会 長 あ い さ つ

東條会長写真
平成20年8月
伊那北高等学校関東同窓会
会長 東條和彦(高9回卒)

 たぐへて行かんわが友よ
  −よろしくお願いします−


 盂蘭盆の時期を過ぎて、さすがの酷暑も幾分和らいだ感じが致しますが、この夏みな様にはいかがお過ごしだったでしょうか。
 さて、私は毎年一回7月に開催される関東同窓会の総会において、このたび有賀さんの後を受けて会長に選任され、就任いたしました。
 伊那北高校関東同窓会は、昭和44(1969)年に本部同窓会の東京支部を発展拡充し、関東地区同窓会として新発足してから40年近い年月が経過しました。創設者・小澤 肇氏(中学1回卒、故人)が長く会長を務められましたが、その後松尾さん・有賀さんへとバトンタッチされ、私は四代目に当たります。
 私は高校9回卒で、入学した昭和29(1954)年4月は地元伊那町が周辺5か村と合併し伊那市が誕生したタイミングであり、また学校の創設35年に当たるということで、学校と生徒会が一体となり、賑々しく記念祭を開催いたしました。それを受けて、翌昭和30(1955)年には従来の文化祭を“ペン祭”と衣替えして新たに発足させ、それが50有余年を経て今日に続いております。
 そしてこの年の野球部の甲子園初出場と翌年3年生の時の甲子園連続出場は、おそらくわが伊那北校の金字塔といっても過言ではないでしょう。 このような時機に多感な青春時代を送り、かなり活性化した高校生活をエンジョイできたこともあって、我々世代は出身校とか同窓会に対する思い入れも強い部類に属するのではないかと思います。
 しかしながら、その後価値観の多様化もあり、同窓会に何らかの意義を見出し、積極的に集うという感覚は、若年層には薄れつつあるように思えます。我々は同郷人が集まると、校歌・応援歌の高歌・放吟に始まり、“信濃の国”で終わるのが通例で、信州人は最もよく集い群れると言われ、私自身もそう思ってきましたが、どうやらそれは我々世代までの話で今は必ずしもそうではないようです。10年前の古いデータではありますが、NHK放送文化研究所の全国県民意識調査によれば、同郷人同士の結束が強い県は島根がトップで、富山、香川と続き長野県は4位になっています。
 関東同窓会の登録会員数は現在4000名を超えますが、会費を支払って下さる会員は、まだ1000名に届きません。年一回の総会・懇親会への参加者は何とか200名くらいはと思っていますが、残 念ながら下回ることの方が多いようです。このイベントの幹事役は従来から卒業回次ごとに担当し、毎年一年づつ若返らせていくという方式を取っていますので、来年は26回卒業の方々が当番になっています。この方式で、3-4年先までは何とか廻りそうですが、このままではその先が見えないというのが実情です。と申しますのは、当同窓会もご多分にもれず、高校30回卒以降(年齢で申しますと、50歳未満の方々)の同窓生の参加が極めて少なく、若手の掘り起こしが喫緊の課題と認識しています。 同窓の集いを魅力あるものにして、若い人たちにも積極的に参加して戴き、引き継いでいきたいと思っています。
 関東同窓会メンバーの中には、親兄弟が健在で今も頻繁に伊那と往来している方もいれば、反対に親が亡くなったため伊那とは縁遠くなってしまったという方もいて、故郷との関わりようは濃淡様々だと思われます。しかしながら、伊那生まれ・伊那育ちのDNAは皆共有しており、街並みは変わっても変わることない故郷の自然への想いは共通でありましょう。
 同郷の旧友に逢って楽しかった・懐かしかった・癒されたといった想いを持てて初めて同窓会も意義があるわけですから、我々世話係としても参会者にそうした場を提供していくという使命感をもって微力を尽くしたいと思います。 歌われることの少ない校歌4番の最後のひと節、“たぐへて行かむわが友よ”の想いを皆さんが共有しているものと信じ、この思いをベースにおいて同窓会の運営に当たりたいと考えています。お力添えをお願いします。