皆さん、開けましておめでとうございます。
2002年が始まりました。
皆様にとって今年も良いお年でありますように。
3階の窓から筑波山越しに初日の出を見た。
非常に気分がいい。
今年も健康で順調に借金の返済が進みますようにと祈る。
実は昨年末よりローンの返済が始まっている。
給料が振り込まれたにもかかわらず、通帳の残高は少ない。
悲しい!!
新聞を見ると銀行は億単位で債権放棄をしている。
小生の借金(もちろん住宅ローン)に対しても債権放棄をしてほしい。
全国にローンを抱えて四苦八苦している人は大勢いることと思う。
この人たちのために思いきって債権放棄を打ち出してほしい。
ローンから開放されれば購買意欲がグーンと増し、互いの金回りが良くなる。
個人は喜ぶし、会社も喜ぶ。
購買意欲が増えれば会社は忙しくなり、残業手当も多くなる。
また買い物ができる。
いい事ばっかりだ。
デフレなんかすぐに吹き飛んでしまうに違いない。
ある特定の会社のために何千億も債権放棄するなら、ぜひ、多くの個人ローンの債権放棄をしてほしい。
銀行の頭取もしくは財務省の偉い方がこのページを見ているのなら、ぜひ考えてみてほしい。
江戸時代にだって「徳政令」なるものが出た。
借金を棒引きにしてくれたのだ。
今これを実施すれば、歴史に残る名頭取となれる事は明白。
すぐに徳政を実施して下さい。
お願いします。
上棟から約2ヶ月。
だんだん形になっていくのは嬉しい。
それに伴いゴミも増えていく。
現場にはコンテナが2台設置され、柱や板の端材が投げ捨てられていく。
コンパネを使えばコンパネの端材がでる。
鉋を掛ければおが屑が出る。
当たり前の事ではあるが、この屑も銀行からの借金で買ったもの。
承知してはいるが、なぜか虚しい。
屑が1万円札に見える時がある。
ローンの返済が始まるまではこんな事は感じはしなかった。
建てる喜びの方が大きかった。
この正月は喜びと虚しさが半分半分。
そのうち慣れるだろう。
今年の年末年始は結構寒い。
裏の空き地でたき火をする。
今のところ、たき火の材料には事欠かない。
コンテナから端材を持ってくればいい。
その他各種の梱包材がある。
小生はたき火が好きだ。
ボーッとしながら炎を見ていると心が和む。
暖炉や薪ストーブにあこがれる気持ちが良く分かる。
日曜日の朝にたき火をすると一週間の疲れが取れる。
田舎ならではの良さで、都市部の人には味わえない贅沢。
しかも借金で買った端材(屑)を燃やしているのだから。
こんな贅沢はない。
この前も贅沢な朝のたき火をしていた。
調子込んで梱包材を燃やしていた。
いつもよりチョット多めに燃やしていた。
うっかりしていたのは、梱包材に発泡スチロールやビニールが大量に使われていた事に気づかなかったこと。
真っ黒い煙が盛大に上がり、天高く昇ってしまった。
するとどこからともなくやってきた1機のヘリコプターが、我が家を中心に旋回している。
しかもなかなか離れようとしない。
空から見るたき火って、面白いのかなぁなんて思っていた。
すると程なく消防車が家の前に止まった。
消防服に身を包んだ二人の消防署員が小生に近づいてくるではないか。
所員曰く「異常乾燥注意報が出ています。
たき火は危険ですので直ちに消火して下さい。
どうしても火を焚く時は事前に消防署に連絡して下さい。」
と注意されてしまった。
海より深く反省。
先程のヘリコプターは消防署のものだった。
最寄りの消防署に連絡が入り、消防車が出動となったのだ。
サイレンを鳴らされなくて良かった。
鳴り物付きで出動されていたら、末代までの語り種になってしまったに違いない。
それでも目ざとい近所の人にはしっかり見られた。
恥ずかしい!
家造りはドラマよりもドラマチックなのだ。
棟梁の息子一人作業の時は掃除の仕方が悪い事は前述した。
12月下旬より棟梁との二人作業が続き、多少は改善したようだ。
特に週末はきれいに掃除してから帰るようになった。
これには仕掛けがある。
いくらこっちが元請けで金を出しているとは言っても多少の遠慮はある。
面と向かって厳しく注意するには抵抗がある。
見栄っ張りのくせには小心者なのだ。
そこで日曜日には子ども達といっしょに現場の掃除をするようにした。
故事にも「隗より始めよ」という言葉があるではないか。
子ども達には掃除を手伝わせる事で家に愛着を持ってほしいとの願いがある。
職人さんにはもっときれいに掃除をしろとのメッセージが込められる。
小生自身にはダイエットの効果を見込んだ。
そして現場はきれいになる。
子ども達といっしょに掃除をする事で一石四鳥をねらってみた。
すると、ポケモンではないが「効果抜群だぁー。」
職人も建て主が掃除をしている事に気がついたようだ。
週末はきっちと掃除をするようになってきた。
子ども達も日曜日の朝の掃除に抵抗が無くなってきた。
やってみるものである。
普段の日は子ども達を現場には入れない。
危険だったり、作業の邪魔になったりするから。
土曜日は作業しているところを見せる。
むろん親といっしょ。
場合によっては作業中の職人さんと話しをさせる。
作業中の現場の様子を把握させた上で日曜日の掃除に臨む。
子ども達が段々変わってきたのが嬉しい。
親バカチャンリン丸出し。
たくさん出る端材の有功利用法はないかと考えた。
手先が器用な人はすぐにアイデアが頭に浮かぶのかもしれない。
小生はブキッチョの範囲に入る。
それでも端材がもったいないので工作にチャレンジした。
長男(小4)はゲーム好きで汗を流して作業した体験が少ない。
鋸を使った事も金槌を使った事も無い。
この機会にいろいろ経験させたい。
そこでいっしょにベンチを作る事にした。
でもここには汚い大人の計算がある。(^_^;)
たとえ失敗しても子どもの所為にできる。
小生の体面に傷がつかない。
成功すれば父ちゃんの面目躍如となる。
寸法を計ったり、設計図(ラフスケッチ)は小生が書いた。
長男は初めて鋸に挑戦。
案の定なかなかうまくいかない。
煽てたり励ましたりしながら何とか材料を切った。
次は釘打ち。
大工さんから無断で釘を借りてきた。
(ある意味ではドロボウか?)
トンカントンカン。
これは楽しそうにやった。
時々途中から曲がってしまう釘があるのもご愛敬。
仕上げにニスを塗って、小さなベンチが完成した。
このベンチは現在でも活躍している。
お茶出しの時の湯飲み茶碗を並べたり、お茶菓子をおいたりするのにちょうど良い。
但しベンチとしては機能していない。
腰を下ろすには勇気が要る。
ゆらゆらしているので体重制限が必要。
いつ壊れても仕方が無い代物。
親バカではあるが子どもと共同作業ができて楽しかった。
子ども心にも職人さんの大変さが解ったようである。
何かの本に「家造りは家庭を見直し、家庭を作る事である」と書いてあったような気がする。
そこまで大げさではないが、子どもとの関係がまた一つ深まったようだ。
シメシメ。(^O^)
いくらタイトルが「雑感」であっても工事の話しが出てこないと変かもしれない。
よって、ここまでの状況を報告。
上棟後、筋交いや間柱が入り、玄関ドアやサッシも取り付けれる。
内断熱用のネオマフォームも貼られた。
屋根の断熱材と外断熱はまだ先のよう。
床にコンパネも貼られた。
ユニットバスも設置された。
家族が面白がって見に来る。
「臭い!」
匂いには皆敏感。
建物の中は桧の香りが漂っているので気持ち良いのだが、風呂場だけは別。
思っていたよりも接着剤の臭いがきつい。
日中は風呂場の窓を開け、できるだけ臭いを逃がす。
完成までにできるだけ臭いが抑えられるとありがたい。
娘などは「臭いお風呂はイヤ」と言って寄り付かない。
失敗か?
この先、システムキッチン等が入って来たらどうなるのか心配。
壁にコンパネや石膏ボードが貼られ出した。
腰板等を貼る所や住宅設備を設置する周辺はコンパネ貼り。
珪藻土を塗る所は石膏ーボード。
図面で確認しながら貼っていく。
我が家は真壁の部分が多いので工数がかかる。
大壁なら相当の工数低減となるだろう。
この辺の工夫も単価に拘わってくる。
ここでちょっと失敗。
石膏ボード使わずに全てコンパネの方が良かったかもしれない。
石膏ボードでは完成後の利用価値が低い。
コンパネなら釘を打つ事もできるので何かと便利なはず。
ただ、コンパネに珪藻土を塗った場合はアクが出る事も覚悟。
どっちを選ぶかは本人次第。
だんだん部屋の形ができてきた。
光の入り具合も解るようになってきた。
この光でもちょっと失敗。
洗濯室(兼脱衣室)は現行の2槽式洗濯機と電気式乾燥機に合わせて窓を配置した。
そのため小さな窓しかつけられなかった。
予想していたよりも暗い。
それに良く考えてみれば、洗濯機や乾燥機は何年か後には買い替えるはず。
窓は付け替えられない。
大きく明るい窓を付けておいて、時期が来たら洗濯機を替えれば良い。
手後れだ。
配管工事も始まる。
我が家にはまだ現役の井戸が建物の中にある。
そのため、公共水道の配管と井戸用の配管もする。
その他仮住まい用の配管もする。
設備屋は大変。
当初は井戸を埋めてしまおうかとも考えたのだが、もったいないので止めた。
この井戸は小生が小学生だった時に、近所のおっさん達が手で掘ったもの。
当時スコップだけで掘ったのだ。
土運びを手伝わされ、大変だった思い出がよみがえる。
それに水が美味い。
娘は水道の水はほとんど飲まない。
井戸水ばっかり。
田舎住まいの特権。
もったいなくて埋められない。
話しは変わるが、我が家に来ている設備屋は変だ。
いつの間にか来ていつの間にか帰る。
10時、12時、3時と三回お茶を出しているが、飲んでいった事がない。
隠れるようにチョコチョコっと仕事をしては帰る。
1時間もいない。
我が家の設備屋が変なのか、設備屋とはそういう者なのかは解らない。
もっと腰を落ち着けて仕事ができないものか?
配線工事も始まる。
電気屋も来るようになった。
回路自体は簡単、特殊なものはない。
電話線は3Fと台所を結ぶだけ。
情報発信基地は3Fの予定だが、将来は台所になるだろう。
冷蔵庫にパソコンや電話がくっつくと見ている。
家電製品で誰もが頻繁に使用するのは冷蔵庫。
マシンも程よく冷えて性能アップ。
また、現在使っている電話機がコードレスなので問題ないとの判断。
それに携帯電話が主流になるだろうと見た。
そう言えば小生の家には携帯電話を誰も持っていない。
文明から取り残されている。
LAN配線はなし。
無線LANにするつもり。
どんどん技術が進歩している中で、10baseTでは心もとない。
100baseにしても良いのだが、将来的にはどうだろう。
光ファイバーが主流になる時は近いと見ている。
CD管は施工した。
3Fから各部屋に呼び線を入れて配管してもらった。
時代が変わった時に何かに使えると思う。
コンピュータに関する配線関係は近じか大巾に変わると思われる。
おそらく家庭では電灯線(普通の電気の配線)を利用するような形態になり、各部屋のコンセントからデータも流れるように思う。
この田舎では情報は遅くても生活できる。
ADSLも範囲外だし、光ファイバーの予定も無い。
ケーブルテレビも来ていない。
誰かさんの歌ではないが、何にも無いのだから。
1月から2月にかけては内部造作がどんどん進む。
大工さんの横で進軍ラッパ(例が古いナー)を吹きまくっていたわけではない。
工事が進むと思わぬ失敗も見えてきた。
昔の人は「失敗は成功の母である。」と言った。
失敗してもそれを教訓として前へ進めば良いのである。
含蓄のある良い言葉だと思う。
何回も建てられる建築士や大工さんはいい。
教訓が生かせる。
しかし、小生の場合は違う。
建築は1回こっきり、2回も3回もはできない。
教訓を生かす事はできない。
失敗は建物の生死に関わる。
通し柱にホールダウン金物を固定しようとしていた時の事。
3本は無事終了。
最後の4本目、5寸桧の通し柱。
床の間の所にあり、見栄えのする逸品。
棟梁がのんびりとつぶやいた。
「このまま付けると床の間の内側に金物がでるなー。」
ナニー!
一番目立つ所。
一番目立たせたい所なのに。
金物は壁の中になるはずだったのに表に出てしまう。
中心がずれていたわけではない。
基礎工事の時に取り付ける位置を間違えていた。
こんな所に金物を付けたのはだれだー!
確認したのは誰だー!
控えおろー!
この紋所が目にはいらぬか!
と叫びつつ、懐から印篭を出したかった。
が、
取り付けたのは廣瀬さん。
確認したのは小生と廣瀬さん。
もちろん基礎屋さんも大工さんも確認している。
今の今迄、全員気づかなかった。
最たる原因は図面の描き間違い。
基礎打ちの段階で図面と確認していたが、実際の部屋のイメージを持っていなかった。
図面と現況は合っているが、実際にはダメ。
何たる盲点、痛恨の失敗。
ホールダウン金物は柱を引き抜こうとした力が働いた時に、それに抵抗して頑張る。
小生の頭の中では、何者かに柱が引き抜かれ、ロケットのように空を飛んでいくシーンが繰り返される。
結局、ホールダウン金物を切り外す事となった。
L字形の金具2個で固定した。
後日、切り取られたホールダウン金物をごみ箱の中で発見。
記念品として取っておく事にする。
本当は瑕疵補償の証拠として残したかったのだが、写真を撮っておくのを忘れたし、素手で掴んでしまったし。
指紋は残っていないかもしれない。
以前のページで祟り雨について書いたが、この段階でも雨で問題が発生した。
横殴りの雨が強く降った翌朝。
いつものように自主点検をしていた。
よく見ると玄関東側の柱が濡れている。
濡れをたどっていくと窓枠の所から垂れている。
慌てて他の所も見た。
2階の北側の窓枠に水が溜まっている。
3階も北側の窓枠から漏水。
ここは最もひどく、床に大きく水が溜まっていた。
なんでこうなるの。
またもや祟り雨。
幸い屋根からの雨漏りは無かった。
いくらサイディングを貼る前だとはいえ、これではひどい。
怒りに任せて設計事務所にメールを入れ、現場にはメモを置いた。
すでに出勤する時間で、今はこれしか対策が打てない。
この事件にも盲点がある。
設計事務所では常識的に大工さんの方で水仕舞いをするだろうと考えていた。
大工さんは設計事務所から何らかの指示があるだろうと思っていた。
二つの常識が重なり合う事で事件が起きてしまった。
結局、設計事務所が防水テープを調達し、大工さんが貼ることで問題解決。
電気工事にも「常識」という盲点があった。
廊下や部屋の一部のコンセントの高さを床面から700ミリでお願いしておいた。
図面にも700ミリで記載されている。
しかし実際に施工されたのは常識的な150ミリの高さ。
なぜ700ミリか。
掃除機を使う時に腰を屈めなくてもコンセントが使えるように配慮した。
またテレビ等は台の上に乗っているので、コンセントが高い方が使いやすいと考えていた。
この考え方は電気屋さんに受け入れられず、図面の書き間違いだろうという事で常識的に施工された。
職人さんの常識と小生の考えは違うのだと言って工事をやりなおさせようとしたが、家族の者は今のままでいいと言う。
小生のような突飛な考えは家族の常識にも通用しなかった。
常識をぶち破った所に新しい価値が生まれるはずなのだが、チャンスを逃してしまった。
小生は常識という盲点に気づかなかった。