いなか自慢


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田舎自慢のページ

俺より田舎自慢できる人なんているかな


がばいばあちゃんの本が売れているが、俺のいなかもいなかだぜ。自慢はここ

自分がいなかものである所以を下のようなテーマで順次紹介・追加してゆこう

  • 生まれ故郷の風景 編
    • 田舎の川の話

       メインの川はゆくゆくは日本海に流れ込む。しかし、常に雪解け水が流れ込んでいるようなこの川は冷たく早い。だいぶ改修工事をしてしまったので、入って歩くというよりは、土手を歩いたり、土手から釣りをするくらいの方が簡単だ。
       そんな土手に夏の夕暮れ時、車を止めてハザードを出すと何処からとも無くの集まってくるポイントがある。ハザードの光に寄せられて、車が天然のネオンに彩られる頃、ハザードを止めれば、最高の夏休みの思い出が作られる。まだ子供が小さいときに見たと思うが、彼はあの風景を覚えていないかもしれない。

    • 田舎の冬の話

       田舎は、日本海寄りの山の上にあるので、雪がたくさん降る。最近は豪雪とあまり聞かないけれど、言ってみれば豪雪地帯だ。おおよそ5ヶ月間も家の周りに雪があるとうんざりしてしまう。これが嫌で今は東京暮らしなのだが・・
       小さい頃は、道ふみ、雪下ろし、雪かきが冬場の日課。最近は小型除雪機や雪下ろしをしなくても雪が落ちてくる屋根になって、だいぶ楽になっているらしい。それでも雪かきは大変だ。
       除雪してある道まで雪の降った日の朝はかんじきを履いて道ふみをしないといけない。踏んでない道は足が沈んで動けないからだ。かんじきを履くのは、沈まない為もあるが、道踏みする面積を稼ぐ為もある。じいちゃん手製のかんじきは、紐1本で足に結わえ付ける。
       スノーシャベルと呼んでいた道具で、雪下ろし。昔は、蔵に馬屋に母屋に作業場とたくさん屋根があったので、いっつも雪下ろし。晴れた日は半そでで汗だくになりながらの作業。降ろした後は、屋根から体操選手さながら一回転やムーンサルト、足が抜けなくなって泣きそうになったこともしばしば。足は抜けたが長靴が抜けないなんてのもしょっちゅうだったな。

    • いなかのの話

       冬が長いだけに、春がやってくるのは遅い。入学式のときも道の脇には雪が残っていたし、畑・田んぼの仕事ができるようになるのもずっと遅い。
       春といえばだが、だから桜が咲くのも遅い。ゴールデンウイークが開花予想の目安だから、とんでもなく遅い。北海道の開花予想が5月に入ってからだから、やはり北海道に似た気候といってもいいのだろう。
       春の食べ物といえば、ふきのとうやつくしをあげる人もいるだろうが、そんなものありすぎて小さいときに食べさせられたこともないし、雑草ゆえか食べたいと思ったことも無かった。今にして思えば、もったいないことなのかも。
       山菜取り。幼いながらにできたアルバイト。ゼンマイ、蕨、ウド、フキ、たけのこを採ってきて、キロ単価で引き取ってくれる。学校行事でもあった。山に暮らす人の貴重な収入源である。山に入るには、いろんな動物がいたり、道がない為に一人ではいることは無かったが、それなりに稼がしてもらったものだ。今思えば、採ってきただけで、出荷する為の後処理を一切していなかったので、大人たちはご苦労さんでした。

    • 田舎の夏のエピソード

       この地において短い夏はすばらしい季節である。世間は温暖化だ異常気象だといっているが、夜になったら冷えること冷えること。クーラーはおろか、扇風機すらない。布団をちゃんとかぶらないと、寝冷え間違いなし。なんとすごし易い事か。
       には悩まされるものの、綺麗な虫も中に入るし。カブトムシも、溜めていた堆肥の中にごまんと幼虫がいて、ひと夏に何十匹も成虫にさせることができた。夜電気をつけているだけで飛んでくることもしばしばだ。
       家の外には谷の水を引いた水屋が何処の家にもある。野菜を洗ってもいいし、水を飲んでもいいのだが、谷の水で冷やしたトマトやきゅうり、スイカやビールまで何でもおいしく感じたものだ。鉄砲水がたまる位置よりも高いところに住んでるような山奥過ぎて、災害の話も聞いたことが無い。時々町まで降りてゆく道の途中が崩れるくらいか・・
       私が住んでいた頃は、谷の水を直接ひいて飲料水にしていた。そのため雨が降ったら蛇口の出が悪くなって、詰まった石やら泥やらを取っていたら、イモリやら蛙が出てくることもあったものだ。

    • 秋のエピソード

       冬以外の季節はどれも短い。夏かと思えばすぐにトンボが飛び回る。夕方ともなると空一面を覆い尽くすほどのトンボ。あの風景は今も見られるのだろうか?
       朝学校へ行く途中、電信柱でヤゴから成虫になるオニヤンマを観察していたこともあったな。
       こないだ久しぶりにトンボを獲った。息子の帽子で獲って見せた。指を立てて立っているとその指に止まったところでトンボの足をつまんで捕まえたりもしたな・・と思い出しながら。
       秋には校下大運動会と称して運動会が開かれていた。小中学生だけでなく、田舎特有の地域コミュニティーの終結場所である。象徴的なのは年寄りによる縄ない競争、一般参加もOKなマラソン競争が運動会の中にある点。運動場を何十分も選手がいなくなる運動会なんて、よそではそうは見られまい。
       (秋の味覚や祭りについては、また別途。)

    • 実家の建物構成

       いなかの実家はたくさん建物があったな。農作業する為やら、父ちゃん爺ちゃんの過去の遺産とかで、蔵、馬屋(まや)、作業場、便所、漬物小屋、母屋とあった。近所の家はどれも古い農家の造りだったので、2階建てで、作業場と母屋が一緒になってるような大きな家だった。うちは分かれていただけだな。もちろん組み取り式のぼっとん便所。
       蔵に入るのは暗くて電気も無かったので怖かった。
       馬屋の2階は物置だったが、板が固定してなく踏み外しそうでいつもおびえながらかくれんぼしていた。
       作業場は爺ちゃんの隠れ家。
       大きいほうの便所は、またぐのに命がけ。
       漬物小屋の食料が、冬の貴重な栄養源。

      ただし、現在は母屋、馬屋、便所は建て替えて、古い建物は朽ちている。

      そして、その集落にはいまだに茅葺屋根の家もある。

    • ゴキブリのいない世界

      台所の引き出しを空けたら、小さい虫が出てきた。新築の家なのに、住んで1年もたっていないのに、あの醜い虫だ。なぜいるのだろう?

      時々壁を這っている大きいのではなく、小さいやつだった。もっとどこかにいるのかもしれない。

      ゴキブリのいない世界がいいな。ここは便利かもしれないが、ゴキブリが寄ってくる。

      高校生になるまで、ゴキブリを見たことが無かった。うちの田舎はゴキブリが住むのにも過酷な環境なのかもしれない。トンボや蛙なら平気な私も、大きくなってから出会ったあの虫は苦手だ。

      何とかならないものか

    • 道の話

       今は、どんな田舎へ行ってもまず舗装されて無い道は無い。しかし、幼い頃は、十分舗装がされていなかった。道の途中には水溜りができ、がぎゃらご(卵)を産んで、日が照ると死んでしまうようなこともあった。
       友達と、俺この泥水飲めるもんねと、変な自慢をして歩いたな。
       そして、今でこそ立派な道ができているものの、冬になると雪が深く、急坂のため閉鎖されてしまう。車が登ってゆかないのだ。別のおんぼろで狭い道を除雪しながら、細々と街へ向かってゆく。
       昔、冬場はよく車がカーブで回っていた。バイクの免許しか持ってない友達の親父さんは、バイクにチェーンを巻いていたものの、崖から落っこちたと聞いたこともある。
       何を隠そうこの俺も、免許取立ての頃、冬田舎に帰って、親父の車で壁に向かって突進したことがある。たいしたこと無かったけどな。

    • 山の話

       さすがに山がたくさんある。ほとんど山の頂上で暮らしている気分。アルプスの山々に囲まれたほんのちょっとした盆地で細々と暮らす集落。そんな感じだ。
       なにせ山が多いので、山には苦労しない。遠足は日帰り登山。休み時間の体力づくりは学校の裏山の走りこみ。山で植物を採取し、動物を取る。山の花を愛でて、山の水を飲む。
       嗚呼山だらけ。

    • 谷というか釣りの話

       本来釣りをするためには鑑札が必要で、漁業組合で購入する。なぜか親父はこの腕章を持っているので、最近ではこれを借りて釣りしているが、小さい時はまさにそんなの関係なかった。
       ミミズを蓋に穴を開けた海苔の佃煮のビンに詰めて、谷沿いに山を登ってゆく。ちょっとした瀬を見つけては糸をたらす。すれてきたら移動の繰り返し。
       釣った魚はそこら辺の笹を折り、えらから突き刺して持ち帰る。
       釣れるのはいまだに岩魚か山女しか釣れない。そんな釣り人にとって極楽のようなところも住むとなると、これまた少し話は違ってくるのだが・・

    • 屋号の話

       この閉鎖された部落と言う地域の中で、世界は作られていた。そのため、村中が親戚と化していた。だから、例えば、山田さんと佐藤さんの家ばかりなのだ。これでは会話がわかりづらい。ということで、本家以外を屋号で呼んでいた。例えば、昔佐藤A作さんの住んでいた家をA作のところ、山田B冶が住んでいた家をB冶の家と呼ぶのだ。
       これが覚えられない。中学卒業までこの田舎に住んでいたが、その家を訪ねることが子供にあるわけでなし、その家の人と会話することもそうは無い。
       でも、これが無いと会話がしこたまややこしくなるから、今でも使っているようだ。

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  2007年11月3日