ダライラマの理想の平和国家の建設
<はじめに>
1996年にTIBET: A FUTURE VISION (チベット:未来へのヴィジョン) という小冊子がチベット亡命政府の運営する<チベット議会政治・政策研究センター>から出版された。この小冊子は未来のチベットの政治はいかにあるべきかを、ダライラマ14世の教えにそって解説したものである。著者のサンドン・リンポチェはインドのサールナートにある高等チベット研究中央研究所の教授であり、ダライラマ14世の信任厚く、チベット亡命政府の議会長をも務めている。
サンドン・リンポチェのこの著作は55頁の薄さであるが、英語で書かれ、ダライラマ亡命政庁のいだく政治理念をよくまとめている点で貴重なものである。
この書を読むまでは、ダライラマが、特に「5項目の平和プラン」や「ストラスブールの提言」などのスピーチで、いわんとすることが私にはよくわからなかった。この書を読むことによって、はじめてダライラマが実現しようとしている未来のチベットの姿をはっきり理解することができた。
このサンドン・リンポチェの書をベースにして、ダライラマ亡命政府の政治が目指している未来の政治形態を見てみよう。
<政治について>
政治はいかなるものであるべきか。
まず、大事なのは、政治とは慈悲に導かれるものでなくてはならないということである。
仏陀の縁起の思想(一切のものは相互に深く関わり依存しあっているという哲学;相依生ともいう)から、一切の人は互いに無関心であってはならない、宇宙に生起するすべてのことに責任感をもたなくてはならないという理念が生まれる。
この理念を Universal Responsibility 宇宙的責任(人類各自が全世界に起こることに対して責任感をもつこと)という。
例えば地球の裏側で或る人々が苦しんでいるのは自分に全く関係のないことではない。因果の連鎖を見てゆくと、自分がその責任の一部を負っていることがわかる。
この宇宙的責任感から人は行動を起こさなくてはならない。人の不幸に無関心でありつづけることは許されない。
宇宙的責任感と慈悲の心とは表裏一体である。
慈悲とは「仲間の不幸を黙って見過ごせない気持ち」である。すべての人間が苦しむ生き物すべてに対して慈悲のこころを持たなくてはならない。
政治とは人々の慈悲の心によって、宇宙的責任感によって、指導され動かされるものでなくてはならない。
未来の政治は三つの主要な原則に支えられる:
1)真実
2)非暴力
3)真の民主主義
真実を歪めたり隠したりするような国家であってはならない。暴力を肯定するような国家であってはならない。真の民主主義が実現するような国家でなくてはならない。
政治の目的は、永遠の宇宙の法(ダルマ)に導かれて、公正で・人間的な暖かみのある・繁栄する社会を建設することにある。
理想の国チベットは、戦争に対して、平和のサンクチュアリー(保護区)でなくてはならない。
理想の国チベットは(唯物論的刹那的享楽主義つまり卑俗な物質主義に対して)精神主義 spirituality のサンクチュアリー(保護区)でなくてはならない。
理想の国チベットは、環境の清らかさのサンクチュアリー(保護区)でなくてはならない。
政治の目的は、そのような三重のサンクチュアリー(保護区)たる理想国家を作り、守ることにある。
政治の目的は、また、人間の永遠の理想である自由・平等・愛・美・慈悲・正義・非暴力・真実を体現する法律と体制を作り、守ることにある。
そのような理想国家チベットを実現するために前提となる条件として、次のような指導的原則 guiding principles
が立てられる:
○ 立憲民主主義でなくてはならない。未来のチベットにおいては、ダライラマは国家の元首ではなく、宗教者の一人になり、チベット政治は民主主義的議会制によって運営される。
○ (植民地国家ではなく)独立統治の国 Swarajya でなくてはならない。チベット人民による独立統治の国でなくてはならない。政府はチベット人民に認められたものでなくてはならない。
○ 憲法の中には、(理想国家の理念たる)<国の至高の法> the Supreme Law of the Land が体現されていなくてはならない。この憲法よりも高位に立つ者は存在しない。
○ 専制的な中央集権であってはならない。中央の政治と地方の政治とは、バランスのとれた調和的なかたちで動くものでなくてはならない。地方政治の権限は保護される。地方政治はそれぞれの地方の人民の要求に見合ったものでなくてはならない。
○ 国家の公用語はその国の人民の言葉でなくてはならない。チベットの公用語は(中国語ではなく)チベット語であるべきである。
○ 司法制度は行政・立法から独立していなくてはならない。司法制度は差別なく人民が平等に利用できるものでなくてはならない。
○ 以上の基本的な指導的原則は、憲法上において改正の対象にはならない。
未来の理想国家チベットにおける統治は、次の統治原則 Principles of Governance に従ってなされる:
第1に、慈悲。慈悲こそは人間社会の最高の美徳であって、また国家の最も偉大な行為たりうる。国の政治を導く至高の光が慈悲である。
第2に、非暴力 Ahimsa。未来のチベットは、国際社会でなされるあらゆる暴力・戦争行為に対して、非暴力・不殺生 Ahimsa
の特別区域となる。戦争における中立性は国連によって保証される。
第3に、環境汚染からの脱却。未来のチベットは環境問題においても国全体がまるごと特別保護区となり、環境の清らかさを保護する。森林を保護し、田舎の自然的な生活を保護して、都会生活や(工業的な)発展を規制し、大自然と人間社会とが、完全にバランスがとれた状態を達成する。
第4に、信教の自由。チベットは宇宙永遠の法(ダルマ)と高い精神性の住まいでありつづけるだろう。信教の自由は侵されてはならない。人民は特定の政治哲学や宗教教義を強要されてはならない。
第5に、伝統文化の保護。チベットは古い伝統文化と精神性の保護所でありつづける。土着の伝統文化、諸少数民族の文化は敬意を払われ、保護されなくてはならない。
第6に、人権の尊重。人権 Human rights は侵害されてはならないものである。国家はそれを確実に保護しなくてはならない。
第7に、言論の自由等。国民には生命保証の権利、自由に生きる権利、私有財産をもつ権利、言論と表現の自由の権利、集会の自由の権利、出版の自由の権利、そして雇用を獲て生計を立てうる権利が与えられねばならない。
第8に、参政権。男女すべての国民は参政権をもち、法に従い公的な事務所を開く権利が与えられねばならない。
<経済について>
次に、経済はいかなるものであるべきか。
未来の経済の根本原則は次の四つである:
1)生きとし生けるものに対する非暴力
2)自給自足
3)生計を立てうる権利
4)自然環境との調和
これらの根本原則による未来の経済を、私たちは「中道経済」Middle Path Economy と表現する。
中道というのは仏教の教えであって、両極端に偏らず中庸・中正の道を意識的に選び取ることである。それは安易な中途半端の「中」とは全く異なる。中道経済とは決して混合経済
mixed economy ではない。混合経済は両極端の経済システム、つまり資本主義と社会主義のよいところだけを結合しようと試みて失敗した。中道経済はこの両極端から自由であって両者をともに否定する。
中道経済のポイントは富というものの無常性と無価値を心得ることである。
富というものは人のためにあるのであって、富のために人があるのではない。
「必要な物」というのは決して「欲する物」と同じではない。一人の気高い人間にとって本当に必要とされる物は食べ物・衣・住居と薬にすぎない。しかしながら物質的な豊かさだけを求める経済は人間の所有欲をあおり立てる方向に進む。企業は消費者の購買欲をそそって、人工的に欲求を作り出す。増大する欲望に人はひっきりなしに追い立てられる。資本主義はコマーシャルによって人工的に作られた欲望と新商品との循環の上に成り立っている。欲望の幻影の中で、人は欲望の商品に殺到する。人の生は金銭化され、生の意味はかえって貧しいものになってしまっている。
一方、資本主義への反動として共産主義者によって社会主義経済が考えられた。しかし見かけの過激主義と平等主義とはうらはらに、社会主義は資本主義と本質的にあまり違ったところはない。それは社会主義というより、せいぜいのところ、国家資本主義
state capitalism と呼ぶべきものである。個人の経済行為の自由を否定し、所有権の原則を拒絶したために、資本主義経済よりもさらに悪い結果をもたらした。
人間社会の幸福にとって、社会主義も資本主義も、ともに不適切な経済システムである。未来の理想国家にとって採用されるべき経済モデルは現在の世界には見あたらない。
こうして資本主義と社会主義の両者を否定して、新たに提案されるのが中道経済である。
人間が生きるために必要な物だけを得て満足し、自給自足がなされ、また余剰成長の適切な配分がなされる社会を理想とする経済である。
その経済政策の原則を以下に説明する。
第1に、<非暴力>の経済。
無益に生き物を殺したり苦しめたりすることがなく、また労働者階級・消費者からの搾取がない経済システムを<非暴力>の経済と呼ぶ。非暴力の哲学の上に立つ経済システム、生き物にやさしい経済システムである。武器の製造・取引・輸送、また暴力的な人や組織を援助したりすることも、生命に対する暴力に間接的に加担していると見なされ、禁止される。
第2に、自給自足の経済。
自給自足の経済とは食料・衣類・住居・基本的な医薬品などが国内の消費に十分な量だけ生産されるようにすることである。国のレヴェルよりも地方のレヴェルで自給自足できるようになることが望ましい。国外からの製品の輸入に関しては、輸入の総量が輸出の総量と等しくなるように、あるいは輸入の総量が輸出の総量よりも少なくなるようにされるべきである。外国からの援助は受け入れる前に、あらゆる点から深く検討すべきである。外国からの借款は原則的に受け入れるべきではない。
未来のチベットは世界中のどこにも類例がないような、ユニークな貨幣制度 a unique monetary system が採られるべきである。
国際間の貨幣価値を安定させ、インフレーションを避けることが出来るように、貨幣制度は統制がなされることが必要であろう。
銀行システムは現実的な提案であるが、その運営にあたっては強力な統制がなされるべきである。銀行の機能は、貯蓄を奨励し生産投資を促進することだけに制約されるべきである。
通貨の使用は最小限に抑えられる:すなわちもっぱら国際間の両替のために通貨の使用がなされる。国内では商取引が単純化されるように、物々交換システムによる取引が奨励される。貨幣がはたす役割は抑えられるべきである。
金銭というものは蓄積されやすく、盗まれやすく、見せびらかされやすいものである。金銭というものは人々のこころ(心的態度)を変えたり、制約してしまったりする傾向を有する。金銭への執着によって人々の正直さや心の自然なる伸びやかさが犠牲にされる。そのような状況は避けられるべきである。
第3に、自然との調和。
経済は自然環境のバランス(均衡状態)の維持と保護を保証するものでなくてはならない。
人の強欲さと結びついた自然資源の心ない開発によって、自然環境の劣化が起こる。
自然環境のバランスを維持するためには、自然とそこに生きる生物すべてに対する深い敬意を原則に、経済が組み立てられねばならない。
森林地区・放牧地区・農耕地区・園芸地区・住居区・個人の小さな庭などが、全体的によく釣り合いがとれたかたちで、科学的に配分されることが最も大事である。
工業地域は、都会であろうと田舎であろうと、それらの居住圏とは切り離して置かれ、発展させられる。工業地域は、移転する労働者の一時的な仮住まいのための施設だけをもつようにし、恒久的な住宅を立てて定住することは、禁止地域内では許されない。町や村から人々を工業地域に移住させることは厳しく禁じられる。
環境汚染・公害を十分に考慮していかなる工業が設けられるべきかが選択されるべきである。工業上の適切な法律によって、環境保護のための予防策や改善策がなされるべきである。
重工業は未来のチベットにおいては許可されない。素材や製品の大輸送を必要とし・燃料や木材や水を大量に必要とし・汚染された水を吐き出し・有害なガスや化学物質を発するような重工業は、環境にとって大きな打撃となるからである。
逆に、伝統工芸品の生産や家内工業や小工業は奨励される。特にダイヤモンド研磨や時計製造や電化製品製造やコンピューター組立などの家内工業が優先されるべきである。
輸送業や通信業は、地方の住民が国内の他の地域や国外から孤立絶縁することがないように育成されるべきである。
第4に、価値に基礎づけられた経済
価値に基礎づけられた経済 a value-based economy は富める者と貧しい者との隔たりを縮小する方向をめざして、発展する。
貧困や失業を根絶するために、目標達成のための時間の枠を設けて、努力がなされるべきである。初めの2回の五ヶ年計画においては、まずこれらの目標の達成に努力が集中されるべきである。少数の個人やグループに富や資本が際限なく蓄積されることがないようにチェックする機構を作ることも必要である。
社会協力の運動が起こされなければならない。伝統的な村の共同体が回復されなければならない。
未来のチベットはいかなる金融や貿易の国際的な組織にも加盟すべきではない。自国民のために中立政策 a neutral
policy を維持すべきである。しかしながら、他の国々、特に隣接する国々(インド、ネパール、ブータン、中国、モンゴルなど)と一対一で相互に有益な貿易関係を築くべきである。その貿易政策は特に重機械の導入に対して注意が払われるべきである。機械は時間を節約させ、労力を節約させてくれる。機械は人間の運命を左右するものではない。人間は機械を支配することであろう。
<宗教と政治の関係について>
チベットは1200年の間、精神主義 spiritualism の国であった。精神の開発にチベットはすべての天才を捧げてきた。
国家この長い歴史をもつ精神的遺産を保護し、その伝統を発展させる政策を積極的に採るべきである。しかし国家は現世主義でなくてはならず、その枠を越えて人々の精神生活の領域にまで介入してはならない。国家は政教分離の世俗主義
secularism でなければならない。しかし世俗主義とは一般に反宗教・反精神主義的なものと誤解されやすいが、そうではない。世俗界と精神界とを共に抱合するダルマ(宇宙の理法・法則)への信頼の上に、世俗主義
secularism は立つものである。
なお過去におけるチベットの政治は、神権政治 (theocracy) の形態であったと多くの西洋人は誤解し、批判している。しかし仏教は無神論であり、<神の宗教>ではなくダルマの宗教、法の教えであるから、このような批判はあたらない。
良心の自由、宗教の自由、特定の宗教を信じない自由は基本的人権であって、憲法によって保証される。
国の法律は、いかなる精神伝統や宗教文献・教義や宗教団体にも、指導されてはならない。
国のすべては民法典(市民的法規)に従う。ただし精神伝統によって広められた世俗的な倫理・基本的モラルは、法律を作成する上でのベースとなる。
過去にそうであったように、未来においても、チベットにおいて宗教的マイノリティーであるボン教・キリスト教・イスラム教の人々の宗教的信念の自由と世俗的安全は保証される。いかなる宗教に対しても、いかなる民族的伝統に対しても国家は公平でなければならない。すべての立場は同じ権利と特典を与えられる。
将来のダライラマの地位について。
未来においては、宗教会議(宗教的な事がらに関する会議 Council of Religious (Spiritual) Affairs)
が憲法によって設立されるべきであろう。ダライラマ猊下がこの会議を主催する最高僧長 the supreme patriarch
となる。
すべての僧院・寺院や仏教以外の宗教団体は、宗教会議の行政上の管理化に入る。
それらを管理するための法律・規則は宗教会議によって作られる。
僧院における学徒の規律の維持、居住環境の改善、僧尼の質や数の適正化などは宗教会議に責任が求められる。
18歳以上のあらゆる市民は、自分がいかなる宗教を信じるかを申告し、宗教税 spiritual tax を支払うものとする。その税収入はすべて、宗教会議の管理のもとに、宗教的な事がらのために用いられる。
それぞれの宗教の信徒の数に応じて、それに対応する形で、それぞれの宗教に対する経済的な援助が、宗教会議を通してなされる。
なおダライラマ猊下の不在期間は、憲法の規定に従い、摂政が任命される。摂政は宗教会議におけるダライラマ猊下の代役となる。
宗教会議は適切に法律が定めるところによって規制されるものとする。
<国際関係について>
未来のチベットは国全体が<非暴力・不殺生の特別区域> Zone of Ahimsa となる。このことは国全体が非武装地帯となり、いかなるビッグ・パワーとも、いかなる国連合(ブロック)とも連帯しないこと、戦争武器の製造にかかわらないを意味する。
たとえチベットが中国の保護領としての一国にとどまるとしても、しかしチベットは貿易や商取引や教育や文化交流などの面で、他の国々と直接交渉する権利を有するべきである。また中国の外交方針の如何にかかわらず、チベットは他の国々に対して独立した見解をもつ権利をもつべきである。
以上、政治・経済・宗教・国際関係について、ダライラマ亡命政庁が抱く理想国家ヴィジョンの中心的な思想を紹介した。
では、この理想の実現のために、ダライラマはどのような行動を起こしたであろうか。
1987年9月21日、アメリカ議会での演説において、ダライラマは「5項目の平和プラン」 Five Point Peace
Plan を発表した。それはチベットについての、次の5項目から成る中国に対する提案であり、もしこれらがきちんと中国に受け入れられれば、チベットは将来も中国の権力圏内にとどまっても良いということが暗黙の交渉条件となっている。
(1)(中国は)チベット全土を平和地帯 a zone of peace に移行させる。
(2)中国は中国人をチベットに入植させている政策を放棄する。その政策はチベット民族の生存自体を脅かしている。
(3)(中国は)チベット人の基本的人権、ならびに民主主義による自由を尊重する。
(4)(中国は)チベットの自然環境を復元・維持し、チベットを核兵器生産と核廃棄物処理場として使用することを停止する。
(5)中国はチベットの将来の地位に関して、真剣に亡命政府との交渉を開始する。
ダライラマは、チベット人の幸福のためには、独立問題にこだわらず、何よりも今は、環境破壊の問題を優先させ、また直ちに中国の入植政策を停止させることが大事と考え、このような提案をした。
第1項目の「(中国は)チベット全土を平和地帯 a zone of peace に移行させる」という提案は、上述のサンドン・リンポチェの理想国家建設論にある「未来のチベットは、国際社会でなされるあらゆる暴力・戦争行為に対して、非暴力・不殺生
Ahimsa の特別区域となる」という理想と合致するものである。またこの提案が実行されるならば、平和地帯化されたチベットを挟むことによって、インドと中国の両大国の直接接触が無くなるわけであり、現在両大国が互いの国境防備のために注ぎ込んでいる軍事費が必要なくなり、両国とも軍事費に向けられた予算を福祉に回すことも可能になる。
第2項目の「中国は中国人をチベットに入植させている政策を放棄する」という提案は、現在チベットにおいては、中国の入植政策のため、すでに中国人の人口がチベット人の人口を上回ってしまっているという逆転現象が起きてしまっているため、その事態を危惧して出されたものである。このままではチベット人はチベットにおいてすら少数民族となり、民族としての在続が危ぶまれる。
第3項目の第1点である「(中国は)チベット人の基本的人権を尊重する」という提案は、チベットにおいては現実にチベット人のアパルトヘイト(差別的人種隔離政策)が行われていることを踏まえて、基本的人権が守られるように中国に訴えたものである。
次に第3項目の第2点である「(中国は)民主主義による自由を尊重する」という提案は、未来のチベットにおいては、ダライラマは国家の元首ではなく、宗教者の一人になり、チベット政治は民主主義的議会制に運営される」という上述の理想論と合致するものである。ダライラマが民主主義的議会制を望んでいることは、1990年以降の亡命政府の議会(国民代議員大会)のあり方からも確かめることが出来る。このダライラマによる民主主義の提案は、中国の「チベットの解放・改革を進めるため」というチベット支配の理由を逆手にとったもので、暗に中国の共産党幹部独裁の政治体制を批判したものであると理解できる。
第4項目の「(中国は)チベットの自然環境を復元・維持し、チベットを核兵器生産と核廃棄物処理場として使用することを停止する」という提案は、上述の理想国家建設論にある「環境汚染からの脱却。未来のチベットは環境問題においても国全体がまるごと特別保護区となり、環境の清らかさを保護する。森林を保護し、田舎の自然的な生活を保護して、都会生活や(工業的な)発展を規制し、大自然と人間社会とが、完全にバランスがとれた状態を達成する」という理想と合致するものである。
第5項目の「中国はチベットの将来の地位に関して、真剣に亡命政府との交渉を開始する」という提案は、チベットを独立国家にするため、交渉が開始されるべきだということではない。この提案において、ダライラマがいいたいことは、独立国家になるかどうかよりももっと大事な問題は、チベット人が、中国人や他の国々の人々も含めて、幸福になるには現実的にどうしたよいかという問題であり、その問題が何よりも優先されねばならないということであろう。チベットが民族自決権をもち、完全に自主的な統治をする民主主義的政治統一体になれるのであれば、中国の自治区にとどまってもかまわない。そのために今話し合いがなされねばならない。
翌年の1988年6月15日、ダライラマ法王はフランスのストラスブールで開かれた欧州議会において、「ストラスブール提言」と呼ばれる中国政府との和平案を発表した。その中でダライラマ亡命政庁は再び未来のチベットについての諸条件を提示し、中国に交渉のテーブルにつくよう、呼びかけた。「ストラスブール提言」は前年の「5項目の平和プラン」をさらに具体的にしたものである。それは上述のサンドン・リンポチェの理想国家建設論と思想を一にする提案であり、かつ中国側の利益も配慮した現実的な提案でもある。
1)ウー・ツァン、カム、アムドの全チベットは民主的な自治政府を作る。中国と共同してチベット全住民の公益と自然環境を守るため、自治政府の法律が作られる。
2)中国はチベットの外交政策の権利をもつことができる。しかしチベットは宗教・商業・学術・観光等の非政治分野において他国との外交活動を独自に行うことができる。
3)基本法(憲法)によって、平等・社会正義・自然環境の保護を保証する責務をもった、民主主義的システムの政治が作られる。チベットはチベットに関するあらゆる事項の決定権をもつ。
4)個人の自由を保障する。言論・集会・信仰の自由の権利を含む世界人権宣言を遵守する。特に宗教はチベットの「国のアイディンティティ」の源泉であり文化の中心であるから、政府は宗教の発展と保護を義務とする。
5)チベット政府は普通一般選挙による行政機関、二院制立法機関、ならびに独立した司法機関によって構成される。政府をラサに置く。
6)社会システム・経済システムはチベット国民の願いと一致するように決定され、国民全体の生活水準の向上が重視される。
7)チベットの動物と植物を保護するため、厳しい法律を作る。自然資源の開発は慎重に規制される。核兵器およびその他の武器の、製造や実験や貯蔵を禁止するだけでなく、危険な廃棄物を生み出す原子力の利用ならびにその他の危険な技術の利用を禁止する。チベット全体を地球上最も広い自然保護区にすることがチベット政府の目標となる。
8)チベットを非武装による平和のサンクチュアリー(特別地区)にするために、地域的平和会議 a regional peace
conference が開かれる。会議が召集されチベットの非武装と中立化が達成される時まで、中国はチベットに制限された数の軍隊を駐留させておく権利をもつ。中国軍の駐留はひとえに防衛の目的のためでなくてはならない。
9)チベットと中国の話し合いを実りあるものにするためには、信頼関係を構築できるような雰囲気づくりが必要であるが、そのために中国はチベットにおける人権侵害や、入植政策をやめるべきである。
「ストラスブール提言」は以上である。
しかし、これらの提案に対して中国は建設的な回答を示さなかった。逆に中国はダライラマがチベット問題に国際的な注目を集めようとしていることに対して不快感をあらわにした。ダライラマ亡命政府の理想政治の実現には、まだまだ長い時間がかかるといわざるを得ない。
<本ファイルは庭野平和財団の研究助成「ダライラマの平和思想」の成果の一部である>
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