉江の駅に着いた。この区間は昨年同様ほとんど歩いた。駅のベンチに座り、萩名産の夏みかんを皮ごとほおばって食べた。疲れた体にはやはりクエン酸である。 笠山のチェックポイントには昨年より1時間以上早く着いた。チェックシートを取り出そうと大きな木の根元にリュックを降ろし、ファスナーを開けた。ところがチェックシートが見つからない。まさか、と思いリュックをさかさまにして、中身をすべてひっくり返した。携帯電話とチェックシートはなくさないように特別に小さなビニールケースに入れて大事にしていた。その小さなビニールケースがなかった。荷物を再びリュックにしまった後、もう一度開けてみたが、ビニールケースはやはり見つからなかった。 今、考えてみると、チェックポイントを出てすぐに、チェックシートをリュックに入れたかどうか不安になり、、立ち止まって、リュックを開けて確認していた。外にポケットがないため、その都度リュックの本体を開けるしかなかった。それが、なぜか、三見駅以後は確認は一度もしていなかった。 放心状態でいると後のランナーがやってきた。チェックシートをなくしたランナーに告げる言葉があるはずもなく、ただ気の毒がってくれた。もう、走るのをやめようかとも思ったが、気を取り直し、ゼッケンにパンチして虎ケ崎に向かって走った。虎ケ崎でわずかな望みを託して、スタッフの方にチェックシートの落し物がないか確認してもらったが、落し物は報告されてないとのことだった。笠山から萩焼会館までチェックシートが落ちていないか確かめながら走ったが、やはり見つからなかった。笠山以降は自分に納得させるように、ゼッケンにパンチを押して行った。 _ |
【笠山】 日本一小さな火山 http://www.nhk.or.jp/sawayaka/hagi.html |
■ 往還道 |
昨年は雨で濡れていたせいもあるが、最後の下りをすべて歩いていたので、今年はすべて走ることにしたが、それでも1時間近くかかった。ダムのところもすべて走って瑠璃光に戻った。後ろを走っていたはずのOさんがゴール前で応援してくれた。 チェックシートがないので、ゴールテープを切っても良いかどうか迷ったので、スタッフの方に確認してゴールテープを切った。昨年より2時間近く良いタイムだったが、うれしさはなかった。47都道府県のフルマラソン達成のための通過点にと思ったこの大会が、また、来年も呼んでいるのではないかと思った。 ゴールタイムは非公式で45:14:33(99位相当) _ |
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■ 反省 |
萩を走るためには体力、気力のほかに知力が必要なことをつくづく思い知らされた。それに多くのスタッフの方の力である。特に虎ケ崎では、電話でチェックシートの落し物がないか連絡をとっていただいたり、食券なしで名物のカレーを食べさせていただいた。本当にありがとうございました。 大会の翌々日、携帯電話とチェックシートが大会委員長直々に宅配便で送られてきた。携帯電話の中には大会前日にとりおこなわれた父母の33回忌と50回忌法要の写真が入っていたので、自分にとっては何にもかえがたいものであった。 装備については、この2年あまり力を入れていなかった。胃だけはどんなときでも難でも食べられる自信があったので、薬類はいっさい持っていなかった。暑さには弱いが、寒さに強い(汗かき)なので、ウィンドブレーカーも持たなかった。その伝でリュックもごく普通のものだった。持ち物は軽いほうが良いと思っていた。 萩往還に適したリュックチェックリスト |
チェックシートは7番目の三見駅までパンチが押されている。虎が崎食堂の食券が1枚残っている。 |